第106神 政府へ帰ろう
さて、どうやって政府に戻ろう…という問題が発生した。自分たちは転移門に入れないというとんでもない欠陥があるので緋色さんたちのようにするすると戻れない。
「どうやって帰ろう…政府から緑高って真反対じゃなかったっけ?」
「神様に連れてってもらう…とか!」
「朝梨、それは俺がちょっと抵抗あるかも……」
うーーん。と俺、朝梨で固まっていると緋色さんが後ろからひょっこりと俺たちを見て笑う。
「なんだ?戻る手段がないのか?」
「え、あ…はい…実はそうなんですよ〜執務室から直行だったんで…」
「そうか!なら小梅〜」
森の入り口に向かって、緋色さんが大きな声で小梅さんを呼んだ。
突如黒いワゴンの車が勢いよく、崖を飛び越えて飛んでくる。
「うわ!」
車ががしゃん、と音を立てて地面に着地した。
よく壊れないな…。
運転席の窓が下に降りて開くと同時に小梅さんが俺たちを見た。
「乗りなさい」
「一番小柄だったのに…かっこいい…」
「小柄は余計よ!26年生きても成長しなかっただけよ!!」
ぎゃん!と怒る小梅さんに「うわぁ!失礼しました!」と謝れば緋色さんが小梅さんを落ち着かせてくれる。
「まあまあ…とにかく行こうぜ」
車内で小梅さんの運転のもと、話す。
「転移門には入れないのね」
「そうらしくて…守護課のところにあるやつは入れるらしいんですけど、普段皆さんが通る転移門は通れないらしくて」
俺の言葉に緋色さんは助手席で頷く。
「確かに守護者が通ってるの見た事ないな」
「言われてみれば…守護課にあるやつしか見た事ないですねえ」
「やっぱりそうなんですね」
「守護課の門は幻治郎さん作だって聞いたぞ」
「幻治郎さんどこにでもいるなぁ…」
車は堂々と鳥居の中を突き進んでいく。鳥居の影を通り過ぎたあたりで不安になる。
「えっ、鳥居の中いいんですか!?」
「大丈夫大丈夫」
緋色さんが呑気に笑う横で朝梨が鳥居を見送る。
「政府の入り口を初めて見ました…」
「え、いつもどうやって入ってんの守護者」
「幻治郎さんがくれた紙で…」
「私も幻治郎さんがくれました」
「万能すぎる…良いなぁそれ。でも帰りはないんだな」
「無いんですよね、いつも徒歩です」
「それは幻治郎さんに言ったほうがいいんでは…?」
俺と朝梨は苦笑いを浮かべる。多分言えば専用のものをくれると思うがこれ以上便利にされると怠惰になる気がする…。
車の中から見上げた神居政府は鳥居を入り口の門として置いている。その敷地内は和洋折衷の建物でできている。神域とは異なるが、境界の役割をしているようで、見た目に反して中身はだいぶ異空間だというのは呪術課や浄化課で経験している。
正面にある建物は瓦屋根でできており、四階まである。その中央には時計がかけられている。
駐車場もどこまで行っても広い。もう政府一つで都市が完成されてると思う。さすが神居、普通じゃない。
車庫に入れられた車から感謝を伝えてから降りる。
「さて…転送されたとはいえ、海棠さんも赤道さんも無事なのか知りたいね」
「るんと桃梛も負傷してたし、こういう時は病室?医療課なのか?」
二人で悩んでいると車から降りてきた緋色さんが俺たち二人の肩に手を置いてくる。
「俺が連れてってやるよ」
緋色さんがニカッと笑って、案内してくれるとのことで着いていく。瓦屋根でできた建物の中は受付が多く並んでいた。
「ここは総合受付。市役所みたいなもんだよ」
「てことは住民票とかはここで?」
「そう。この玄関ホールから、右に曲がってまっすぐ進むと内部通路がある」
玄関ホールと言われたその周りには赤い柱が何本も立っており、床は白く艶々としている。
「この床、ドワーフ製でな東城の大理石から使ったらしい」
「!?何それすごい」
朝梨と俺が驚いていると、緋色さんは笑いながら進んでいく。真っ白な鳥居の扉を開けた先に内部通路があった。
「内部通路は和の意匠を基調としててな、木で出来てる」
「ちなみ、ここを進むと面白いことが起こる」
「面白いこと?」
緋色さんが一歩内部通路の中に進むと、ぽぅ…と光が灯る。
「え、わ…」
「足元で光ってんのはヒカリダケ。上でライト代わりに光ってんのが、宝石ライト。宝石ライトは生きててなぁ人の動きに合わせて動くんだよ」
歩くたびに灯るその光はキノコのようだった。
何それおもろい。
内部通路を抜けた先に、俺たちが向かう医療課が呪術課とは別の棟にあることを知る。
「雨水の時、守護課とかともあんなに近かったのに!?」
「呪術課からお母さんのところに行った時もそんな棟に行ってませんよ私!」
朝梨と俺の困惑している声に緋色さんが笑う。
「そりゃあ、そうだろ、守護課を診てる専門部署は守護課の近くにあるんだよ。雨水の時はよくわからんけど多分守護者が怪我でもしたんだろ?そしたら自然と守護者専門課…あー竜胆がいるところに運ばれるんだよ」
「それから、小雪さんが居る小児科は呪術課からそんなに距離が離れてなかったのには理由がある」
「理由、ですか?」
「朝梨ちゃんのお父さん…大尉が拾ってくる子どもを見るためにできたのが小児科だ」
「そういや、花雨さんが大尉って言ってたな」
「お父さんなんでか大尉って呼ばれてるんだよね」
「本当に何も知らないの?朝梨…あ、すごい綺麗な目…」
きょとんとした曇りなき目の朝梨に俺は顔を逸らし、緋色さんは何かを察してくれた。
「…じゃあその別棟は一体…」
「まあ医療課の総本山だな」
内部通路を抜けた先には中央に噴水と草垣。広い庭のような広場の左右に建物が並んでいる。
政府の中はコの字なっている建物がどうやら幾つも連なったものだったらしい。
「手前から順に百花繚乱…戦闘課と浄化課と呪術課があるところな」
「あれは豪華絢爛」
「あ、俺たちがいるところですね!」
「そう、守護課のいるところ。百花と豪華は隣接してるから直通なんだよ、近かったろ?」
「確かに…近かったです」
「で、山紫水明…あれが今から行く総本山な」
指を差した先には白い塔のような、病院のような建物があった。
子どもたちの様子を見に行くために白い病棟を訪れる。緋色さんの顔パスのおかげでスムーズに入れた。
男の子から女の子までが病院の服を着ているが至って元気に笑顔を向けてくれた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう!」
満面の笑みの子どもたちにほっこりとしていると、竜胆さんが子どもたちを遮るように俺たちの前に立ちカーテンを閉めた。
「…誤認逮捕から、よくここまで来たな」
「竜胆さん…!」
俺と朝梨は、横に並んだベッドに座るよう促されたので素直に座れば、竜胆さんは立ったまま俺を見る。
「妖精の任務お疲れさん。そんでいきなり本題に入らせてもらうぞ、君はあの時のことを覚えてるか?」
「…誤認逮捕された時のことですか?」
「ああ」
今更、何故そんなことを?と思いつつも。あの時のことを思い返すように目を瞑る。
「…俺は、あの時散歩をしていたんです、日課の散歩してたんですよ。二人に縛られた時に頭を打ちました…」
少しだけ竜胆さんの顔に影が落ちる。何か言い淀む顔。
流石に気になったのか、朝梨が話に入ってくる。
「…何かあったんですか?」
「…蓮、お前が最初に誤認逮捕された時に、あいつらが討伐した神秘がいるのはわかるな?」
「はぁ…まぁ居なかったら俺逮捕されてませんしね」
……いや、あの時島崎さんと春雨さんは間違えたんだっけ。
「ただ散歩してたって記憶だけはありますね」
俺は腕を組んで自分が契約した後に思い出した記憶を自慢げに伝えたつもりだった。忘れてませんよ。と言う気持ちで。
しかし、竜胆さんはあっさりと俺の気持ちを置き去りにした。
「──悪魔だよ、倒したのは。お前を逮捕した付近より離れてるところらしいけどな」
「エッ」
「隠り世には悪魔が多く存在する。その中でも悪魔は神無に特に集中してるんだ。神秘と縁が無いからこそ集まりやすいんだろうな」
「…な、るほど…」
「ひと気が無かったんじゃないか?」
「──あ」
確かに、あの時人がよくいる通りなのに人がいないことに違和感はあった。
「あの時点でお前は異界に紛れ込んだんだろうな」
「…だからかー!え!!俺いつの間に紛れたんだ!?」
「知らん」
「え!アルバートさんが神無にいるのもそれが理由なんですか!?」
朝梨の飛躍した考えに竜胆さんは首を振った。
「なんでそうなるんだ…。はぁ、ただ言えるのは一つ」
「お前が紛れたのは、お前の前世が、関わっているからだ。狙われたんだろうよ。それから、お前が生まれ変わったことを誰かが広めていることだ」
「…なんで、竜胆さんはそんなことを知ってるんですか?」
「政府ってのはいろんな情報が耳に入るんだよ。特にお前ら守護者の前世の話はな。話題が尽きない」
「うぇー…人の話で噂されるのやだなぁ」
朝梨の嫌がる顔に竜胆さんが同意する。
「全くだ、人ってのはこれだから…。いや、とにかく神秘たちがお前たちの前世についてを深く観察してる。誰かが広めてるのはもう確定だろうよ」
「…わざわざ教えてくれたってことは、危ないんですね?」
少し固くなる朝梨の声に、竜胆さんは一度だけ十字架の模様が目に浮き上がる。次の瞬間には瞼で隠れてしまう。
なんだ…?どうしてそんなに慎重に話してくれるんだろう。
「──人と関わるのが嫌いな俺がわざわざこうして言ったんだ。そういうことだよ」
「お前が思い出せないのも関わったのが悪魔だからだろうな…。他に何かは見なかったか?」
竜胆さんはそう言った後に、ポケットに手を突っ込んで俺を見る。時計の音が静かに響き渡る中、俺は少し考える。
…悪魔、は多分黒いよな……。でも、俺が覚えてるのって…。
「……白い、人?だった気がしますけどね、俺が見たの…」
「白い人?」
「え、はい。夢では赤い海だったんですけど、最後に意識を失った時に見たのは確か白い人だった気がしますよ…あんまり覚えてないけど」
少し考える動作をした後、首を振った竜胆さんはため息をついた。
「……だめだ、俺にはわからないな。正直白髪の生き物が政府だけじゃなくて根の国には多すぎる。それで言ってしまえば、幻治郎さんだって白い髪の毛だ」
「幻治郎さんではないのは確かですよ」
何故なら初めて見た時の幻治郎さんは静かで、落ち着いた雰囲気をしていた。しかし、俺が見た白い人は静かな空気ではなかった…気がする。
「俺初めて見ましたもん、あんな静かな人」
白に近い銀の長い髪を一つに括る、45歳にしては若すぎる見た目の静かな我らが守護者最強を思い浮かべて、苦笑いが出る。
「それは同意する。てことは静かではなかったんだな」
「…あれ、確かに」
「まあ、思い出したらまた教えてくれ。じゃあな」
気だるげに手を振って扉を閉められる。
「…ああ、はい…………じゃない!るん達の様子見にきたんですよ!!」
閉められた扉に向かって俺たちは叫んだのだった。
────医療課から、陰陽局に戻る。
るんも子ども達も元気にしていたので安心した。
守護課執務室に入ると鷺沼さんと漆黒さんがいた。
「妖精の討伐、完了しました!」
「ん。お疲れさん」
鷺沼さんに任務の報告をする。
るんと桃梛は回復が早かったようであれからすぐに合流した。
さて帰るか、と各々帰る運びになる。
俺、朝梨、桃梛、るんの4人で執務室を出る。
全員無事で本当に良かった。守護者は死ぬ、というのは雨水で知っていたからこそ、今回の任務が死の瀬戸際だった。
「世の中には色々あるんだなぁ」
呟いた俺の言葉は拾われることなく、朝梨の呑気な声に消される。
「緑高、初めて行った〜」
「私も〜」
「そういえば、妖精…多くなかった?」
るんの言葉に桃梛が頷く。
え?そう??多かったんだ…。
「多かった、私妖精はもっと希少だからって聞かされてたんだけど…」
「そうなんだ?」
俺が聞くとるんと桃梛は何か真剣な表情をした。
「…マガツヒがおかしくなったのかな…」
「えー、そんなことあるかぁ?」
「わかんないよ、あるかもしれない」
桃梛の考察を聞きながら、俺たちは帰路につく。
朝梨だけはお母さんのところ行ってくる、と言って親の元へ向かった。
走り去る朝梨の背中を見送ったるんがポツリと呟く。
「…やっぱ、親ってすごいよねぇ」
「ね、私も今日はお母さんとたくさん話そ!」
守護課の鳥居だけは、俺たち守護者でも問題なく利用できるので、家へ帰ろうと、その中へ足を踏み入れる。
"────運命の女神は生まれた"
そんな小さな呟きが聞こえた気がして振り向くが、そこには誰もいない。
気のせいか。
明日に思いを馳せて俺は神聖な鳥居を潜ったのだ。
──知らなかった。
あの言葉が、
すでに“広がり始めていた”ことに。




