第111神 赤はすぐそこにある side別
『運命の女神は生まれ変わった』
廊下の声が重なったように聞こえ、足を止める。
「…なんかさっきより言葉が変化してる?」
西校舎を歩きながら桃梛は思う。
口々に話す言葉が少しずつ変わってきているような気がする。
学園全体が静かに洗脳されていく恐怖に桃梛の目が鋭くなる。友人だけでなく、先輩たちも含めて授業も止まったまま口だけが『運命の女神』に関する情報を出している。
なかなか気味が悪い光景だ。
「おや、桃梛じゃないか」
「…アルバートさん」
そうか、守護者以外にも動ける人がいたのか。と驚く。
「なんでここに…ってアルバートさんは三年生でしたね」
「そうだよ、いきなり鳥が飛んできたと思ったら目の前にいた友人が変なこと言い出してびっくりしたよ」
「変なことってあの運命の女神は〜ってやつですか?」
「そう。今更なのに」
何を言ってるんだか、と肩を軽く上げたアルバートさんはやれやれとため息をついた。
桃梛はというと、アルバートの衝撃の事実の方に目を向く。
「今更…?」
「うん、まぁ君たちには関係ない話さ」
フッと笑ったアルバートさんは、どこか遠くを見る。
『運命の女神は生まれ変わった』
近くにいる人がポツリと呟く。その言葉を聞きながら、桃梛はアルバートを見た。
「…本当に、生まれ変わってるんですか…?」
「ああ、でも正体は言わないよ。あの子の平穏が崩れるのは俺たちも本意じゃないんだ」
「…みんなで、女神を守ってるんですね」
「神の間で最も末の子だったのさ。神様たちは可愛がっていたからね。
その末の子が今生まれ変わって平穏に暮らしてる。それなら手を出す気は無いと思うのが当然だろう」
「……じゃあ、この異常事態にはおかんむりな感じですか?」
「フッ」
腕を組んで桃梛を見る。
「まぁ、そういうことさ。今回は直接俺も関わってあげるよ犯人探し」
一度桃梛は目を閉じ、開き、アルバートを見つめる。
「…協力、感謝します」
「俺の平穏も崩されたからね、全力でボコしてあげる」
「そこまでは私たち求めてないんで…」
共同戦線がここに張られる。
東校舎────。
「広すぎる…」
るんは廊下のど真ん中で腰に手を当てて仁王立ちをしながら天井を見上げた。黒い。鳥が増えているというよりは、鳥がこの液体から生まれて下に落ちていく。
地面も少しずつ黒に浸食されている。
天井には届かないのでレンのように突っ込むこともできない。
「…はぁ、西城学園の校舎の量よ…」
校舎一つに対して四階まであるのに加えて体育館、女子寮、男子寮、プールまであるのだ。全部を回るのは苦痛だ。
「…索敵とかできないかなぁ」
『やってみたい?』
慧の声にビクッとする。
『川の主として、水があるところなら全て索敵可能よ』
慧の頼もしい言葉にるんは首を傾げた。
「水なんて…なくない?」
『ばかね、水道水があるじゃない』
「ああ、なるほどね!」
るんは頷き、近くにあった空き教室に居座る。
教室の真ん中に胡座をし、目の前に扇子を置く。
「────我、るんの名の下に告げる」
それぞれの膝に手のひらを広げて、契印を見せる。
扇子の周りから水が広がっていく。
「川の主よ、魚の意思よ」
波紋がぽたぽたと広がり、魚が扇子の上を潜っては出てくるような動きで空間を跳ねる。
「全てに対しての索敵を」
小さな魚達が潜る。
目を瞑り、魚達が東校舎全体を見ていく。
「…ふ、ふぅ…」
汗がたらりと落ちる。鼻血が出てくる。
とんでもなく、脳に負荷がかかる術だろうなぁとは思っていたけど、まさか…ここまで、とは…。
『…見えるかしら』
慧の呟きに返答する力すらない。
「は、は、」
息を短く吐きながら、魚達と視界の共有をしながら校舎を回る。
きつい、脳が処理しきれない。
どこにいる、どこに…っ
…西。
南。
東。
体育館。
寮。
…いない。
北。
──ぐちゃぐちゃに混ざる。
「っ、無理……!」
なのに。
北だけが、やけに“静か”だった。
「────いた」
……いや、違う。
“そこにいる”というより、
ずっとそこに“あった”みたいな違和感。
大きく、白い影。
輪郭が曖昧で、なのに目だけが合う。
蓮の後ろに、張り付くように。
「……なに、あれ……」
ぶはっ、と息を吸う。
「は、は、っ、はっ、はっ……」
『…蓮の近くってことは北校舎ね…』
『るん、大丈夫?』
「……う、ん、は、っははっ、だいじょ、ぶ」
『息をゆっくり吐いて』
「スゥー……。はぁーーーー……」
汗がポタポタと落ちるが気にしない。
脈が早く、なかなか落ち着けない上に、息が苦しすぎる。
…でも、とにかく今は、前を向かなければ。
この情報を伝えなきゃ。
「…はぁぁ…よし。北に行くよ慧」
『了解よ!』
────南校舎。
『運命の女神は生まれ変わった』
その辺にいる同級生達の口から漏れてくる言葉が少し変化していることに気づく。
同時に、自分たち守護者には効かない理由がわからないが…。
ふと、疑問に思う。
「…神様が生まれ変わると、どうなるの?」
『どうしたがじゃ急に』
「うーん、なんか引っかかるんだよねぇ……」
海も概念扱いにならないか?と攻撃してみたけどあまり効果が見られなかった。
その辺にいる人をゆすってもみたけど目は虚で、口からは黒いモヤのように鳥が出入りして気味が悪く咄嗟に離れてしまった。
「…生まれ変わった…生まれ変わった…うーーん」
小骨が刺さるような違和感。
そう、まるで……
……まるで、
「…うぁーー…あとちょっとなのになぁ…まぁいいかぁ」
『ええがか?』
「…うん。考えてもわかんなかったしいいかなぁ…」
それより。と廊下や教室を見る。
「…一旦外でも出てみようかな、敵も倒せない情報も得られないでここまで来ちゃったし」
『そういえば外には何にもおらんのう』
「え?」
本当だ。
こんなに黒い鳥が中には居るのに、外には何にもいない。
「…箱庭」
『どちらかというと鳥籠じゃなぁ』
「確かに…」
じゃあ、この校舎に閉じ込めたい何かがいるってこと?
「でもあの言葉がわかんない」
『"運命の女神は生まれ変わった?"』
「そう!けど、これはもう後回し!蓮くんたちと考えることにする」
『そうながか』
「…あと、全員で言うってことは洗脳とかされてるんだと思うんだよね。
…でもなぁ、私たちが洗脳されない理由が私わかんないや」
『うーむ…魂、とかながやない?』
「魂?」
『朝梨はナニと契約しゆう?』
「──神様」
『神居にある、転移門と同じながやないか?』
玉の推理に朝梨は、顎に手を当て、妖精と戦う任務前に漆黒が言っていた言葉を思い出す。
"神と共にある私たちは通れない"
「…私達守護者と神様は連動代償がある…その理由が、繋がってるから」
玉は黙って朝梨の言葉を聞く。
朝梨はただ口に出しながら、頭の中のピースを嵌めていく。情報を整理しつつ外に向かうために階段を降りた。
「ということは」
階段の踊り場で足が止まる。
まさか。
……まさか。
「──私たちの魂と神様の魂は合わせて一つになってる…?」
いや、そんな奇想天外な話、あるはずがない。だって、魂は一つだ。
「……なーんて!そんなわけないか!」
「ね、玉さん!」
朝梨の明るい声に玉は沈黙を返す。
「……玉さん?」
『──朝梨、外はやめたほうがえい』
「えっ、なんで?」
『……なにか、大きいもんが近づいて来ゆう…』
『西…だめじゃ』
『……東…もいけんのう』
ぶつぶつと呟く玉さんはやがてポツリと呟く。
『──北じゃ』
「え、北??」
『ここもそろそろ危ないき、渡り廊下を目指すがじゃ』
「なになに、なんで?玉さん説明して」
「じゃないと、私も何を目指しているのかわかんないよ」
『──妖怪、シラジラじゃ』
「シラジラ…?」




