第107神 幕間 柊朝梨は決意する
「お母さん!」
医療課の中に入り、廊下を進んでお母さんがいると聞いた病室に行くとベッドで起き上がっている母がいた。
「朝梨!頬は大丈夫?」
「お母さんこそ!」
お母さんに抱きつく。
よかった、よかった無事で。本当に何もなくてよかった。
「…ここお母さん1人なんだ…」
「そうながよー!お母さん1人だけが贅沢に使える部屋になってしもうてねぇ」
笑いながら、抱きつく私の頭を撫でてくる。
「朝梨」
中学に上がってからはずっと寮で暮らして、たまにこうやってお母さんとお父さんに会っていたのを思い出した。
玉さんの家でしばらく過ごしてた頃もあった。
お母さん、死んでない…生きてる…。
聞こえる鼓動に安心したように息を吐き、目を開けるとカレンダーが目に入る。
ああ、明日は…。
同じことを思っていたのかお母さんは小さく呟いた。
「明日、桔梗の命日やね」
「……うん」
「明日…行こうね」
「ゔん…ッ」
涙が溢れる。
まだ、私の心は追いついていない。
姉が死んだあの日から少しだけ回復したけどそれでもまだ、傷ついたままだ。
姉がいた。私が6歳の時、姉は15歳。
肝試しに誘って、その時に私と従兄弟を庇って、死んだ。
あの時にいた、葬儀屋のお姉さん…眠花さん。
まだ、政府で働いてた…。
「カグツチ様もそろそろ戻ってくるやろうしねえ」
「…カグツチ様」
誰だろう。わかんないや。でも懐かしい、聞いたことのある名前。
「桔梗の守護神よ、10年経つがやもん、ぼちぼち戻ってくるやろ」
微笑むお母さんは目を細めて、抱きつく私の頭を撫でてくれる。
…10年、長い月日だと思う。
私は本当に、本当にあの日、姉を誘ったことをずっと後悔し続けている。
肝試しなんていかなければ、姉と一緒に遊んでいれば、いろんな感情が渦巻き、果てには小学校の間ずっと静かに過ごした。
私と関わるとみんな怪我をするから。関わらない方がいいんじゃないかと思って、ずっと。ずっと。
「玉さんがいてくれたき、良かったねぇ朝梨は」
玉さんの家に預けられることが多かったから、玉さんが暖かく迎えてくれたから、私は今も素直に感情を出せる。
それから──
「神無、蓮くんでしょ。今日会ったあの子。
朝梨が中学の頃話してた同級生の男の子って」
パッと顔を上げて母を見ると優しい笑顔でこちらを見下ろしている。なんでわかるの?って顔をしてたのだと思う。母はにっこり笑う。
「ふふ〜、お母さんやきね、わかるが」
「ぐす、うん、蓮くん、私を、助けてくれたの」
中学の頃の、あったかい緑茶を私はずっと覚えてる。
あの一件で蓮くんを認識したし、今、私は生きてる。
「私のヒーローなの」
「ふふ、ええねぇ」
少し照れたように笑ってしまう私の頬をお母さんは挟むように掴んで、楽しそうに笑う。
「お母さんね、朝梨が守護者になったって聞いた時、ああ、桔梗みたいになってしまうがや。って思った!」
抱きしめている手が震えている。
…本当に、怖かったんだと思う。私だって、お母さんが死ぬかもしれないって思うとすごく怖かったから。
息を吸って、吐く。お母さんのその動作に合わせて私の頭も動く。
「…でも、今回の朝梨を見てたら違うがかもなぁって思った」
視線が合う、姉と同じ目の形、でも母の目で、私と同じ目の色。
髪の色や雰囲気は、私はよく父に似てると言われ、穏やかさは姉が持っていったって言われてるくらい元気で負けん気が強かったと言われていたけど、でも母譲りの目の色とか、優しさとかは私も持ってる。
「ねえ、朝梨」
静かに、病室の時計が針の音を鳴らす。
白いカーテンが揺れて、私の髪の毛もお母さんの髪の毛も揺れる。
ぎゅうっと抱きしめられる。
ただ、一言。
「朝梨、強くなったねぇ」
ぼろりと、涙が溢れる。
ただ、会いたくて来ただけだったの。
ただね、笑顔で久しぶりって、今日は蓮くんたちと来たんだよっていつも楽しいよ、安心してねって。言いにきたの。
こんな話がしたかったわけじゃないの。
「………ッ……つよく、なったやろ……?」
「うん。私たちの娘は二人ともつよぉくなっとる」
感情が上に上がるように涙が溢れる。
鼻がつんとして、痛くなる。
誰か、誰か助けて。そう叫んでいた私は蓮くんに救われた。
強くならなきゃ、泣かないようにしなきゃ。そう思っていた私は、今。
この時のために、生きていたのかもしれない。
「…うあぁあん」
涙が流れてお母さんの服が濡れる。
嘘、嘘だよ、ほんとは寂しかったの、夢の人にも会いたかったのは本当だよ。
でも、守護者になったら気軽に政府にこれるから、お母さんとお父さんに会えるかと思ってね、守護者になったの。
気軽な気持ちじゃないんだよ。
ちゃんと人を守りたくて守護者になったんだけどね。
でもね!
ギュッと服を掴む。
喉が震えて、鼻にツンとした痛みを覚える。
「…会いたかったぁ」
「うん、ごめんねぇ、会えんくてごめんねぇ」
ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられる。
お母さんやお父さんが忙しいことも知ってる、わかってる。
「……良い子でおるよ。でもたまには悪い子になっても良い?」
「良い子でおらんでも良いよ。朝梨は悪い子でもないよ」
「小雪さん、朝梨!」
「…お父さん」
見上げると眼帯をした、父が固まる。
「泣かしたのは誰?守護者?守護者のトップに言おうか?」
「え、違う違う!大丈夫なやつだよ!」
「ほんと?お父さんすごい心配しちゃうから泣かないで…」
190もある父が小さな私たちをまとめて抱きしめながら、「あ〜〜二人に会ったの久しぶりだなぁぁ〜今度ご飯食べに行こうねえ」としみじみと言われる。
「…うん、行こう。いきたい」
「ね、友人に朝梨が守護者になったこと教えてもらってたけどまさかだったなぁ〜」
「友人?」
「んー、ふふ。私の命を救ってくれた恩人だよ」
父の言葉に、誰だろう…知ってる人かなぁと考えるけど、父と母にむぎゅっと抱きしめられて考えが止まる。
「幸せだぁ…」
二人が生きてることに感謝した。
ねえやん、私ね強くなるよ。
これからもっともっと強くなるき、見ててね。
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