第124神 記録の改変
パラソルの下に立ったまま集まった俺、幻治郎さん、ヴラドさん、桃梛の四人。俺以外の三人を見て、俺はまず思った。
「めちゃくちゃすぐに解決しそうなメンバーですけど」
「ところがどっこい、そうは問屋が卸さないってね」
幻治郎さんから珍しくリズムのいい声が返ってくる。
なんか今回の幻治郎さん、やけに愉快だな。
「今回の俺がなんか愉快だと思っただろ、俺もそう思ってるところなんだ」
「ねえ、ナチュラルに心読むのやめてくださいよ」
「俺はそもそもこういう状態異常系のものは効かない、ヴラドも効かない。桃梛は神様が美夜っていう概念系だから効かない」
「アルバートも効かないけど、あいつは面白いことが好きだから今回は関与しないつもりらしいぞ」
「幻治郎さんが効かないならそのお子さんである、色さんと色華さんは?」
「あの子たちはね、概念系の守護神じゃないから効く。ちなみに、お前の神様たちは、記録に上書きされてる側だから効く」
「あの、今回の幻治郎さんやっぱおかしいですってもっと意味深じゃないですか」
「わかってんだよ俺も。それはここのせい」
「…あーーーーー、腹立つ。口が回る。もう俺は黙るぞヴラド」
「はいはい」
ヴラドさんは呆れた顔をして黙った幻治郎さんを見てから俺たち二人に視線を向けた。
桃梛がヴラドさんを見上げる。
「実は今回の海、ただのバカンスじゃぁない」
「それはまぁ、私たちもアルバートさんが来た時点でなんとなくおかしいことはわかってました」
「そうですか。では単刀直入に言いましょう」
「君たちは今、記録の中に紛れ込んでます」
ヴラドさんの声だけが聞こえ、他の声が遠くなる。
「え…」
海の音が重なって聞こえるような気がした。
◆
「記録っていうのはね、そこに書かれている通りに“認識させる”ものなんですよ」
「この場にいる全員が、です。私は幻治郎の提案に乗って、影響を受けたふりをしていました」
「……その理由は?」
「記録の中に紛れ込ませた犯人にバレないようにするためです」
ヴラドさんは目を細める。…よく見ると目の中に三日月のようなものが見えた。
「見ての通り、今私たち以外のモノが影響を受けています」
「もしかしたら根の国の神様たちも、気づいているかもしれませんがね」
「とはいえ原因の解明をしなければならない。どこまで知人に影響が出ているのかもわからない」
「そこでアルバートに頼み、君たちを含めた知人を集めました。影響の出方を確認しつつ、何かあればすぐ対処できるようにね」
それが、なぜ悲嘆海岸に繋がるんだ?
疑問を伝える前にそれよりも強い衝撃的な言葉をヴラドさんが言った。
「流石に今回の認識改変は規模がデカすぎる、何せ国全体」
「国全体!?ってことは根の国が今…」
「認識汚染にあっています」
「だから幻治郎は来たんですよ。彼、秩序を乱されるのが一番嫌いなので」
ふい、と視線を逸らされる。
「今日の幻治郎は疲れててねえ、結構今は口が開くんですよねえ」
「ここ数日脳みそを酷使しすぎたから。今日は俺は何もしないよ、本当にやばい時だけだからね」
「じゃあ実質、私と桃梛と蓮の三人で行動ですね。ああ、後広大と珊瑚くんもか」
……さっきまでの違和感が、ふっと薄れていく。
夏休みでいいじゃないか
そんな考えが、自然と頭に浮かんできて──俺は慌てて首を振った。
「ああ、でも影森くんも概念の神様なんですけど本人が割と不安定なのでね、仕方ない」
「ええ…?」
俺、今後その影森と戦うのに相手不安定なんだ…大丈夫か??
困惑しているとヴラドさんが顔を俺に近づけて秘密の話をするように声を顰めた。
「ダメですよ、影森を甘く見たら。心配ご無用。彼はアレでいて緻密に動きます」
「は……?」
顔を少し離して、ヴラドさんは口元を緩める。ヴラドさんは、横にいる幻治郎さんに視線を送る。
「さぁて、我々で探索でもしましょうかぁ〜、幻治郎は?」
「ここであの子達でも見とくよ。そんだけ人がいるなら俺は要らないだろ」
「必要になったら来てくれるんですよねぇ?」
「お前がいるならそんな事起こらないだろ」
「おっと、これは厚い信頼…仕方ないですね期待に応えなくては」
ぶぶっとポケットに入れているスマホからバイブ音。パッと見るとチェーンメール。
「あ、そうだ。これ返さなきゃ」
「んんー?」
ヴラドさんが覗きにくる。その動きを見てた幻治郎さんまでも覗きに来た。
全員が覗けるように、腹の辺りまでスマホを持っていき、画面を見る。
「…チェーンメール、また懐かしいな」
「しかも天使ですか…はぁ」
「?どうかしたんですか?」
桃梛がヴラドさんを見上げるとヴラドさんは顎に手を置き、ふーむと口に出したあと幻治郎さんを見る。
「これぇ…私じゃなくて、あなたでは?」
「いいや、俺じゃない。お前がいけ」
「幻治郎!本音を出すようになったからって、私に命令できるのあなたくらいですよ!」
幻治郎さんは一度目を瞑り、赤い目を開けた。
ヴラドさんを見る目が変わった、気がした。
「ヴラド、いけるな」
「ぐぅ……わかりましたよぉ……」
心底嫌そうな顔をするも渋々頷いたヴラドさんに幻治郎さんも頷く。
一体この二人の間で何があったんだ…?と思わなくもないが聞くなという雰囲気も感じるので黙ることとする。
「…えー、私の推測があっていれば、蓮、君のそのチェーンメールとこの現象。なんと繋がってる可能性が大いに高い!」
「は!?」
「え、だってこれただの恋の話ですよね?」
「ええ。な・の・で」
「確認のために、観に行きましょう。彼らはそこにいるはず。
ついでに広大達も回収しましょう」
ヴラドさんがニヤッと笑みを浮かべる。その口元には尖った歯。
幻治郎さんはパラソルの下に座り、胡座をかきながら、俺たちに手を軽く振る。
俺たちはというと、ヴラドさんに連れられて海辺横にある岩が連なるところまで連れていかれた。
波の音が、やけに規則正しく響いていることに気づいた。
まるで──誰かが“そう書いた”みたいに。
この先に何があるのか、少しだけワクワクしている自分がいる。
その一方で、今の異常事態を思えば背筋が冷える。正反対の感情が入り混じり、目眩がしそうだった。
◆◆
「ビーチバレーをします」
朝梨がバレーボールを脇に抱えて、面々を見渡す。
赤歳家はパラソルの下でのんびりと飲み物を飲んで座り、それ以外の面々が外でビーチバレーのチーム分けをしていた。
朝梨、るん、アルバートチームと守護神チームこと、美夜、慧、火雷で争う。
「人数が多すぎる!!」
「誰か審判した方がいいんじゃないかい?」
『あら…なら色がやればいいじゃない』
慧に指名された色は、嫌そうな顔をしつつもパラソルの下からのそのそと出てくる。
「お兄、がんばって」
「!よぉし、妹に頼まれちゃったらお兄ちゃん頑張るぞー!!」
立ち上がった色は満面の笑みを浮かべて、ビーチバレーのメンバーの前に立つ。
「アレがシスコンなんだね」
「しっ、るんちゃんアレとか言ったらダメだよ」
朝梨とるんのヒソヒソとした声に色が睨む。
「おい、そこの二人!聞こえてるからなぁ!妹が大切で大好きで何が悪い!」
『悪くないから、色審判お願いね』
「…ったく………待って、女の子多くね?」
『あら、今更ぁ?』
慧が長い黒髪をポニーテールに括り、色を見る。
「……俺より春雨のがいいんじゃねーーかなぁーーー」
「情けないんだぞ色」
「情けなくていいんで!!春雨〜!春雨〜〜!」
色さんが青ざめた顔で春雨呱米を呼び出す。海で泳いでいた春雨が水を滴り落としながらやってくる。
「なぁに〜、みんなでビーチバレーしてたんじゃないのー?」
「俺じゃ無理だ!女の子のビキニとか!見れない!」
「さっきまで見てたじゃん何言ってんの??」
「無理!俺は泳いでくる!くそぉ!なんで珊瑚も広大も居ねえんだよぉぉおお!!」
砂浜を駆ける色の背中を見送った春雨は、髪の毛の水を絞ってから、朝梨達を見た。
「んぁー、じゃあ…私がやるかぁ…」
『もうなんでもいいから早くやるぞ』
「風伯様ったら、せっかちさん!!…まあいっか!」
「それじゃあ、悲嘆海岸ビーチバレー!第一回かいさーい!」
春雨の合図と共にボールを投げる。
青い空に、眩しい太陽が海を照らす。
「…色華は行かないの?」
「…うん、今から行ってくる予定」
「行ってらっしゃい」
「うん」
色華が立ち上がり、パラソルの下から出ていく。娘が出ていくのを見送り、海で泳ぐ息子を見る。
平和だ。
平和すぎる。
幻治郎はパラソルの下で目を閉じた。
子どもたちの笑い声だけが、砂浜に響いていた。




