第108神 プロローグ 愛は歪み 支配は内へ
『ハチス伝説の童話を覚えているか? 』
『当然だとも』
むかしむかしのお話です。
ある小さな村で、1人の男の子が生まれました。
男の子の名前は『ハチス』。
彼は村の中で最も雷の神様に愛されていた子でした。
この村ではよく雷雨があったものです。
雷の神様は村人達のことも大層可愛がっていましたが特にハチスのことを可愛がっていました。
ある時、村の人たちがハチスとかくれんぼをしました。
ハチスは喜んで頷き、近くの押し入れに隠れました。
『しめしめ、ここならバレないぞ…』
しかし、いつまで経ってもやってきません。
痺れを切らしたハチスが外に出ると、そこには真っ赤な海が。
倒れた村人達が、人間に殺されていました。
ああ、ああ!なんてことを!!
ハチスは神に願いを言います。
ハチスは、泣きながら神様にお願いしました。
『みんなを、生き返らせてください』
雷の神様は、やさしくうなずきました。
『いいですよ』
すると、村人たちは
まるで何事もなかったかのように
起き上がりました。
ハチスは、とても喜びました。
でも──
人間のことが、少しだけ怖くなってしまいました。
村の人たちには黙って、ハチスは村を出てしまいます。
そこではいろんな人と出会いました。
悲しい人、強い人、きれいな人、優しい人。
いろんなものを見て、ハチスは旅を続けました。
そして、ある時。
ある神様が、病気になってしまいました。
『ああ、私を誰か殺してください』
そう願ったその神様の願いを、ハチスは叶えることにしました。
『私があなたを殺しましょう』
『ありがとう、名もなき英雄よ』
神様は、そう言って消えました。
ハチスは思いました。
もう、同じことが起きないようにしよう、と
だから、ルールを作りました。
人と神様が、助け合えるように。
こうして世界は、少しだけ変わりました。
めでたしめでたし』
『──この世界において、運命の女神とはどういう存在だったのか、守護者であるならば大前提として持っていなければならない知識』
『六千年前──"第一次隠り世震撼の日"守護者制度の歴史は、そこから始まった。
一つ、マガツヒの始まりは人々の願いから生まれたものだと。
二つ、その願いが原因で、運命の女神はマガツヒに感染した。
三つ、運命が捻じ曲がり、世界が壊れる時、ハチスが女神を討伐した。
四つ、ハチスはそうして守護者制度を作ったのだと。
五つ、今もなお運命が壊れ、運命の女神は産まれない』
──そして今。
運命が歪んだ世界。その遥か高みには、神々の住まう天界があった。
天界、現界、隠り世、魔界と世界は四つに分たれている。
白い雲海の上。果ての見えない神殿の中、神々のざわめく声が天界に響く。
『守護者たちをどうにかせねばこの世界が危ないのではないか!!』
『マガツヒなんぞよくわからないウイルスに我々が感染してしまってはどうする!』
女の姿をした神から、顔のない神まで。さまざまな姿をした神々が、口々に文句を言う。
『マガツヒなんぞ産み出したのが悪い!!』
『であれば、厄病神じゃ、あやつが原因じゃろう』
『いやいや、ハチスがそもそも守護者制度など作らなければ…』
『悪魔も今なお、現界では病を流行させていると聞く』
『…隠り世なんぞさっさと蓋を閉めればよかったものを』
『所詮はゴミ箱。今蓋を閉めて遅くないのでは』
ガヤガヤと飛び交う声に、いつしか弾んだ笑いが混じり始める。
『名案だ』
『蓋が開いているから蔓延るのだ』
『そうだそうだ』
『天元様にお伝えしよう』
『きっと頷いてくださる』
『しかし天元様が制度に関わっていると聞いたことがあるぞ』
『なに?』
『ハチスと手を組んだのは、天元様であると』
『嘘をつけ。我らの王がするわけなかろう』
『そうだ、出鱈目なことを言いおって!』
声はあちこちと聞こえるため誰が何を話しているやらわからない。そんな神々の声を背に、カグツチだけは輪に加わらず、遥か下にある隠り世を眺めていた。
木の神が声をかけてくる。
『…カグツチ、どうかしたか』
『いえ、そろそろ戻らねばならないなと』
『…そうか、貴様よく天界に戻って来れたな、一体何を使ったんだ?』
『──さて、どうだったか10年前のことなど忘れましたな』
『人のようなことを言うな。10年前などほんの数秒のことではないか』
『それすら忘れるほど酒を飲んでしまった』
『残念だ、我らが下に降りても戻って来れる可能性があると思っていたのに』
『…下に?』
『隠り世へ降りる話が出ている』
『…それは、意外な。この1万年以上一度もなかったのに』
『本当ならば隠り世ごと消してしまいたいが…天元様がお許しくださらないんだ』
『天元様は隠り世がお好きですからね』
『左様、であれば直接出向いて、我らがあの世界を壊す』
『直接出向いたから許されるわけではないだろうに』
思ったことをそのまま呟けば、木の神が喉を鳴らして笑う。
狐の面の奥から、カグツチは恍惚と微笑む木の神を横目に見た。
『許されるとも、我らは同じ神だぞ。天元様はお優しいからなぁ』
やがて視線を外し、遥か下──隠り世を見下ろす。
赤い髪が、天界を吹き抜ける風に揺れた。
『……今世のハチスが守護者となったことで、世界の混沌が動き出したな』
呟いた声は木の神には聞こえていない。風と共に消え去る。
運命の歯車が一つ、ネジと共に落ちる音が聞こえたような気がした。




