【短編】No.1 乙女と幻治郎とアルバートでご飯を食べに行った記録
食事の席に座って、乙女はメニューを眺める。
幻治郎は飲み物を全員分頼み、アルバートはトイレに行っていた。
「…幻治郎さん」
「ん?」
「お願い、なんでも聞いてくれるんやんなぁ…?」
不安そうな乙女の顔に、幻治郎は目を細めて微笑む。
「いいよ、俺が長生きするとかは無理だけどね」
「聞いてくれる?」
「いいよ、俺に何を願う?」
メニューから顔を覗かせた乙女は視線を下げて、ポツリと呟いた。
「………あたしを1人にせんでほしい…」
「物とかじゃないんだ?」
「物は、自分で買えるもん」
「うん」
「でも幻治郎さんへのお願いは買えへんから、メッッチャ悩んだんやでこれでも」
むぅ、と眉を釣り上げる乙女は、どうせあかんのやろなぁ…と思いつつ、マクロ丼と書かれているメニューを眺める。
「…いいよ」
幻治郎さんの言葉にパッと顔を上げると先ほどと全く変わっていないが、頬杖をつく幻治郎さんがそこにはいた。
「乙女は寂しがり屋だもんね」
頭を緩く撫でられる。
…昔を思い出してしまう。
──昔は黒かった髪の毛。
まだ小学生の頃、宗と仲良かった頃…。目も髪も日本人で、大阪にいた頃。
近所の山で遊んでいたら、神隠しにあった。
どんなことがあったか記憶には無い。
気づけば山の麓で大人たちに助けられ、髪の毛はピンクになり、目は赤くなった。
親からは気味悪がられ、殴られた。
あんなに可愛がってくれていた両親は、髪の色が変わっただけで、私を『乙女』として見てくれなかった。
私の子を返して!
その言葉が、
私に向けられていないことだけは、
はっきりわかった。
叫ぶ母の声を思い出す。
おばあちゃんだけが、私を育ててくれた。それでも、おばあちゃんも死んでしまって、1人で生きていかなきゃいけない、小学3年生の時、神居政府の人に助けられた。
"君はここで生きるのはしんどいと思う。だから、俺たちと一緒に来ないかにゃ?"
緑の髪に大きなメガネ、赤い目をした男の人──私と同じ異質な人。
猫が憑いている人が私を見て微笑んだ。
"一緒に政府に行こう"
そう言って手を伸ばしてくれた、あの人は今も現役だ。
そして、目の前の幻治郎さんは、この特殊な目に混乱している私の症状を抑えてくれた。
"君の目は特殊だ。神との縁が見え、人の縁が見える。それはとてもきついだろう"
"だから、抑えておいてあげる、その目の強さを"
前はもっともっと見えていた。
過去に神と関わっていた人は白くなり、現在神と関わりのある人も光る。
人の業は黒くなる。人はみんな何かの色を持って光っている。
──その中でこの人は特殊だった。
光らないはずがない環境にいるのに、光らない上にどこか清廉とした空気。
ただそこにある。それだけで人々を、私たちを安心させる存在。
「……幻治郎さんは、死なんよね?」
彼が死ぬとは思わない。思えない。
でも人はいつか…死ぬ。
「さあ。未来はわからないからね」
…わかっとるくせに。
全てを見通している幻治郎さんに恨みがましく見てしまう。
きっとこの人は、自分の死すら見えているのだろう。
私は、アルバートさんが戻ってくるまで頭を撫でてもらった。
アルバートが戻ってきて、3人でご飯を食べる。
「あたしトイレ行ってくる〜」
「行ってらっしゃい」
乙女がトイレに立って、向かったのを見送ってからアルバートがポツリと呟いた。
「…運命の女神、ねぇ…」
「どうした」
「俺たち神秘…というより、神様たちがあれだけ大切にしてる末の子をシラジラが知らないわけないと思うんだよね」
無言で見つめ返してくる幻治郎にアルバートは口だけ笑った。
「予言をするために生きてる存在ってのはわかってるんだぞ」
「でも、わざわざ本人にそれ言うんだぁってさ」
「──アルバート」
「わかってるよ、本人に言うつもりはないよ。今ああやって楽しそうに笑ってるから俺としても構わないんだけどね」
「そう…」
「ただいま〜、なぁあたし期間限定のイチゴアイス食べたい!」
満面の笑みで戻ってきた乙女に、アルバートと幻治郎は微笑む。
「じゃあ俺は抹茶にしようかなぁ」
「俺はコーヒーにしよう」
「コーヒーは苦いやん」
「幻治郎はどっちかって言うと緑茶派じゃないか、コーヒーなんてやめといた方がいいんだぞ」
「…わかったわかった、デザート食べろって言いたいんだな…はぁ、なら俺はこの人魚の花束にする」
「期間限定の人魚の花束!?とろけるようなケーキの旨さのそれを頼んでもいいのかい!?俺は今日は幻治郎の金で食う気だったからわざわざ避けたのに…!」
「俺の金で俺が食うんだから、何頼んでもいいだろ」
「えー!なら、あたしももう一つつけてええ!?」
赤い目を輝かせて笑う乙女と青い目を輝かせるアルバートに幻治郎は苦笑いを浮かべた。
「はぁ…もう好きにしなさい」
「「やったーー!」」
幻治郎は静かにアイスを頼む乙女を見つめた。
何も知らない、無垢な子。
縁を辿り、運命や業が見えてしまう、不思議な目を持つ、一人の女の子。
神様たち以外には誰も知らない。
誰も伝えない。本人も覚えてない。
──この子こそが、運命の女神の転生体。
──何故なら、選択する間もなく殺された末の子に、今を生きてほしいと願うのは当たり前の感情と言えるから。




