第102神 それぞれの役割
──緑高の森の中、先ほど朝梨が出した技のおかげか海の香りが漂っている。壁が壊れ、天井が剥き出しとなった、過去に豪華な机やカーペットが敷いていたであろう、城の一室に集まる。
壊れた壁の端に、子どもの前に桃梛は近寄る。
蓮、緋色、朝梨、立夏で周りを警戒するように外を見渡した。
『さあ、手を子供たちに翳して?』
美夜の言葉が桃梛の頭に響く。
言う通りに手を翳す桃梛の後ろで、蓮たちが話し合う。
緋色が蓮達を見渡した。
「…その間桃梛は無防備になる。俺たちで周りを守ろう。医療課の二人は子供たちのケアと手当てを頼んだぜ」
「わかりました!」
『桃梛、いきますよ。私の言葉に続いて』
「…わかった」
『愛とは罪なり』
「…愛とは罪なり」
『美しさとは守るものなり』
「美しさとは守るものなり」
感覚に集中するために、目を瞑り子ども達の胸に手を合わせた。ふわりとした浮遊感、身体の芯から滲み出すような、感覚を覚える。普段使っている霊力よりも、明らかに量の多い、大きな術だと、身体がわかる。
『美しさに有限などなく、無限が広がる』
「美しさに有限などなく、無限が広がる…」
『見出された愛に、我らは囁く』
「見出された愛に我らは囁く」
掴んでみてください。と美夜に言われる。
掴む?掴む、とは…なんだ、と広げていた手を握る。
グッと、何かを触った感覚。
これは、これは…。
「ふぅ、ふ、まが、つひ…?」
息が荒れる。呼吸がしにくい。
汗が流れ、手足が冷える。
いつも制御しているものをここにきて初めて、開放しているような感覚。
『そう、それです。今子供たちに分散されているマガツヒをグッと一つにまとめるイメージをして見て?』
まとめる、イメージ?
ゆっくりと目を開ければ、胸の白い光が糸みたいに集まり、花の形になるのが見えてくる。
『マガツヒは概念の集合体。どのような形にでも変えることはできるはずです。想像力を働かせてごらんなさい』
ふわりと微笑んだ美と愛の神は桃梛の頭を一つ撫でた。
『さあ、美しく花を咲かせましょう!』
「はな、を」
『さあ、私に続けて?
愛に花を、美に種を。蔓を伸ばして上がりましょう』
「あいに、花を。美に種を。蔓を伸ばして上がりましょう」
『愛花刺繍』
「あいかししゅう」
ぶわりと花が開き、一つにまとまったマガツヒを包み込む。針のようなものでそれを引っ張り上げた。
『お見事』
「は、はっ、はっ…」
目の前にいた子どもがガクンと意識を落とした。
「あ、大丈夫!?」
慌てて抱きしめるが、穏やかな寝息を立てて眠っていた。ホッとしていると美夜が横から甘い香りを漂わせて微笑む。
『あとはそれをぬいぐるみに縫い上げるんです』
「ぬ、縫う…?」
こうかな、と、針の概念を刺すように動かす。
縫うように右手を動かすとマガツヒがぬいぐるみに埋め込まれていく。
それは小さな花が描かれるように、美しく、凛と咲いた牡丹がぬいぐるみのお腹に開いたのだった。
「…わ、私こんなの縫ってない…」
『ええ!概念ですので!』
ふふんと、ノリで言っているのはわかる。
全ての守護者が必要なものは創造力と想像力だ。
しかし、それには限度がある。
海には海の理があり、川には川の理がある。
では、形のない概念に限界はあるのだろうか。
『私たち概念の神を持つ守護者は、発想ひとつで形のないものを現実にすることができるんですから!』
わかるけど、身体の芯が冷える感覚。
汗が噴き出て、服が濡れて気持ち悪い。
「それ言えばなんでも良いと思ってるでしょぉ…」
疲れた、と座り込んでしまう。止まらない汗に動かない足、使えない手をだらりと投げてしまう。妖精たちの叫び声が後ろから聞こえる。
蓮や朝梨が頑張っていることに、桃梛も気づいたが、霊力の枯渇により、限界を迎えて桃梛は倒れ込んでしまった。
バタンという倒れ込んだ音に、小雪や竜胆が駆け寄り、蓮が振り向く。桃梛の手元に持つぬいぐるみに花が咲き誇っているのを見て蓮は確信した。
「!よっしゃ、桃梛がやってくれました!」
「ナイスだー!!で、それをお前はどうするつもりなんだ?」
蓮は緋色に向かってガッツポーズを取り、喜びを表し、緋色はそんな蓮がなにを考えているのか興味深そうに聞く。蓮も、緋色の様子に笑う。
「子供に移植されてる状態だったら子供に悪影響を及ぼす可能性があります。
でも、ぬいぐるみに移植されている。
かつ妖精とのリンクはまだ途絶えてない」
「それがわかるのはなぜ?」
楽しそうに、紫の目を細めて笑った緋色に蓮も笑い返す。
「さっき風伯と話してたんですけど、風伯に言われたんですよね。
リンクしてなかったらここまで子どもに執着してないって。」
「なるほど?それで?」
「特に、マガツヒが埋め込まれてる子供にあいつら執着してる。
俺たちが転送した、埋め込まれてない子たちには目もくれなかったのに、今ここにきて妖精が三体そろってる」
「あいつら、“守ってる”んじゃなくて、“繋がってる”んです」
「ははー…だから、リンクしてると考えたわけだ」
「自分の本体を壊される可能性があるならそっちを優先して守りたい、ってなるかなって」
「良いじゃねえか!賢いなお前!」
わしゃわしゃと頭を撫でられる蓮は、嬉しそうに笑う。
「竜胆さん!そのぬいぐるみください!」
「ふん!」
掴んだぬいぐるみをぶん投げられる。
キャッチして、ぬいぐるみを見る。
このぬいぐるみにも物語があるのだろう、誰かに愛された、物語が。
「────なので」
妖精の悲鳴が強くなり、ぬいぐるみを持っている蓮に向かって攻撃が増す。
リンリンリンリンリンリンリン
斬撃が左右ともにたくさん飛ぶ。だが朝梨がすぐさま壁を発動する。
「玉さん!」
『はいよぉ!』
海が広がり壁が出来上がる。斬撃が跳ね返ってしまったことに妖精の苛立ちは増した。
【☆*○*☆→♪♪▼◇○!!】
緋色は蓮がやろうとしていることを見ていた。
それは、この妖精との戦いの終わりを迎える最後だからだ。
蓮は、刀を手に持つ。
頼むから、成功してくれよ…!!
ぬいぐるみの刺繍に向かって、突き刺す。
「こうします!」
パキンっ
白い光が割れる音。ほぼ同時に妖精のつんざくような悲鳴が耳を通る。
「うるさ、」
【♡・○*☆→→☆♪☆◇◇◎▼○*☆→→☆♪☆!!!!!】
なけなしの力で飛ばしてきた斬撃を、朝梨が跳ね返す。
「あっぶなぁ…」
『よく反応したのぉ』
妖精の叫び声を最後に、海の壁がゆっくりと剥がれ、外を見るといつもの青い森が、そこには広がっていた。
三体が同時に揺らぎ、大きな姿をしていた妖精が光に包まれ砕けた。
それを最後に妖精の声はやんだのだった。
まるで──さっきまでの惨状が、嘘だったみたいに。




