第125神 悲嘆海岸
夏!キラキラと反射した海に、潮の香り!それから、眩しい太陽!
と、異常にあちこちで見かけるカップル。
そんな海岸の光景を眺めながら、鷺沼さんたちの元へと向かう。
「…悲嘆海岸はカップルの名所ですか?」
「いいえ、違いますね。どちらかというと自殺の名所です」
「とんでもないところに俺たち招かれてるじゃないですか!」
「神無岬なのに、神無出身の蓮くんはなんで知らないの」
「え…ごめんなさい…」
桃梛に怒られる。最近は詳しくなってきたと思ってたんです…。
ふと前を見ると、岩がぽっかりと穴を開け、その向こうには青い海が広がっていた。波が打ち寄せるたび、白い飛沫だけが暗い岩肌を照らす。反射した光が暗い岩に当たり白く輝いている。
その穴を潜り抜けて砂浜を歩く。次第に砂浜の横にジャングルのような森が出てくる。
「自殺の名所とカップルの名所…」
「カップルからは一旦離れようか、蓮くん」
進んだ先に、見覚えのある金髪の男の人と文化祭の時に色さんに紹介してもらったピンクの髪の人が大きな岩に座って待っていた。
「鷺沼さん!珊瑚さん!」
「ん、ああ。蓮と桃梛と…ヴラドさん?なんで??」
「本当だ、なんでそのメンバー?」
うぉ、この人も均等にとれた筋肉をしている…流石守護者……いや俺もか。
羽織っていたパーカーのチャックを閉める。
「悲嘆海岸のマガツヒは?」
「ああ、水子の怨霊だったよ。幽霊というより、怨念が固まって化け物になってたけど」
珊瑚さんは岩から降りて俺たちの元まで来る。
「色々気になるところがありますけど…そもそも、マガツヒじゃなかったんですか?」
「マガツヒに汚染はされてなかった。まあ依頼をしてくれた人が言ってた通りではあったな」
鷺沼さんが腕を組む。
「依頼をしてくれてた人?」
「風中雪さんって人が依頼してくれてたんだが……」
何か言いにくそうに歯切れ悪く区切った後、視線を海へと向けた。
「……昨日、亡くなっていたらしい」
「え…なんで」
「…原因は不明だそうだ。ただ、今朝ベッドの上で息を引き取っていた、とのことだ」
鷺沼さんの声が静かに浜辺に落ちる。俺が黙っていると、鷺沼さんは言葉を続けた。
「……怨霊はとりあえず消したけど…で、なんでそのメンバーなんだ?」
「あー……と」
俺と鷺沼さんが話している横でヴラドさんが後ろの海に向かってしゃがんでいた。その隣で桃梛と珊瑚さんがヴラドさんの手を見ている。
「ああ、ありましたよー!」
「えっ、ヴラドさんこれ…」
「あれま」
桃梛と珊瑚さんの驚く声とヴラドさんが手を振る。
「…この、穴の奥です」
ニヤッと笑うヴラドさんの視線の先は海に開いた空洞の穴だった。
その空洞は、海の底へと続くような階段が、人一人通れるような広さの穴を開けて、俺たちを待っていた。
ヴラドさんから順番に進み、中へと続く。
一歩、洞窟の中に入った瞬間──
背後の海の音が、ふっと遠くなった。
◆
「ねぇええ、本当にここなんですか!?」
「蓮、喧しいですよ静かになさい」
「俺が悪いんですかこれ!」
ヴラドさんの隣で騒ぐ俺と、その後ろに三人珊瑚さん、鷺沼さん、桃梛が細い洞窟?の中を通りながら話している。
「古代遺跡みたいだな」
「文字も今の文字じゃないですね」
「こりゃすごい発見だ…神無の歴史も深いなぁ」
音の響き具合、静かに聞こえる波の音、海の中にあるとは思えない空洞の道に俺は少し怖い気持ちが溢れる。
「こんないかにも古代遺跡なところにチェーンメールなんて現代器具使ってるイキモノ居ませんって!」
「居るんですって」
「ありえない!」
その言葉を否定するように、奥から“ピコン”と電子音が響いた。
「あ、私だ」
桃梛がスマホを覗く。鷺沼さん、珊瑚さんもスマホを覗き、俺とヴラドさんも上からのぞいた。
鷺沼さんが呟く。
「…これがさっき言ってたチェーンメールか?」
「……いや、俺の文章とちょっと違いますねこれ」
スマホを見せる。
『キューピット様にお祈りすると必ず恋が叶う。このハートを1日に以内に広めないと効果は出ないよ♡
早く広めないとあなたの命が危ないからね』
「で、こっちが桃梛の文章」
『キューピット様にお祈りすると必ず恋が叶う。
このハートを今送らないとあなたの命がなくなるよ♡
ほら、3、2、1』
「…確かに、なんかあからさまに殺そうとしてきてないこれ」
珊瑚さんの言葉に俺は頷く。
「そうなんですよ、どう見たって殺そうとしてます。ちなみに俺はまだ送ってないですね。今日で2日目です。俺生きてます」
「…送らなかったら死ぬのか?」
「蓮には影響が出ないのかな?」
鷺沼さんが顎に手を当て真剣に画面を眺める横で珊瑚さんが俺に視線を向ける。
「どうなんでしょう…?学校では一日送らなかったら次の日には白骨死体らしいんですけど…」
「桃梛、差出人は?」
「…『天使様』」
桃梛の言葉が洞窟に響く。
静かに、けれど重さを伴ったその響きに俺と珊瑚さん、広大さんは黙り込んでしまう。
もちろんその空気を変える存在がここにはいるわけだ。
「ははー、やはり。この原因は天使!」
明るい声を上げたヴラドさんはサングラスを頭にかける。
赤い目が俺たちを見る。
「これ、私に送ってください。死なないので私」
「…え、は、はい」
私のメアドこれです。と桃梛に伝えている横で俺と珊瑚さん、鷺沼さんは違和感の整理をする。
「夏休みじゃないですよね今」
「まだ6月の下旬のはずだ」
「ですよねえ!良かったぁ〜〜、俺と桃梛たちで妖精と戦ったばっかなのにって思ってたんですよ」
「俺もお前たちに投げたRIRINの日付が3日前だったから、おかしい事に気づいた」
「俺は色が変なこと言い出したから気づいたわ」
珊瑚さんの言葉に俺たちは首を傾げた。
「変なこと?」
「『悲嘆海岸に行かないと』って。死にに行くの?って聞いたら違う、っていうし。こりゃおかしいと思って幻治郎さんに声をかけたわけ」
「それで幻治郎が動いたわけですか」
ひょっこりとヴラドさんが話に混ざる。
「やけに話したがらないなぁとは思ってましたがね。なるほど、家族に影響が出たから動いたんですねえ」
うんうん、と頷いたヴラドさんは視線を右上に向ける。
「幻治郎は身内に被害が行くのを極端に嫌がる性質でね。私も眠花の様子がおかしいなぁと思ってた矢先に、幻治郎から話が来たんですよ」
回想するかの如くヴラドさんが目を瞑って語る。
「──葬儀屋、極楽社の中でのんびりとしている時のことです」
バンっと扉の開く音。
おや、荒々しく誰が入ってきたのやら。
「はい、どなた?」
「ヴラド公」
白い髪の毛に赤い目の男。幻治郎がそこにはいた。
「こちらに出向くなんて珍しい。何用で?」
真剣に、一つ息を吸った後出た答えが、
「悲嘆海岸でバカンスするぞ」
「は?頭沸いたんですか?」
幻治郎の普段の姿から出てくるとは思えない言葉だったのだ。
────洞窟の中の文字を照らしながら歩いていく。
「……とまぁ、そういうことでしてねえ」
だから、悲嘆海岸に集まってるのか。
身内を守る為にも。
ヴラドさんが呆れたような顔をしてため息混じりの声で呟く。
「…頭沸いたのかと思いましたけどね」
「彼、ああいう時は大体“何かを隠してる”んですよねえ。アルバート提案だったらしいので、乗っかりましたけど」
「悲嘆海岸に、犯人がいる、と思ったわけですね」
「そういう事です。ただその犯人が、どの神秘なのかまで判断ができてなかったので一旦認識汚染を受けているふりをしていました。しかし、天使だと分かれば話は別」
「天使は産夢で記録を見る存在です。ご存知で?」
「あ…前、天使の話を聞いてその時に…」
「おやおや。ではもう天使がどんな存在なのかもお分かりなのでは?」
桃梛と鷺沼さん、珊瑚さんもハッとした顔でヴラドさんを見る。
──天使は、正義だと思うことをする、善意の塊。そして今回、マガツヒに感染した天使が、恋を司るキューピットだというのならこの異常なまでの恋に関する出来事は大きく意味が変わる。
ヴラドさんは頷いた。
「今回の原因が天使なのは一目瞭然ですね。幻治郎は珊瑚に言われる前に気づいていたでしょうが…。私に言わないとは…全く意地の悪い人だ」
「戦闘課や他の課を動かさずに俺たちに行かせたってことは、幻治郎さんはマガツヒに天使が感染したと考えたんですかね」
「どうでしょう〜、それはまた別問題な気がしますねえ」
コツコツと暗い洞窟の中に響く足音に少しの静けさを感じる。
「別問題…てことは天使とは別にもう一個何かが?」
鷺沼さんが考え込む。俺もまた、マガツヒに天使は感染しないのか…?と疑問が浮かぶ。
「いえ、天使にマガツヒが感染することと、幻治郎があなた方をここに派遣したことは別問題ではないかと」
「…じゃあなんで俺たちに…?」
「経験値でも積ませたいのかもしれませんね」
「そんなわけないですよ」
「やだなー」と俺が笑うが、ヴラドさんは一つ頷いた。
「──悲嘆海岸には、妖精の心中が起こり、今もなお眠っています。つまりここは恋の泥沼の聖地」
「なんて嫌な泥沼…」
「なぜ天使がこんなにも恋に執着しているのかはわかりませんが、なんらかのバグを起こしていることは事実」
ヴラドさんが顎に手を置き、ふむと言った後壁の文字を撫でた。
「…あなたたち、好きな人はいますか?」
思わず桃梛がツッコミを入れる。
「えっ、それは今必要なんですか?」
「大真面目です」
大真面目らしい。なんで急に?
いや、恋のキューピットなら、そうなるのか?
まさかの恋バナが開かれそうで、俺はというとこの異常空間に慣れつつ、とんでもないなぁ…と少しだけ目を逸らした。




