第121神 恋の記録
前世で、俺がハチスかもしれないことがわかったからと言って、世界に何かが起きるわけもない。
とはいえ自分の中で考えなければならないことが多くて頭がすでにパンクしそうだ。
「だって謎が多すぎるだろ!!」
頭を抱えて叫ぶ俺に脳内で火雷と風伯が反応してくれた。
『どうした、蓮』
「風伯たちは運命の女神は誰か教えてくれないし!なんか隠り世は記録でできてるって言われるし〜!あとあと、」
『あと?』
「……なんか二人が、それに対して何も慌ててないのが…なんか俺だけ仲間はずれみたいで、嫌だなぁって」
部屋の中、ポツリと呟いた声に、風伯と火雷は顔を見合わせた。今部屋の中でのんびりと供物という名のお煎餅を渡して食べている二人に伝えれば困った子を見るような顔をされる。
『慌てることじゃないからなぁ』
『蓮、この前…思い出しちゃったんだもんね?前世』
「いや、あれは俺じゃないから!そうかもしれないだけで、俺ではない!」
「…それに全部思い出したわけじゃなくて、断片がちょっと繋がっただけなんだ。
俺が、ハチスなんだ…ってことくらいで…」
『うーん…蓮がそれでいいならいいんだけどね…』
「…運命の女神は、確か…マガツヒに感染したから、殺されたんだよね?」
『アルバートはそう言ってたね七不思議で』
「…産夢を書き換えたのは俺かも…しれないなんて、そんなの…あり得ない」
そう思ってるのは俺だけなのかな。認めたくないと、足掻くことは、悪いことなのだろうか。
◆
────次の日の学校。
この世の中には、たくさんの恋が溢れている。
それはこの世界でも例外ではない。
そして俺は今恋の相談を受けている。
「…ってわけなんだよ、どう思う?!蓮!」
────宝から。
「それって恋じゃね?」
「そんなストレートな感情じゃないんだ…もっとこう、なんか爽やかな!」
そうやって、頼んだラテを勢いよく机に置く。
だとしたら相談相手は俺じゃないなぁ。聞くけどな。
プリンとココアが並んだ机の上が日に当たって美味しそうに輝く。
俺はココアを飲みながら、宝の言葉に耳を傾けながら事件の始まりを思い出す。
事の発端は、六月の中旬ごろ。
学校で小さな噂が生まれた。
『キューピット様にお祈りすると必ず恋が叶う。このハートを1日以内に広めないと効果は出ないよ♡早く広めないとあなたの命が危ないからね』と書かれた、いわゆるチェーンメールだ。
これが思った以上に西城学園で流行った。
シラジラとの戦いを終えたあとの数日後に大流行した。
それに危惧したのは他でもない俺たち守護者だった。その話が流れてきた時点で、俺とるんは顔を見合わせた。
「まずいんじゃね?」
「噂が形になるのも秒読みだねこれは」
この、チェーンメールはどうやら黒刃から広まり、ここまできたらしい。
黒刃って言ったら西城からは真反対の位置にある区だ。そんなところからわざわざ来るなんて…と驚く。
そうして6月の下旬である今、目の前には恋に悩む友人が一人。俺がココアを飲みつつ回想に耽っていると、スマホを眺めていた宝が唸る。
スマホを睨みながら宝は画面と睨めっこしている。
「で、チェーンメール来たからやってみようかなって」
「えっ、チェーンメール来たの?」
「来たの?って…、蓮が知ってるのは意外だ…お前噂に無頓着じゃなかったんだなぁ」
「何やら失礼なことを俺に言ってるな?ちゃんと今回のは耳に入ってきたんですー」
「ふーん?まあそれでほら」
見せてもらった画面はハートが散りばめられたかわいいピンクで埋め尽くされている。
下の方にうさぎがここをクリック!なんて書いている。
「……こんなあからさまなのにみんな信じてんの…?」
「いやいや、でもまじで叶った人もいるらしいよ」
「いやー、宝止めよう。流石にこれに頼るのはダサい」
「…でも送らないと死ぬって書いてあるしなぁ」
「それで死ぬ奴なんていなかったんだろどうせ」
プリンを一口スプーンで掬う。
「それがさぁ」
宝は俺に顔を近づけて「耳貸して」と言ってくる。
素直に耳を貸せば、宝が声を潜めた。
「…死んだらしいよ」
パッと宝を見ると真剣な顔でこちらを見返してくる。
ラテを一口飲んで、視線を下げた。
「だいぶ前に、4月くらいにさ、赤烏市の方で遺骨が発見されたってニュースがあったの覚えてる?」
「…いや、あんまり…」
「西城の生徒だったらしくて、少しの間先生たちは慌ただしくしてたじゃん」
「あー…」
その時期は七不思議やら、辻道の件やらで忙しくしてたから、学園内の出来事に関してあまり関心を持って行ってなかった…。
というか、それ七不思議が原因じゃなかったんだな…。
「最近になってその子がチェーンメールを返してないってその子の友達が言ってたのを聞いたんだよね」
「…そんな、でも流行ったのが六月じゃん」
「流行ったのが6月だっただけでそれより前からあったってことだろ〜」
ラテを一口飲んだ宝はため息をつく。俺はそんな憂いを帯びた顔をしている宝のスマホを見る。
これで本当に宝が死んでしまったら嫌だな…。
「もしそれが本当なら俺は怖いから、一応送ろうかなと思ってる…でも、自分の命を他人に投げてるみたいで複雑な気持ちもあるけどな」
「…ならそれ、俺に送ってよ」
「えっ、蓮に?やだよ。今の話してお前に送れるかよ」
「大丈夫だって。死なないから」
「…お前の不幸体質見てるから送りにくいってのに…」
呆れた目で宝に見られる。
大丈夫。ともう一度伝えると宝が諦めてくれた。
「……わかった、送るからな」
「うん」
ピコン
届いたメールには『恋が叶う、キューピット様』の文字。
しばらくスマホの画面を眺めた後、宝に笑いかける。
「で、お前の好きな人は?」
「うぇ、あーーー、へへ。赤坂清、幼馴染」
「ああ、赤坂かぁ」
「うん。かわいい」
そのまま伝えられたら恋ってのは複雑じゃないんだろうな…と。
自分も朝梨を好きだった頃を思い出す。いつの間にかマドンナから、肩を並べて共に戦う仲間へと変化して行った好きだった子。
──もう一人、黒髪にオレンジの目を持つ、嫋やかな声で笑う、女性のことも同時に思い出した。
眠花さん、あの人は今、何をしているんだろうか。
◆◆
青い空、6月の下旬にしてはやけに暑い日差し。汗がたらりと一つ落ちる。
屋上で相変わらずいつメンと話している時に桃梛から突然の爆弾に驚く声が出てしまう。
「幻治郎さんが、こっちに来る!?なぜ!!?」
「いや、わかんない…だから私たちもびっくりしてて…」
すると扉が突如開く音。勢いつけすぎて蝶番が揺れている。
「その説明は俺からしようじゃないか!」
満面の笑みに浮き輪を抱えたとんでもないアホの姿である。
見た目だけならイケメンなのに何をやってんだあの人。
「みんなで海に行かないかい!」
キラキラした笑顔、眩しい空、夏のじんわりとした暑さにアルバートさんのとんでもない発言。
俺たちの頭の中からチェーンメールなんて危ないと話していたものはすっ飛んで行ったのだった。
気にはなる。けれど、今この場で何かが起きているわけでもない。調べるなら後でもいい──そう思った瞬間、俺たちはもっと厄介な騒がしさに巻き込まれた。
明日は2つ断片を流します〜。10時と17時です!
本編は通常通り22時にあります。




