第113神 黒い目に映るのは青
後ろに下がろうとしたが体が動かない。
シラジラはのっそりと俺の前まで、顔?を持ってきて、もう一度言う。
"運命の女神は生まれ変わっている"
「え…」
バサバサと鳥の羽音と共にるんと桃梛が視界の先に見える。
アルバートさんも居る。
シラジラに目はないのに、その視線は俺と──乙女さんに向けられている気配を覚える。
"運命は再び綻び、秩序は更なる歪みを生む"
言葉に続きがあったのか…!!
ということは、これは。
手をぎゅっと強く握る。手の中は汗ばんでいて気持ち悪い。
「──予言や」
乙女さんが呟いた言葉と共に、シラジラがゆっくりと姿を消そうとしていく。
「待て」
「まちや、どういう意味やねん!」
『蓮?乙女?何が聞こえてるの?』
「……え?」
俺と乙女さんの声が重なり、顔を見合わせる。そうして階段下に集まる、アルバートさん、るん、桃梛の顔を見渡した。
誰も反応していない。
音が、俺と乙女さんの中だけにある。
火雷の言葉に、本当に俺と乙女さんにしか聞こえていないこと、そして──神にさえもこの言葉が届いていないことを知る。
"赤はすぐそこにある"
シラジラが完全に消えてしまう。
咄嗟に手を伸ばして掴もうとするが白い影は“崩れる”ようにほどけていく。
黒い鳥達を連れて、散っていく。最初からそこに無かったみたいに。
「──なんで俺と乙女さんに伝えたんだ!」
……返事は、ない。
───その瞬間。
ドンッッッ
校舎に振動。まるで地震のような地盤の動きに咄嗟に全員がしゃがむ。
足音と共に、朝梨がやってきて隣にいる玉さんが声をあげた。
『何かを盾にして逃げぇ!!』
「玉さん!朝梨!」
玉さんの言葉が廊下に、全員に届く。
ザァァァァア
黒い雨が校舎を濡らしていく。
「…また、雨…」
「待ちぃ、なんで神無で黒い雨なんか降んねん、おかしいやろ」
確かに。変だ。
なんで。
教室に入り、壁に身体を潜らせ外を見ていると、真っ黒い塊がうごうごと、動いていた。
雨が降っていたところが少しずつ溶け始める。
「……なんだよ、あれ」
『シラジラが、反転してるのかも』
「予言は、嘘ってことなん?」
火雷の話に乙女さんと俺は耳を傾けた。火雷に対して慣れてきたのか乙女さんは俺の肩に手を置いて、外をじっと見つめる火雷に視線を向けた。
『ううん、さっきの白いのはちゃんとシラジラだと思う。だから、さっき、最後の力を振り絞って伝えてくれようとしたんじゃないかな』
『──これから起こる災厄について…』
「…てことはマガツヒに感染してるってことかいな!?」
「え、じゃあ感染し切る前に教えてくれたの?」
「なんやそれ!!ふざけ……」
うごうごとしていた黒い塊から白い魚が出てくる。
「さ、さかな…!?」
「反転ってそこまで反転するの!?」
朝梨とるんが騒ぐ横で桃梛が冷静に分析するように呟く。
「広義的には鳥の反対は確かに魚って言われてるけど…」
「頭ええなぁ桃梛ちゃん」
魚が俺たち以外の廊下に立っている周りの生徒達に入ってしまう。
「ああ!さっき抜けたのに!」
シラジラの声はどこか歪でいろんな声が重なったような不協和音を響かせた。
"運命の女神は生まれ変わった"
"世界は終わる"
"いや始まる"
"全部壊れる"
"全部守られる"
口々に言う言葉は、どれも歪な答え。
雨が少しずつ中に侵入していく。
「うわぁ、廊下が錆びていく〜!」
「錆って何、ってことはあれ酸!?」
やれやれとアルバートさんが黒い塊に向かって歩きだす。
「あ、アルバートさん濡れたら溶けますよ!」
思わず呼び止める俺に視線を向けたアルバートさんはすぐに前を向く。
「君たち、俺を誰だと思ってるんだい?」
じわ、じわ…と金の髪が、黒に染まっていく。
雨の中だとかそんなものは関係ない。
そう言わんばかりに突き進む。
「秩序でもなければ、混沌でもない」
制服から軍服に。ただのローファーからゴツいブーツに変化していき、頭にツノが二つ。
「俺は、悪魔だよ」
黒い尻尾がゆらりと揺れる。
「先に言っとくけど、世界は終わらないし始まりもしないよ」
「全部壊れないし守られもしない」
「世界は続くだけだよ」
マガツヒに汚染されたシラジラを見下ろすアルバートさん。
目の前にいるシラジラは何か口に出す。
"世界は壊れる。
世界は始まる。
世界は消える。
運命の女神は死、
運命の女神は生ま、
運命の女神は"
言葉の羅列は意味をなさず、何かを言っているだけに過ぎない。
シラジラは、その場から攻撃をするわけでもなく、ただ悪魔を前にして逃げれなくなっている。
「──末の子の子のことを暴いたお前に一発、入れさせてもらうからね!」
シラジラに向かって一発、アッパーを繰り出す。
「まさかの力技!?」
ドッッッ
いい音ともにシラジラが上へと吹き飛ぶ。
四階建ての校舎よりも遥か上へ吹き飛んだシラジラがそのまま地に落ちる。
落ちた衝撃が、砂煙を舞わせる。
「まだまだすっきりはしないね、もう一発入れようかな」
錆びる黒い雨の中堂々と突き進み、落ちたシラジラの元までアルバートさんが向かう。
そんな一方的な拷問をするアルバートさんから距離を置くように屋根を探すが少しずつ雨で校舎が溶けていく。
ああ、まずい。本当にまずい。校舎の中にいる一馬たちが死んじゃう…!
俺が焦っている横でるんが桃梛に声をかける。
「…桃梛ちゃん、校舎全体に傘とか作れないかな」
「!屋根なら!」
『いいですねえ。桃梛綺麗な屋根を作りましょう』
「想像するのは私なんだからね…」
「我、桃梛の名の下に告げる。
美しさを保つために、守りの傘を」
「愛を受け取るために、器を作りましょう」
キラキラ輝いたかと思えば、シラジラまでの道のりの上に花が吊るされた屋根が現れる。
「綺麗〜!さっすが!」
地面から根が生えて、上へと上がり大きな一輪のキノコが屋根を作るように傘となって生まれた。
「キノコだ…」
「桃梛ちゃんの技でキノコ初めて見た」
「だって傘ってキノコっぽいじゃん…」
ちょっと照れながら話す桃梛に笑いつつも、アルバートさんの元まで全員で向かう。
「…」
パタパタと落ちてくる黒い雨に濡れる全身真っ黒なアルバートさんは俺を見る。
すでにぼろぼろになっているシラジラはまだ、うごうごと動いている。
「蓮、予言はなんだったんだい?」
「えっと、運命の女神は生まれ変わった。運命は再び綻び、秩序は更なる歪みを生む。赤はすぐそこにあるだったと思います」
「…ふーん。君はどう思う?」
「えぇ、俺ですか?」
「予言を聞いたのは君じゃないか」
「いやそうですけどね…」
──別に、何か思うものなんて…。
シラジラが何かを言い出す。まるで、先ほどの予言に続きがあったかのように、白いシラジラと同じ声でつぶやいた。
"……白は黒に歪む。黒はそこにあった"
…なんだ?
黒い塊であるシラジラが溶けていく。
"黒い目に映るのは青。夢は産まれ、幻は神となる"
「…色ばっかり…」
乙女が気になったのか、ぽつりとつぶやく。相変わらず、アルバートさんたちに何も聞こえていないらしい。
シラジラが何をしてくるのかわからないため、下手に動けずに居ると、霧が出てくる。
「うわっ」
じゅわ…。霧が当たったところから溶け出していく。
"記録は消える。記録は写す。記録はなくなる"
予言のようで、予言ではない言葉をシラジラが口に出していく。
"愛は歪み、支配は内へ 未来は──────暗く"
「何言ってんだ…」
"霧に塗れた青、あお、あお、あお、あおあ、、、、"
ピタリと止まったシラジラは俺と乙女さんを見た。
音が消える。
"──蒼"
……違う、俺の後ろだ。
振り向く。
そこに立っていたのは、影森だった。




