第103神 妖精の過去
「────終わった…」
ぬいぐるみに突き刺した刀からじわじわと煙が出てくる。
壁や屋根が崩れた城の中は静かになり、妖精の悲鳴はもう聞こえない。
ゆっくりと刀を抜くがぬいぐるみから黒い澱みは見えない。
崩れた窓の外を見ると青い空が広がっていることから、先ほどまでの異空間から抜け出すことができたことがわかる。
「子どもは!」
緋色さんが、声を上げて3メートルほど離れた、崩れていない床に座る子どもと医療課の面々をバッと振り向いて見る。
医療課の2人──小雪さんと竜胆さんが汚れた白衣のまま笑みを浮かべていた。竜胆さんがギザギザの歯を見せて大きく声を出した。
「生きてますよ、緋色さん!」
その瞬間、俺の身体からも力が抜ける。
子どもとリンクしていたマガツヒ…。この仮説は正しかったのだと証明された瞬間だった。
「よかったぁあ!」
その場にいた人間全員が座り込む。神様たちは笑みを浮かべて、そんな座り込んだ人間たちを眺めていた。
子供達がいるところまで戻り、上下する胸の動きを確認する。
「…生きてる〜…」
「よかったなぁ」
「さて、手当を!子どもたちは転送の方お願いします!」
竜胆さんが俺たちに向かって叫び、小雪さんも子ども達に笑顔を向けてすぐに俺たちを見る。
ここからは、医療者の仕事だ。
小梅さんは転送装置──という名の魔法陣を敷き、その上に子ども達を乗せる。魔法陣の上に乗った子ども達が手を振っているのを見て、俺や朝梨は手を振り返す。
「次!負傷者!」
「お願いします…」
へろへろと動きにくそうに立ち上がったるんと桃梛は腹から血が出ている赤道さんの肩に手を回そうとする。
「負傷者は動かない!全く…これだから守護者や脳筋ってのは…」
ぶつぶつと言いながら、小梅さんが赤道さんとるんと桃梛の上に布を被せる。
「さっさと治しなさいよね」
被せられた3人の姿が消えて、布が一枚落ちる。
「…なんそれ」
「隊長知らないんですか?サイバー課初の布を被せるだけで転送できる転送装置です」
「…装置の定義がわからんくなってきたな俺」
緋色さんと小梅さんが話す近くで小雪さんは朝梨を抱きしめに走る。
「朝梨、またあとでね」
「うん」
朝梨も小雪さんも安心したように笑い、小雪さんは魔法陣の上に立つ。
「じゃあ、小梅さんよろしくお願いします」
白い光とともに、小雪さんの姿が魔法陣の上から消えた。
小雪さんを転送させた小梅さんは、改めて全員が転送できたのかを確認する。
「竜胆、あんたは?」
「俺はマガツヒに感染した妖精の保護と確認をしないといけないから後でいい。そういうお前は?」
「緋色さんがいるのに私が帰るわけないでしょ」
「あ、そぉ…」
竜胆さんと小梅さんの掛け合いを聞きながら、俺たちは笑う。
ほっとしていたのも束の間、俺の目の前に鱗粉が降ってきた。
「…粉だ…」
「粉ぁ?そんなもん、どこにあるんだ?」
緋色さんや、小梅さんには見えていない、その鱗粉が、何であるかを俺と朝梨は察した。
マガツヒのカケラに壊された、妖精の破片だ。
この森の中を駆け回る、金髪の小さな女の子や、黒髪の男の子をはじめ、さまざまな小さな子ども達が、10センチほどしかない妖精と笑っている。
──ホープ、ホープ!
──"なあに?"
ホープと呼ばれた妖精──紫色の髪に、ワイシャツと黒いズボンを履いたどこにでもいる青年のような格好の小さな妖精は子どもに笑いかけた。
子どもが可愛くて仕方がないというような、甘い声で。
子ども達もそんなホープが好きなのだろう。大好きを返すように笑った。
──今日は何して遊ぶ?
──"そうだなぁ…花冠でも作ろうか"
──ふふ!いいね、あそこのお庭にいこ!
森の奥深くには、季節を問わない花が咲くところがあった。その場所に行くために子どもが走る。
花畑まで駆けて行った、金髪の女の子がホープに向かって手を振った。
──ホープ〜!
満面の笑みを浮かべた子どもの背後に現れる、大きな怪物。
それは4メートルを超える大きさを持つ熊のように黒く毛深い身体からは、長く太い尻尾が生えている。
怪物の胸元に白い輝きがあることに気づく。
あれは、マガツヒだ。
ホープは青ざめた顔で叫んだ。
──まって、だめだ!!こっちに…!
金髪の女の子が、その怪物に捕まる。子どもの甲高い悲鳴が響き渡る中、怪物は大きな口を開けた。
ホープが怪物に向かって飛ぶ。しかし強い風が吹き、羽の動きが弱くなる。
10センチにも満たない小さな身体では手が届かない。
──くそ!間に合わない!
怪物の口から噴き出る赤い血と、何かを食べるようなぐちゃぐちゃとした音に、ホープは叫んだ。
──、あ、ぁあ、ああ、ぁぁぁああ!!!おまぇええええええ!!!!
憎悪に満ちた目で、マガツヒに感染している怪物に向かって突撃したホープの姿を最後に映像が途切れる。
思わず片手で顔を覆う。額から頬にかけて汗が伝う。右を見ると朝梨は口元を抑えていた。
「…っ、はぁ…これは、そうか…」
「……ひどい、ものだね…」
ため息をつく。
マガツヒに感染した物語を解放するたびに、これを見なければならないのかと思うと感情の行き場が無くてどうしたらいいのかわからなくなる。
「あの怪物は…」
呟いた朝梨の言葉に、緋色さんがきょとんとした顔をした。
「怪物?」
「…ホープ、さんの記憶を見まして」
「うーん、この辺でマガツヒに感染したやつかなぁ」
悩むそぶりを見せた緋色さんに、朝梨がさらに聞く。
「…まだ生きてますか?誰かに討伐されたり…」
もし、されていないのなら、俺たちが…とまで俺も思っていたので朝梨の質問はかなり有り難かった。緋色さんの言葉を待っていると、あっさりと答えてくれる。
「鷺沼くんが倒してたよ…その数日後にこの子、妖精が感染したんだ」
「…そう、ですか…」
「じゃあ、怪物から?」
「まあ、そうだろうなぁ、マガツヒの感染は接触感染だから、感染者に触れたら最後、今度はそいつが感染する」
緋色さんの言葉に、朝梨は顔を俯かせて視線を逸らした。気持ちがわかるだけに何も言えない。
「子供達も無事だったことだし城から出るか!」
緋色さんの言葉に頷いて、俺、朝梨、竜胆さん、緋色さん、小梅さんの順番で出ようとした次の瞬間。
──りん、りん
また鈴の音が聞こえてきて、咄嗟に俺と朝梨はそれぞれ自分たちの得物を持ち、警戒のために壊れた壁から外を見る。
終わったんじゃなかったのか!?一体どこに…!
いつまで待っても、斬撃が飛んでないことに安心と違和感を抱きながら、壁の外を見渡す。
城から出てすぐに見えるのは、大きな木造の橋。その橋を渡った先にあるのは木々と草原だ。
「穴、無くなってるね…」
「異空間だったんだなぁ」
俺と朝梨で前衛となって警戒をし、後衛に緋色さんが控えている。
そんな草原の真ん中に、ポツリと点滅して輝く小さな光の塊があった。
そこには、小さな光の玉となった妖精が眠るように落ちていた。
聞こえてきた鈴の音はどこか澄んだ音がした。
──りん、リンリンッ
妖精の国で鈴の音が聞こえたら、本来それは妖精の声だ。
マガツヒにより、反転し、攻撃という形になってしまったが、本来はただの声なのだ。
刀から手を離して周りを見渡す。
「…攻撃じゃ、ないな」
弱々しく明滅する小さな光に気づいた朝梨が近づく。
「…あの子」
さっき見せられた断片にいた、妖精──ホープだ。
紫色の髪は長く伸びて、ぐったりとした青い顔をしている。
10センチにも満たないその小さな身体の手足はぴくりとも動いていなかった。




