【短編】No.2 英雄の記録
「おや、姉様。あそこに人がいます」
「おやまぁ」
妹の細くしなやかな指が、一つの小さな島を指差した。
そこには幼い子どもが一人無邪気に笑っている。
その子どもは次第に、王として君臨し、忠実な剣士たちと共に国中を平和と正義で収めた。そんな人間に、私たち妖精は心が踊った。
霧の向こうから、そんな人々の国を眺めていた。
まるで童話を読んでいる時のような気持ちで彼らの戦を眺めていた。とうとう、英雄は酷い傷を負ってしまう。
姉妹で、ハラハラとそんな光景を見ていると、王様は息を引き取ってしまった。
気高き、勇敢な王様の死に際はとても静かで…けれど安らかな笑みを浮かべていたであろうことは目に見えて分かった。
「…姉様、姉様…悲しいですわ」
「そうだな、悲しいなぁ…」
人の死とはこんなにもあっけないものなのか。なんと儚い命なのだろう。
「剣が投げ込まれてしまいましたわ」
「取っておこう」
「姉様、この聖剣、宝石のように輝いているわ」
聖剣を受け取った妹は剣を片手にクルクルと踊ったかと思えば、地面に突き刺す。
「──いつか、この剣を抜く者が現れた時」
「災厄が訪れるでしょう」
次の瞬間、剣は眩い光を放った。けれどそれもすぐに収まり、再び淡く輝く聖剣へと戻る。妹はたおやかな微笑みを浮かべる。
「姉様、英雄をこの地に迎え入れましょう」
「ああ……そうだなぁ」
黒衣を纏い、小舟を出す。池の上を歩きながら、小舟は王たちのいる岸に辿り着く。
安らかに眠る王を見て、悲しくなってしまう。
あんなにも楽しい物語を見せてくれてありがとう。君の人生はなかなか大変だっただろう。
霧の濃い、地へと戻る。
岸に上がり、この地の奥深くへと連れていく。
月の見える島の真ん中に、月の光を浴びながら眠る王に妹たちは微笑む。私ももちろん、笑みが浮かんでいる。
妹たちが、一人、二人、三人と、歌うように声を重ねる。
「癒しを与えましょう」
「悲しみも、病も決して訪れない」
「この地は楽園──アヴァロン」
妹たちが王の周りを舞うように踊る。眠り続ける王の顔は安らかだ。
「傷を治しましょう」
「痛みをなくしましょう」
「辛い思いなんて消してあげましょう」
「王よ」
「聖剣を持つ王よ」
「静かな眠りへと誘いましょう」
王の眠る小舟が白い輝きを放ち、王の姿が消えていく。
この地に眠るは一つの魂。
災厄が訪れた時、眠りから目覚め、聖剣を携えて再びあの地を救う。
人々が語り継ぐその物語には続きがある。
この地はもともと隠り世で生まれた地だった。隠り世とあの地がなぜか繋がってしまったことで私たちは観測できた。
一度私たちは見られたからか、語り継がれている。
この地にはリンゴの木と、悲しみも病も訪れない妖精の国のまま空中都市として今もなお浮かんでいる。
現界の人々が願い、作られ続ける限り、この地が消えることはない。
私たちは今もなお、隠り世で生きている。
英雄は、まだ生まれていない。
────彼らの願いが強いからこそ、生まれることはないのだと思う。人々の願いは災厄が訪れた時だ。
つまり今は、平和な世の中であるのだろう。
「……と、私は勝手に思っているのさ」
「へえー!!すごい王様がいたんだねえ!」
パチパチと手を叩いて感心する花雨に、少しだけ口元が緩む。
なぜこんな話をしているかと言うと、あのお茶会の後、わざわざ花雨が話を聞きに部屋まで来たのだ。
本人曰く「一度モヤモヤしたら晴れるまで気が済まない」とのこと。かわいくてあざといのに、意外にも強引で雑なところがあるのが、花雨のいいところだ。
「じゃあ私からも一つ聞いていいかな」
「いいよー、なあに?」
「花雨、君はなんで蓮を連れてきたんだい?」
「政府で話題になってたから!気になっちゃって…どこか座ってお話しできるところと言ったらあそこしかないなぁと思って!」
「庭とかもあるだろうに…わざわざ私達の前に連れてくるなんて…」
「王妃様たちともお話ししたかったの!」
うふふ、と楽しそうに笑うその笑顔は誰もを虜にするような甘い表情。同性の私ですら甘やかしたくなる。
「花雨もね、英雄は起きなくてもいいんだよ!って思ってる派なの」
「へえ、意外だ」
「えへへ。だって、あの人たちは頑張ったんだもん。休んだって怒られないでしょ!」
「そうだね」
自分の考えを受け入れてもらえたのが嬉しいのか、花雨の声はますます弾んでいく。
「それにね、今日の話を聞いて思った!」
「私は、何も知らないなぁって。隠り世のことも、王妃様のことも。だから教えて欲しいな。政府を守るためにも、私は何を知っておけばいいのか」
「花雨ができることはある?王妃」
その瞳に宿る想いを、自然と見てしまう。神秘からしたら君たち守護者はとても魅力的なんだよ。
全く…。言ってもわからないんだろうな。私かわいいからねと言いそうだ。
「…できること、あるよ」
「教えて!」
「教えてあげるとも。そうだね、それじゃあまずは政府の成り立ちから行こうかな」
「あー!ダメ!それは長すぎる!何年前なの!?」
「6500年くらいの頃だろうか」
「神秘の時間感覚を人間に当てはめないでね」
「?…分かった」
神秘の話なんて基本的には何千年も前だったりすることが多いのに難しいな、人は…。
「それじゃあもう一度昔話を聞かせてあげるよ」
本の一ページを捲るように、今度は私が誰かに物語を聞かせた。




