【短編】No.1 守護者を考察する記録
ある一つの断片です。
守護課の奥。赤歳家の応接間で、俺と鷺沼は父さんと向かい合って、書類の整理をしていた。
ふと、手元にある守護者制度について書かれた古い資料を見つける。
"守護者は全ての記憶を思い出した時、前世と融合する"と書かれている文章に、自分達がその中心であることを思い出す。
「父さん、蓮達の記憶、思い出させるつもりなの?」
「急だな、色」
「いや気になったから」
俺が聞くと、父はお茶を啜る手を止める。
今ここには鷺沼と俺、父の三人だけだった。
鷺沼と俺は無言のまま父をチラリとみる。そんな俺たちの視線を受け止めて、うーむと顎に手を当てる。
「いや、別に思い出させるつもりはないよ。俺は」
「…俺は?父さん以外は思い出させるつもりがあるってこと?」
「統治神──蓮水は文化祭の時にやっただろ」
「…それは」
「アレは、この国が何より大切で、秩序を守りたいんだ。だから、手段を選ばなかった」
「その結果が、文化祭の時のハチスだ。忘れたのか?」
「……忘れるわけないじゃないですか…」
いつの間にか、消えていたハチス。鷺沼がわざわざ俺に教えてくれたあの時のことを少し思い出して苦い顔をしてしまう。
「この国は今秩序が乱れてる」
父の言いたいことがわかり、言葉を続ける。
「マガツヒのせいで」
「そう、だから目覚めた蓮達に───最初の守護者達に、救ってもらいたかったんだろうね」
「この国を」。そう締める父に俺と鷺沼は顔を見合わせる。そんな俺たちを父はお茶を啜りながらもじっと見る。
「お前達は思い出させたくないんだろ?」
曖昧に頷きつつも鷺沼が苦い顔をした。
「俺たちが何もしなくても、神様達が勝手に思い出させようとしてきますけどね」
「まぁ、蓮達のこと大好きだからなぁ」
神にめちゃくちゃ愛されてる筆頭が何言ってんだ…と鷺沼と俺は思わなくもないが、何も言わない。
それは、本人が1番よく知っているから。
「守護者制度も良く考えられたものだよな」
手元の資料をパラリと捲る。
"一度前世で守護神と契約した人間は守護者となり、縁が繋がる"
「神居で死んだ人間は神居で生まれ直す」
「うん、産夢の性質上そうなってるもんな」
産夢────神居の中心にある、小さな小島にして、輪廻を巡る循環機構の地。
その、産夢の性質を守護者制度を作った時に、ハチスは利用した。
神居で死んだ人間と限定されていたところを、彼は条件を増やすように書き換えた。
"契約した守護者も輪廻に還り戻ってくる"
「どうやって書き換えたんでしょう」
鷺沼は産夢を守る守護者だ。それでもまだ産夢は謎に包まれている。
わからないことばかりでいまだに研究は進まない。
限られたモノしか入れないからこそ、進めれないし、そもそも進める必要もないと言うことなのかもしれないが。
鷺沼の言葉に両腕を組み一つ頷いた。
「確かに……。だってそこまでいくと…」
────それは神の領域だ。
その言葉を俺たちは飲み込んだ。
なぜなら正面で見た父がきょとんとした顔をしているから。父こそおそらく、この世で今1番、神に近い存在だ。
人なのに、人よりも神のような思考、能力を持っている。
纏様が言っていた。
『幻治郎は神様になれる、切符をかなり昔に手に入れてるんだよ。だから僕らは早くあの子にここまで来て欲しいんだ』
と、そう言っていた。幼い俺に向かって、神にしては少し執着を持った顔をして。
父は変わらない、笑いもしない当たり前のように言葉を続けた。
「そりゃ簡単よ」
鷺沼と俺は聞いた相手を間違えたなと一瞬遠い目をした。
まるで、宇宙の原理を説明するように父さんはお茶を机に置いて説明をしようとする。その前に、息子である俺はちゃんと釘を刺す。
「ちょちょいのちょいでね、とか言うなよ父さん。理論的に説明しろよ」
「うぇ、うーーん…あーーー……」
うーんと悩み出した我らが最強の術者はたまにこういう、理論とか技術をすっ飛ばして、呼吸をするようにものを言うことがある。
「「…はぁ」」
思わず、2人でため息をつく。
これは天才ゆえに、というのか、そうあるべしとして生まれ持ったもの天性のものゆえか。わからない。
だが、わかることもある。
それは、“誰にでもできることではない”のは確かだった。
それが天性なのか、あるいは――神に近づきすぎた結果なのか。
あえて、彼も俺達もまた語ることはしない。
「まあ、とにかく蓮たちの記憶に関しては、神秘たちが勝手にやるだろうけど俺は思い出させるつもりないからねってことで…」
曖昧に締め括った父は、俺たちに書き換えの説明をどうしたものかと悩みながら、ちびちびとお茶を啜り出した。こういうところは人っぽいからまだ人寄りなのだとは思う。
一度だけ、神様になるのか父に聞いたことがある。
────小さな頃、まだ妹もいない俺だけが父さんと母さんを独り占めしてた頃。
うちの赤歳家はたくさんの狐が、神使──神の使いとなるための修行場だった。だからいつもそこかしこに喋る狐がいたのでその狐達からよく言われたのだ。
"幻治郎は俺たち狐の父だ。神様みたいな存在なんだ“と。
『父さんは神様になるの?』
『ええ?色〜なんだ急に…誰だそんなこと言ってきたのは』
全く、いずなか?それとも纏様か…?言いそうなやつを口に出しながら父は俺を抱き上げて膝に乗せながら、縁側に座って、あちこちでくつろぐ狐を見ながら俺の頭を撫でた。
『ならないよ。傲慢な存在になりたいわけじゃない。俺は家族を守れればそれでいい』
『だから、家族がいる限り神になることはない』と断言していた。
それが俺は嬉しくて、嬉しくて。俺がいる限り、俺たちが家族がいる限り遠い存在にはならないんだと、子どもながらに思った。
くつろいでいた狐達が一斉に『ええーー!?幻治郎神様にならないのー!?ナンデェー!?』と叫んでいる声に対して自慢のように叫んだものだ。
『俺がいるからね!』なんて。
そんな父は今もなお、狐の神様達や他の神様から、神になるように進言されまくっているが全て断っていると言う。
『俺の思いは変わらないよ』と。強い意志で。人であり続ける。と。ただ最近はこういう、人よりも遠い、神のような発言をしていることがある。
父は湯呑みを傾ける。
その横顔は、昔と何も変わらないはずなのに、
ほんの一瞬だけ、遠く見えた。
ただの資料整理のはずだったのに、父が遠くなっていく姿を見る羽目になった。




