第119神 記録の中の世界
ベットで横になりながら、天井を見上げる。もう月が顔を見せる時間帯だからか外は暗い。
火雷と風伯の煎餅を食べる音を聞きながら、昼間のことを思い出す。
────あの後、ライラ様が俺と花雨さんを見て、うーんと唸った。
「…この子達が聞いてもいい話かしらこれ」
「まだ早いかもねえ」
「む、そりゃそうか」
火蜂さんと蓮水さんが軽く唸る。右横にいる花雨さんが真剣な顔で頷く。
「流石に花雨も聞いたらダメな話かもなぁとは思ってたんだよねえ」
「まぁでもここまで来たら気になるだろ。答えだけ教えたらいいじゃないか。なんでダメなのか」
アルバートさんがライラ様を見て笑う。
「…仕方ないわねえ」
ライラ様もやれやれと教えてくれるらしい。
え、いいの?そんな大事そうな話を俺たちにして。
全く真剣な空気にならない、緩やかな空気の中、ライラ様は俺たち2人を見る。
「いい?天界はそもそもここをただ見てただけなのよ」
「見てただけ?」
「あなた達の近くにいる神様とは別の神様達が住んでる世界なの。神居にいる神様は人に干渉するけれど、天界の神様は干渉なんてして来ないわ」
「別の神様??」
花雨さんと俺が首を傾げる。2人して同じ動きをしたのを見て、真剣な顔をしていたライラ様は顔を緩める。
「わかりやすく言えば、天界の神様達は所謂有名な神様達がいるところよ。二人とも名前だけは知ってる神様はいない?」
「え、えーー?うーーん…あ。ゼウスとか!ゲームで見たことある!」
「良いわね。そう。そういう神様よ。そういう神様達が天界には居るの」
「えっ!神居にはいないんですか!?」
「居ないわ。神様っていうのは基本的に見てる存在なんだから」
ライラ様の言い切る言葉に、俺は火雷や風伯を思い出す。じゃあ、神居にいる神様達は…なんなんだ?
「ここで、問題なのは、今その神々が隠り世に干渉しようとしてるところよ」
「おっと、それは確かに危ないね」
王妃様はソファに背中を預けて呟く。花雨さんが首を傾げた。
「危ないの?」
花雨さんに対して王妃様が優しい笑みを浮かべて、答える。
「そう、危ないんだよ花雨。何故なら隠り世の構造はかなり特殊でね。降りた神は天界に戻れない仕組みなんだ」
「え!そうなんだ!」
「隠り世で生まれた子達は知らない話だろうね」
アルバートさんはケーキを頬張って、飲み込んでから笑う。
「それでも来るってことは──」
一つクッキーを手にしてアルバートさんの目が細まる。
「よっぽど焦ってるってことだ」
左にいるアルバートさんが手に取ったクッキーを口に含む。
王妃様は紅茶を飲み、火蜂さんも何を食べようか悩むそぶりでおやつを眺める。蓮水さんは終始黙々とおやつを食べて、こちらの話に相槌を打っていた。
ライラ様がため息をつく。
「だから、天界の神々は基本的に降りてこない。ただ見てるだけなのよ」
「へえ」
俺と花雨さんの相槌が重なる。
アルバートさんが俺と花雨さんに視線を向けた。
「ちなみに魔界は問題ないんだぞ。俺たち悪魔は上に上がるだけだから帰りは問題ないのさ」
「へえ〜」
「…ん?ライラ様は?」
花雨さんが疑問に思って首を傾げる。
それに対して人形を仕舞ったライラ様が笑う。
「私?私は天界に戻れるわよ」
「え、なんで?」
「私は一応天使や神様とは違うのよ。天女よ」
「天女?」
「そうよ。天のものであることに変わりはないんだけど、あくまで遣いだから行ったり来たりできるの。神様は関与できないのよねぇ」
「…へえ?」
「まあ、そういうものだと思ってくれたらいいわ」
「わかりました!」
…天女である、ライラ様は天界の者の遣いとして行ったり来たり隠り世へ伝言ができるのか、すごいなぁ……。
そんで、天界から見てた神々が今、干渉しようとしてる。
ん??なんでだ?
「…じゃあ干渉する必要はないんでは?」
「あら、いい子ね蓮。その通り。私や天使が使いとして隠り世の様子を伝えてるから必要ないはずなの」
「今になって、動き始めたのは…マガツヒ、かなぁ」
蓮水様の言葉にライラ様が頷いた。
「だと私も思ってるわ」
「…マガツヒが、何かあるんですか?」
「神々にとってかかりたくないインフルエンザみたいなものなのよ、しかも即効性があって、死に至るような病気。これを神々が知ってしまったの」
「今までは隠してたんだ?」
アルバートさんの言葉にライラ様は目を釣り上げて怒る。
「当たり前じゃない!マガツヒは概念、噂の集合体よ。神々が噂したらどうなるかなんてすぐに結果が出るに決まってる」
「なるほど…」
でもそれって、もう広まってんじゃね…?
そう思ったが口に出さないでおく。
「だから、私たちはそれを黙ってたんだけど…何かのきっかけで知ったみたいで、なにか干渉しようとしてるらしいの」
「…最近、各国で謎の病気が流行ってるの。それをマガツヒなんじゃないか、悪魔の仕業なんじゃないか…って」
「幻治郎が聞いたらブチギレそうな案件だね」
アルバートが笑い、ライラが苦笑いを浮かべる。
「…多分キレるでしょうね」
はぁ、と深いため息をついて一瞬項垂れたライラ様はすぐに顔を上げて俺と花雨さんを見る。
「とにかく、そういうことよ」
「さあ、ここからは子ども達には聞かせれない話よ。おうちに帰ってねんねなさい」
紅茶を片手に、ライラ様が俺たち二人に指を向ける。ぽわっと水色の光に包まれる。
「へ」
「わっ」
ポンっと音がして、気が付けば家の前にいた。
え、ライラ様…すご…魔法使い?
────こうして部屋に戻って、冒頭。
「……あれ、全部聞けたら俺、なんかやばかったのかな…」
『俺たちも聞いてたとわかってる上であれだから、まぁもっとやばい話なんだろうな』
『いつも色んな人たちに家に置いていかれるね』
「本当に…」
「迷いの森ってどこだっけ」
『赤雷の方にあるね』
「…ふーん。天使とか、悪魔とか…なんか世界広いすぎるし、そもそも天界が広げてるってなんなんだよ…」
『そうだねぇ、天界に関してはまだわからないことが多いんだよね』
「…それは、火雷達が根の国出身だから?」
『…ふふ、私たちは元々天界の神様だよ』
「え…!」
『火雷大神、隠り世じゃないところでは割と有名なんだよ。ここの記録とは異なるけどね』
「へ………ぁ、!!」
ガバッと起きて、二人に向かって叫ぶ。
「たしかに!あった!ネットに書いてた!…あれ、でも風伯は?」
『俺も一応別の名前で隠り世じゃないところでは有名だな』
「へえ…ここの記録と異なるって、どういうこと?」
『…記録ってねえ、隠り世に来ると大きく変わるんだよね』
「そうなんだ…?」
『ここってさ、そもそも“記録の中”みたいな場所なの』
「……記録?」
『隠り世…この場合は産夢かな。あれ自体が記録の集合体みたいなものなの。』
『だから、外から見てた者が内に入ると、変わるの。特に神のような存在が不確かだと言われてるイキモノはね』
「…変わる、てことは、侵食するのか」
『うーん、近いね。正しくは上書き、かな』
『侵食は“混ざる”でしょ?上書きは“消える”んだよ』
「え?怖……」
『上書きって、良くも悪くもだとは思うがな』
「人格も変わるの…?」
『性別も変わるね』
「怖っっっ!」
両腕で身体を守るように自分の身体を抱きしめる。
えーー、怖い。性格も見た目も変わるなんて…記録も、ああ。
マガツヒは、そもそもそういうものだ…。
「マガツヒはその特性を活かしたのか…」
『そうなるな』
「それは、人も?」
『どうだろ、人はわかんないなぁ…物語があるなら変わるかもしれないし…前世を思い出したらもしかしたら…』
「え、前世も、なんかあるの…?」
『…人格も上書きされるかもねぇ』
「俺、前世思い出すのやめる…」
『ふふ、怖がらなくてもいいんだよ。そういうものってだけだから』
「うぇ〜〜」
神様の価値観ってやっぱわからん、普通に怖いだろ。
「明日、前世思い出してるのか桃梛達に聞いてみようかな…」
『それもいいね』
月の光が照らされる室内の電気をつける。明るくなった部屋の中、外を見る。たぶんあっちの方面が神居の方向だ。
自分の家は神無だから、神居の方は鳥居で隠れて何も見えない。霧もあるし。
でもあそこには、俺とは違う人達が普通に過ごしているんだなぁ、と今回の文化祭で思った。
上層部との関わりで、多くの神秘がいることも知った。
文化があり、歴史がある。
だから、人はこうして生きることができて、神もまた同じように生きることができる。
記録されて、記録して。その積み重ねが大きな物語になる、と俺は感じたのだった。
前世という物語にもまた、記録があるのだとは思うけど…。
でもやっぱり、思い出すと上書きされるのは怖いなぁ…。
記録って、残すものじゃなくて、
変わってしまうものでもあるのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと思った。




