【短編】No.3 柊朝梨と墓参り
6月11日。
梅雨の時期。
放課後、蓮くん達と別れた後、玉さんとご飯に行く前にお墓参りをするため、ここに来た。
「神無の気候は日本に合わせとるがよねえ」
雨音を聞きながらお墓の前に立つ。
両親と共に姉のお墓に手を合わせる。この時期はいつも雨がふる。雨のたびに思い出すのは少しだけ嫌になるが。
「…ねえやん、転生するんかな」
「するやろ〜。また守護者になるがかなぁ…」
──守護者は輪廻を何度も転生し、記憶を抱えたまま守護者となる。
「…もし、ねえやんが守護者としてまた生まれ変わったらどうする?」
「どうもせんよ」
はっきりと母親は口に出した。冷たい言い方ではなく、ただ事実として答えてくれた。
「でもそうやねえ」
「もし、また会えたらその時は、初めましてから始めないかんね」
微笑む母親の笑みはどこか、寂しそうで、それが無性に悲しくなってしまった。
父親はそんな母親の言葉を聞いて、笑った。
「転生するのに100年はかかる。その頃私たちは死んでるね小雪さん」
「ほうやねえ!朝梨はギリ生きとるかな〜」
「やめてよ死ぬとか言わんで」
顔を俯かせてしまう。やだよ、親が死ぬとか、聞きたくない。
母親が慌てたように謝ってくる。
「ごめんごめん!…でもね朝梨」
声を顰めた母親の声に、顔を上げる。傘で上手く顔が見えない。雨足も強くなってきたからか、雨の音も激しく当たる。
地面に当たっていく雨が次第に水溜りを作り、自分たちの足元を侵していくのを見ていると、それでもしっかりと母親の声が耳に入った。
「人は死ぬがよ」
「命はあっけなく、運命が掻っ攫う」
雨音が次第に聞こえなくなってくる。雲間がさして、太陽の光が地面を照らしていく。
母親の声も雨音にかき消されることなくはっきりと聞こえた。
「それは、お母さんもお父さんも関係ない。けどね」
夕立だったのか、雨が一瞬にして、晴れる。
「何度だって、出会うことはできるがよ」
傘から見えた母親の微笑みは眩しく、どこか切なく見えたのに、覚悟を決めている人の顔だった。
ストンと、胸に落ちた。
守るよ、守らせてよ。と言った。生きてる間は。
死んでしまえばその手を取ることはできなくなるから。死なせないように何度だって手を取らせて欲しい。と願った。
それはきっと、姉に対してお母さんたちが思っていたことだった。それでも、姉の死を飲み込んだお母さんたちの結論が、何度も出会うことができる、と言う一つの救いのような、形に収まったんだろう。
そうすることで人は、死を乗り越える。
「晴れたねえ小雪さん」
「ほんまやね、傘閉じよ〜」
両親の声を聞いて慌てて傘を閉じる。花柄の傘には雨が垂れて、涙を流しているように見えた。
姉のお墓を眺める。無機質な石の塊は、何も言わない。
『おや、カグツチやないか?』
玉さんの声が脳内で響き、お墓から視線を上げれば、狐の面に、赤からオレンジにグラデーションがかかった髪の毛の男の人がいつの間にか姉のお墓の前にいた。
「うわぁ!!」
「カグツチ様!」
『久しいな、柊の子達よ』
「戻ってきたがですねえ」
『ああ、もうそろそろだろうと思ってな』
「そろそろ?」
聞いたことのある声だ。なんでだろう、分からない。ぼーっと母親とカグツチ様のやりとりを見ていたら、カグツチ様がこちらに顔を向けて、「朝梨」と呼んだ。
名前、名前を知られてる…!
「はい!」
『…大きくなったな』
それだけだ。
それだけだったのに。
ツン、と鼻が痛む。溢れる涙が目から頬にかけて伝い、落ちる。
慰めるでも頭を撫でるでもなく、カグツチ様は笑う。
『カカカカッ!良い、良い。小雪にも、桔梗にも似て育ったなぁ』
泣いてしまう私を父親が抱きしめてくれる。あったかい、その身体の体温に涙は止まらなかった。
『桔梗は今輪廻の輪に乗って産夢に行ってるだろう』
「…そう、ですか…」
お墓をチラリと見た後、カグツチ様はふわりと浮かぶ。
どこかへ向かうのだろう。それはわかった。
『幻治郎はまだ生きているか?』
「?ええ、生きてますよ、今日は政府にいるかと」
『政府か、久しいな…。ふむ。急ぎの用だ。久しぶりの再会であったが、ここで失礼する』
カグツチ様はそう言って消え去った。
嵐のような人だったなぁ…と鼻を啜る。
「カグツチ様、あの見た目通り火の神様ながよ」
「そうなんや…」
確かにすごく、『火』って感じの見た目だったなぁ。
「さ、朝梨帰ろう」
「泣くのはおしまい!次は笑顔でね」
「うぅ…なんでカグツチ様見て泣いてしまったがやろ〜」
「記憶にはないかもしれんけどね」
母親はそう区切って、教えてくれた。
「桔梗が死ぬ時、カグツチ様が看取ってくれたがよ。朝梨は、あんまり覚えとらんかもしれんけどね」
「……え」
「辛い記憶ほど蓋をしちゃうのが人間だよねえ」
父親がそう言った。
なら、私はまだ欠けてる記憶が、あるのだろうか…。
「今やき言うけどね、カグツチ様が朝梨の記憶を消したがよ」
「ええ!」
「覚えちょると辛いき、消した言うてたよ」
「…そう、だったんだ」
「最期はどうだったか覚えてる?」
「桔梗の花がすっごい咲いてたのは覚えてる」
「ふふ、綺麗な形で帰ってきてたね」
「懐かしい」
姉の話を、こうして口にできるようになって嬉しくなる。
カグツチ様が、何故幻治郎さんに用があるのかは分からないけど今日くらい、何も考えずに姉の死を想っても良いよね。
雨は止んで、雲間から差した太陽が今日も眩しく見えた。




