第104神 妖精との共生
近づくと呼吸をしていることがわかる。
手で妖精を拾おうとすると、どこからともなく大小さまざま、虫の妖精からおじさんの妖精まで、本当に多種多様な妖精が大量に出てきた
「おぉお!!?」
「こ、こんなに妖精がいるなんて…」
俺と朝梨が驚きで固まっていると後ろから緋色さん達が歩いて近づいてきた。
妖精達は泣きそうな声で訴えてくる。
一番先頭にいた桃色の髪をツインテールにした花びらの洋服を着ている妖精が泣きながら両手を広げる。
"やめて、ホープは悪くないの!本当なの!"
"この子は子どもが本当に好きで、ただ保護をしたくて…!"
"ホープは、ただマガツヒに…!"
「だめだ」
黙って聞いていた緋色さんは、キッパリと断る。
それは、冷たいからではない。
職務として、人間として…そして、一線を超えてしまったもの達との共生のためにも伝えている、そんな硬い声。
「その子は子どもを食っちまった。こっちで収容されなきゃならない」
"…っ"
言葉が詰まる妖精に、緋色さんは畳み掛ける。
「マガツヒを壊しても消えない…長命でもないのに生きている」
「本来なら起こらないことが起こっているんだ…」
「わかってほしい、その妖精はこちらで保護させてくれないか」
"研究でもする気?この子に危害を加えたら…"
先頭にいた桃色の髪の妖精の怒りに伝染するように、ぶわりと他の妖精たちの殺気が湧く。しかし、緋色さんは変わらない顔で告げる。
「危害は加えない。ただ、このままだとその子は消えてしまう。だから俺たちに保護させて欲しいんだ」
膝をつき、妖精たちに頭を下げた。
「頼む」
小さな妖精達の声がざわつきを増す。
しかし。
いやでも。
人なんて。
信用できない。
そんな声が聴こてくる。当然だ、ぽっと出の人間。しかもホープをさっき倒した奴ら。
そんな奴らに、預けられるわけがない。
緋色さんはそれでも顔を上げない。
どうしたってここを譲るわけにはいかない、というのも人間側のエゴだ。
俺たちは妖精を苦しめたいわけじゃない。いてもたってもいられず、妖精達の方を見る。
俺たちが言いたいのは、保護だけじゃない。
「────救わせて欲しいです、俺たちはマガツヒを討伐した。
あなた方のお友達を消したいわけじゃない。」
「お願いです、俺たちに救わせてくれませんか」
緋色さんになぞり膝をついて頭を下げる。
妖精たちのざわつきが広がり、守護者に言われてはどうしようもない、と困ったような声が上がる。
妖精からしても、守護者はヒーローなのだ。
そのヒーローに頭を下げられてしまうと、どうしたものか。
"もう頷いても良いのでは?"
妖精のそんな声が聞こえてきて、少しの希望が見えてくる。
それでも決定打には欠けるようで、唸る声達が聞こえてくる。
どうしよう、どうしたら…。
先ほどまでの小さな声が、だんだんと大きなざわつきとなって聞こえてくる。
なんだ?何があったんだ…?思わず顔を上げた俺の横で緋色さんも顔を上げていた。
頭を下げている俺と緋色さんの間に、玉さんが立った。
"神様!"
"海の母!"
"我らの神!"
『ああ、久しいな』
「…玉さん、やっぱりここと昔何かがあったんだね」
朝梨の声に玉さんが頷く。
『ホープを、わしらに任せんしゃい』
"母が言うなら"
"我らの神が言うなら良いのではないか?"
"人は信用できぬが、海の母は信用できる"
小さなおじさんの妖精や、人型の大きな妖精の頷きあう声を聞いてずっと先頭で怒っていた、桃色の髪の妖精は顔を伏せた。
花びらの洋服を小さな手が震えるように握りしめる。ゆっくりと顔を上げて玉さんを見上げた。
"この子に悪いことはしないですよね?"
『わしにそれをする理由なんかないきね』
緊張していた空気が消え去り、穏やかな空気がようやく流れた。
この件は、これでひとまず片がついたということだ。
「ありがとうな、蓮。頭を一緒に下げてくれて」
「…いえ、俺はただ救いたかっただけです」
──マガツヒに、感染した後の物語はとても弱くなる、と七不思議が終わった後に、マリアンヌ先生と終さんが言っていた。
マガツヒを破壊された直後の存在は、本来の神秘を守っていた物語の力も弱くなり、再感染しやすいのだと。
だから、救いたかった。
緋色さんは笑って、俺の頭を撫でてくる。
「やるじゃねえか、守護者!」
ニカっと笑う緋色さんに、俺も笑みを返す。
「重症者である、妖精はこちらで保護させてもらいます!」
竜胆さんが、そっとホープを抱える。周りにいた妖精達は抱えた竜胆さんの手の中にいる弱ったホープを眺めて、ホープの頭を撫でた。
"……元気になって戻ってきてね…"
桃色の髪の妖精はそう言ってホープから離れていく。
小梅さんが敷いた魔法陣の上に竜胆さんは向かう。
「じゃあな、お前ら守護者も戦闘課も!怪我して帰ってくんなよ」
相変わらずの悪態に俺は笑ってしまう。
竜胆さんを小梅さんが転送させたことで医療関係者が完全にいなくなった。
残っているのは、俺、朝梨、緋色さん、小梅さんの4人と神様たちのみ。
ようやく、俺たちはここで初めて息をつけた。
ホープを守っていた妖精達はホープが転送されていくのを見届けると、また姿を消していった。
緋色さんは小梅さんがいる転送装置のところまで向かう。
転送装置から、そんなに距離も離れていない草原の真ん中で、俺と朝梨は玉さんを見る。
草の匂いに混じった海の香りを漂わせるその森の真ん中で、何をこの海の神は思ったのか。
崩れた城を背後に玉さんはしゃがんで、貝殻を拾う。
「玉さん、昔何があったのか聞いても良い?」
玉さんは静かに苔のついた壁を見上げる。苔だけじゃない、貝殻が落ちている道を眺めて、目を細めた。懐かしいものを見るかのように。
…なにが、この城で起こったのだろう。
玉さんが笑う。朝梨は笑みを浮かべた玉さんに首を傾げた。
仕方ない子を見るように海の神というには程遠い、黄色のお月様のような目を細めた。
『そうやねえ。ほいたらお話ししちゃろう』
『ここに着いた時に、言うてたティル・ナ・ノーグの昔話をしちゃる』
拾った貝殻はひび割れて、砂に塗れていた。




