第109神 運命の女神は生まれ変わっている
日常というのは非日常があるから、平和と言えるんだと思う。
青い空、眩しい太陽。
そしてカッカッカと黒板に走る白い文字と教師の声。
「──であることから、ハチス伝説というのは」
黒板に書かれていく文字を眺めながら、ここ数日の怒涛の日々を思い出す。
文化祭を終えて、影森に刺された後は神居政府を探検してまさかの妖精との戦い…。
「…はぁ」
『蓮がため息ついてる』
『珍しい』
風伯と火雷が脳内で話す声にも慣れてきた。二ヶ月前なんて、困惑していたのに。
今や六月の中旬。妖精との戦い終えた次の日は普通に学校だ。
そして、夏休みがそろそろ近づいてくる。
キーンコーン
授業終了のチャイム音。
次は移動教室だ。立ち上がり、教科書を持って廊下に出る。
「れーんくん」
水色の足元まである長い髪を揺らして朝梨が横から現れる。
相変わらずかわいい顔立ちだなぁ…。
「ん?」
「ふふ、一緒に行こー」
「良いよ〜」
最近は朝梨、るん、桃梛と一緒に行動するのが当たり前になってきた。
この事実に他の男子から妬ましい…と嫉妬の視線を向けられるようになった。
何せマドンナ朝梨、みんなの癒し桃梛、無邪気担当のるん。
桃梛には彼氏がいるとはいえ、癒しなことに変わりはないらしい。それがポッと出の俺が最近は近くにいるから…こんなにも妬まれている。
悪いけどこの3人は普通に友人です。守護者として一緒に戦った戦友なんだ…みんなが思うような色気のあることはない。
「蓮くん、あれ…」
るんが静かに肩を叩く。
何事かとるんが指す方向を見ると移動教室前に黒くて小さな鳥の群れ。
まるで影の塊のようなソレは1匹、2匹と増えていく。
あそこに突っ込んでいく勇気があんまりない。
「どしたー?お前ら固まって」
「あ、いや…」
宝が、俺先に行くぞ、といいながら群れの中に突っ込んでいく。
宝はふらりふらりと体が揺れて、ぼーっと立ちすくみ口を開いた。
「………『運命の女神は生まれている』…」
くらっと倒れ込む宝を咄嗟に掴む。
「宝!」
「…はっ!え、なに、どした?」
「……いや、急に倒れたから」
ええ、なんだろ?と頭を軽くかいて立ち上がった宝は笑いながら部屋に入っていく。
ソレに連なって部屋に入ると黒い影のような鳥が部屋中に充満していた。
「──なんだこれ」
『運命の女神は生まれている』
『運命の女神は生まれている』
『運命の女神は生まれている』
全員の口がそう言っていた。
蜜柑も、一馬も。まるで洗脳されているかのような口ぶりにゾッと背筋が凍る。
「…まずいよこれ」
桃梛が呟く。
ああ、まずい。
何かはわからないけど、何かに侵食されているのだけはわかる。
「本体どれ!!?」
るんが叫ぶが、黒い影の鳥が少しずつ固まって黒い液体になっていく。
トプンとみんなの頭が沈む。
「──どうしよう!廊下にもいる」
廊下にいる全員が立ち止まり口に出していた。
『運命の女神は生まれている』
「…運命の女神が、なんなんだよ!!」
叫ぶように液体のようになっているところに歩いて、俺は腕を突っ込んだ。
「……濡れない」
液体だと思ったその黒い塊は、物体のような厚さは無く、中は空洞のように軽い。
「液体に見えるだけ?」
「影も捕まえられないや…」
捕まえてみようとしたらしい、るんの言葉に俺と桃梛は目を合わせる。
「…桃梛、概念で切れないかなこれ」
「やってみる価値はありそうだね」
みんな、ぼーっと洗脳されている目をしているなら今のうちだ。
桃梛が自身の背中に手を添える。
「我、桃梛の名の下に告げる」
ピンクの輝きと共に刀を抜くように上へと腕を上げていく。
「愛に答えられないものはない。
美に切れないものはない」
ゆっくりと歩く桃梛の足元に花が咲き誇る。
「優雅に、美しく、愛を込めた言葉をあげる」
縦に一閃、刀を振る。
「和裁──白菊の宴」
ばばばっ
黒い影の鳥に当たるたびに白い菊の花が開いていく。
「おぉー綺麗〜」
一輪大きな花を最後に鳥の影はなくなった。
ぼーっとしていた一馬や、蜜柑の目が通常通りに光が灯る。
「……あれ、蓮くんたち何立ってるの?」
「!今来たところだからさー!」
完全に消えた鳥の影にホッと息を吐く。
黒い影がなんなのかはわからないが全員が戻ることができたということは、桃梛の能力は通じる!
影が戻ってくる様子は無いし…一時的に祓えたのか?
朝梨と桃梛とるんに視線を向ければ、桃梛が頷いてくれる。
察しが良くて本当に助かる。
「…授業終わったら昼休みだったよな」
「あとで校舎の中回ろう」
「うん!」
昼休み、校舎を走りながら全ての教室と廊下を見る。自分たちの教室だけだと思っていたそれはどうやら学校全体が侵食していくものだったらしい。
廊下の天井が半分くらい液体で埋まっていくのを確認した。
『運命の女神は生まれている』
どこに行ってもみんなソレしか言わない。
あれから、話し合っても解決しないので手分けしよう。と言う話にまとまった。
朝梨が南、るんが東、桃梛が西へ。
それぞれ、この広い西城学園の様子を確認して回っている。
「…桃梛にも限界があるしなぁ」
『元凶を叩かないとどうしようもないね』
「俺と桃梛とるんと朝梨以外に西城学園の守護者はいないのかな…」
一瞬静かになった火雷は、どうやら探してくれているらしい。
『──うん』
小さな呟き。
『居ないね』
つまり、この異変に気づいているのは俺たち守護者だけだということだ。
そうかぁ、いないのかぁ…意外だ。もっといると思ってた。文化祭の時、あんなにいたのは神居の守護者たちだったのか…それとも、もうこの世にいないのか。
守護者の仕事は死と隣り合わせだから、無いとは言い切れない妄想を振り払うように首を振る。
「ぬわぁぁあ!」
誰かの叫び声が階段の方から聞こえてきた。立ち止まり、叫び声の元まで向かう。
「なんやこれぇ!うわぁ、汚い!」
「──乙女さん!」
「!その声は蓮!!これなんや!」
「わ、わかんないです!」
──紅乙女さん。最初に仮契約をした時の不安定な俺にそのままだとまずいぞと忠告してくれた人。
ピンクの髪に、赤く輝く目がこちらを射抜く。
「守護者案件ちゃうんかぁ!?先に言うとくけど呪物ちゃうぞこれ!」
「…え、なんでわかるんですか?」
しゃがんで叫ぶ乙女さんに近寄る。乙女さんは頭を抱えながらチラリとこちらを見た。
その赤い目は涙で潤んでいる。
「…私の所属、呪術課やねん。縁が見えるから、呪物との相性もええねん」
「な、るほど…」
あの呪術課にいる人だったのか…。琥珀さん達がいる…あの、とんでもない呪術課…。
脳内で駆け巡る【イル】の姿に鳥肌が立つ。
二の腕をさすっていると、乙女さんが膝を抱えて座る。
「この前琥珀さんや鴇羽さんから、緑高の妖精のこと、聞いたわ。やるやん」
「いやぁ、へへ…」
『乙女』
「ひぇ、神様!あかん!近寄らんとって!私神様嫌いやねん!』
「……え?」
ばばっと階段上まで上がって、俺から距離をとった乙女さんは顔を覆う。
「………神様と縁が強い人間のことみんな眩しく見えんねん…神様自体も光って見えるし、目が痛なるから…こんとって」
────だから、初めてあった時に、サングラスをかけていたのか。と気づく。
「昔神様に神隠しされてからこの髪色と目の色になったんや…せやからあたしは神様が嫌い」
人生壊されたんや、神様に。と呟く乙女さんの声に火雷たちは静かになる。
…今まで、神様に対して嫌悪感を抱いている人間は1人もいなかった。
俺を刺した、影森すら神様と何か共同で動いていたのに。
だからこそ、神様が嫌いだと言う彼女に、俺は驚いてしまった。
そうか、神が嫌いな人間もいるのか、と。
神様に救われる人間ばかりじゃない。
神様に人生を壊される人間も、いるのか。
「あとハチス伝説も嫌いや、自己犠牲なんてなんもええことない」
「…あ、俺もハチス伝説は嫌い」
「なんや仲間がおったなぁ」
ふへ、と笑う乙女さんに俺も笑う。
かわいい人だなぁ〜。
「…呪物じゃないとしたら、これは一体なんなんでしょう」
「んん〜」
乙女さんが眉を寄せる。
火雷が、珍しく少し迷うように黙った。
『……シラジラ、かなぁって私は思うんだけど』
火雷の言葉に乙女さんはビクッとするも、"シラジラ"という単語に俺と一緒に首を傾げて声が重なった。
「シラジラ?」




