第101神 発想の転換
『朝梨!右じゃ!』
玉の声と飛んでくる斬撃の音が城内に響き渡る。
カンッ
短刀で空に向かって軌道をずらすように弾き返す。
──リン
鈴の音。南方向。
「やぁ!」
子どもたちがいない東側に向かって弾き飛ばす。
飛んでくる斬撃を、全員に届く前にひたすら弾く。
右、南、また右。
いつしか朝梨は、リズムゲームのような感覚に陥っていた。
「…なんで私ばっかり…!」
『ティル・ナ・ノーグが、海にあったからかもしれん』
「…どういうこと?」
『マガツヒは、物語の反転。つまり、あの妖精の元になった物語の中に"海"に関するものを嫌いになった…とか』
「そんな単純なぁ!」
『マガツヒの反転なんて全部単純やきね』
玉の言葉を耳に入れつつ、城の周りを警戒する。
しかし一向に姿を見せない妖精に、朝梨も玉も痺れを切らし始めていた。
『うーむ、それにしてもなかなか出て来んのう』
「なんかトリガーがあれば出てくるのかな」
『…マガツヒか』
「…埋められてるから、来ようとしてる?」
チラリと二人で子どもの胸を見る。未だ泣き叫ぶ子供とそれを宥める大人たちが後ろで繰り広げられていた。
「どうやって取り出しますか?」
「いやぁ、流石にここではねえ…」
「ですよねえ…解剖するにしても器具も何もかもが揃ってないからそこが怖いですよね」
竜胆と小雪の会話に玉と朝梨は顔を見合わせる。
「……取り出さない方法で、マガツヒごと子どもを浄化するのは?」
『いんやぁ、無理やね。それができたら今頃マガツヒ浄化装置とか名前つけて放り投げちゅうき』
「…確かに」
リン
鈴の音。
数秒後、斬撃が窓の外から、小雪たちに向かって飛んでくる。
「お母さん!」
まずい、と咄嗟に庇うように前に出る。
「きゃぁぁあぁあ!!」
子どもたちが頭を抱えて叫び、竜胆たちは朝梨が前に出たことに焦る。
「子どもが犠牲になる必要はないんだ!」
──竜胆さんは、何処まで行っても、守護者の若者を子どもとして見ている。
そのことに、朝梨は少し安心した。
守護者は根の国の鍵だと言われている。それでも竜胆は兵器などではない、ただの子どもとしていいんだと何度だって叫ぶ。
小雪の高い悲鳴のような声が後ろから届く。
「朝梨!いかん!やめて!!」
(トラウマを刺激してるんだと思う、わかってるよ…)
「いやぁ!!」
朝梨の後ろで小雪は目を覆い耳を塞いだ。
そんな朝梨の正面に斬撃が飛んでくる。
ブレる視界は少しの恐怖心が混ざっているから。
しかし、手元の刀を握りしめて目を逸らさない。
死ぬかもしれない、怖い。
すごく怖いよ。
さっきも怖くて足がすくんだ。
でも、でもねお母さん。
「私は守護者だから!」
「!」
朝梨の言葉を聞いて小雪は目を見開き、自身の娘の背中を見た。
黒い羽織には守護課の模様が書かれていて、風に靡く。
「守護者の黒は、誰かを守る黒なの。私は強くなるよ。これからも、守る。」
誰かを守りたいと思った。ここには今私しか守る人がいないんだってわかった。
カンッと跳ね返したあと、斬撃を送ってきた方──城の外にある森の数メートル奥の方を見る。
────あ、いるなぁ。
森から輝く、妖精ならではの光。
見えた。
初めて見た、あなたの姿。
「とっても歪だね」
気持ちにも体にも余裕ができてきたからだろうか、口元が緩む。
「玉さん!」
『ほいよ』
「我が名は朝梨。
海に来たりし、魚の群れよ」
こぽ…
泡が朝梨の周りを浮遊し、その泡から魚の形が作られていく。
「全ての海、全ての人間の還る場所。
この世にて生を受け、我が刃に命を宿らせ」
潮の香りと海特有の磯の匂い。
足元から少しずつ水が出てくる。朝梨の周りを泳いでいた魚の群れはカーブを描き、空へと飛んだ。
「その全てを私に預けろ」
小さな魚の泡が、群れとなって落ちて、朝梨が持っていた短刀へと吸収されるように融合した。
「…これは」
小雪の声に朝梨は微笑む。
「お母さん、私が守護者になったのはね、探してる人がいるの。でもね、それだけじゃ無いんだ」
妖精たちが潮の香りに固まり、身動きが取れない様子を見せたのを横目に小雪の元へと朝梨は近寄って、子どもや竜胆、立夏、負傷してしまった赤道を見て、いつもの穏やかな笑みから真剣な眼差しになる。
「私にとって、お母さんとお父さんは守る存在なの」
「もう、守られるだけの小さな子どもじゃないよ」
「私にお母さんを守らせてよ…」
頭を打って赤くなった母の額を優しく触る。
「…朝梨」
ざわりと森の中が揺れる。
──森が勝てないものは何か、考えたことはあるだろうか?
「知ってる?」
森がザワザワと揺れる中、朝梨の周りは海の匂いで充満していく。森を、妖精を見据えて微笑む。
「植物って、海水に弱いんだよ」
手に持った短刀を、妖精に向かって投げるのではなく、地面に刺す。
「玉さん、よろしくね」
『範囲指定、妖精にのみ限定。そぉら、海水でも飲んでみい』
刺した刀から、広がる海水が妖精に当たり、絶叫した。
【#・○*1→4☆¥→*☆○♪○・・+*☆!!!!!】
「大丈夫、痛くないよ」
妖精の叫び声が止まる。マガツヒを壊していないので消えたわけではないが、静寂が空間を包んだ。
タッタッタッと足音がしたと同時に、黒髪に青い目の男の子。朝梨が目標としている、ヒーローが目の前に現れた。
「朝梨!」
「蓮くん!」
「すっごい潮の匂い…」
「朝梨ちゃん、海の守護者だったもんねえ」
るんと桃梛が遅れてやってくる。
──久しぶりに、全員が集合した瞬間だった。
子どもたちや負傷者とともに端へ固まる小梅、竜胆、小雪たちとは別に、蓮、桃梛、朝梨、緋色は集まり、情報を共有した。
「蓮くん、マガツヒが子どもに…」
「うん。俺たちもそれは確認した…!でさ、風伯に言われて妖精がマガツヒが埋め込まれてる子どもにだけ、執着してんじゃないのか?って言われて」
「…なるほど、言われてみれば転送した子どもじゃなくて、こっちにだけついて来てたな」
音が完全に止んでいる森の方を緋色が見る。
「取り出すことができたらいいんだがなぁ」
頭をくしゃくしゃと掻き回す緋色を蓮は見る。
「そう、そこなんですよね……それで俺、道中で考えてたんですけど」
ゴソゴソと何かを胸元を漁って取り出す。
「これ、使えないですかね?」
────取り出したのは龍牙が拾ってきた、呪物の人形だった。
「マガツヒを、移植させる、ってことか」
緋色は顎に手を置き、蓮の手元を見て納得したように呟く。
「取り出すだけならいいんですけど壊すとなると危険。って話じゃないですか。妖精が移植できるなら、俺たちもできるんじゃないかなって」
「人間には無理だろ」
「いやまぁ、そうなんですよねえ…えへ」
そこまで考え付いてはいたが取り出し方で悩んでいる。というように、頭を軽く掻いて笑う蓮に桃梛の後ろでずっと黙っていた、桃梛の守護神──美夜が呟く。
『……できますよ?』
全員の視線が美夜に移る。
「えっ?」
『ほら、私は愛と美の概念の神ですよ』
『その概念が美しいのであれば、成立する技を、あなたは生み出せます』
美夜のとんでもない言葉の羅列に美夜の守護者である桃梛は唖然と返す。
「──マガツヒを、取り出すという事実に美しさや愛を入れれば、私には取り出すことが可能だって言いたいの?」
『ええ、何せ私概念の神なので』
「なんて、荒唐無稽な…」
『できますよ』
満面の笑みで頷く美夜の横で玉、風伯、火雷が呆れた顔をした。
『ああ、概念の神はそこが強いんだよな』
『形がないものを司っちょるき、創造力と、そこに通ずるものがあれば良いって判定になるガバガバ理論じゃ』
『だから強いんだよねぇ…。美夜ちゃんは特に言葉の概念だから、判定する物が景色、感情、見た目──それらを含めて美とし、人々が愛する、敬愛、親愛、恋愛、友愛に関わらず美しく、綺麗なものであればOKなんだよ…』
『ええ、それらを私は愛としていますので!ですので今からやることも同じことですよ』
神様たちからの怒涛の評価に全員が唖然とする。
「え、えぇ…?概念神つよすぎない…?」
『その分霊力はガッツリ取られるけどね。私たちみたいに模ってる物があればそこからエネルギー…要は信仰心を貰うけど、概念神は違うの』
『概念神は、その概念そのものからエネルギーを貰うがじゃ』
『愛という概念ならば、守護者の思う愛からエネルギーを貰う』
「ああ、だから霊力がガッツリ取られるのか…」
「普段すごくない?大丈夫なの?桃梛ちゃん…」
朝梨の言葉が、耳に入らないくらい桃梛は、口元に手を当てて考える素振りをした。
そんな桃梛を眺めて、美夜は愛と美を司ると言えるほど、美しい笑みを浮かべた。
『移し替えることは可能です。やりますか?』
「──っ、やる。やるに決まってる!」
『じゃあ、ふふ。これはあなたが転生してきて初めて使いますねえ』
「そもそもそんなことができたなんて知らなかったよ」
『発想の転換ですよ、桃梛』
桃梛の手に美しく透き通っているような白い手が重ねられる。
そうして美夜は笑って目の前のぬいぐるみに手を当てた。




