第100神 戦線の崩壊
迷いの森は相変わらず澱んだまま、ざわざわと揺れている。遠くにまで吹き飛ばされた妖精は今やピクリとも動いていない。
少しだけ安心した空気が流れ、妖精から少し離れた先で緋色さんとるんが立っていた。
「海棠何してたんだお前」
「いや守護者の人強すぎて俺何もすることなかったんすよ」
緋色さんに何か言われた海棠さんが笑い、子供を抱え直す。
軽口を叩いていると、妖精がゆらりと動いた。
リンッ
鈴の音。
音のした方へ視線を向ける。
歪んだ木々の向こう。
二体の妖精だけがこちらを見ていた。
……いや。
見ていたのは俺たちじゃない。
──海棠さんだ。
鈴の音から数秒後、斬撃が二つ飛んできた。
その速さは全員が追いつかないほどのもので、前に飛び出せない。
(子どもを抱えてる俺が飛び出したらこの子達にまで被害がいく…!!)
るんも気づいたのか、海棠さんに向かって扇子を伸ばす。
せめてこれで防げたらと、るんの扇子が海棠さんを隠すように開いた。
それなら俺がやることは一つだった。
「…危ない!海棠さん、右に避けて!」
全ての動きがゆったりとしている。飛んでくる斬撃も、振り向く海棠さんの動きも。
緋色さんが海棠さんに向かって手を伸ばす。
海棠さんは咄嗟に子ども達を小梅さんに向かって投げた。
「あ」
子どもを受け止めた小梅さんの視線の先、俺たちに向かって海棠さんは笑う。
るんの扇子で全てが隠れる。
直後、扇子が真っ二つに切れて、斬撃は海棠さんの肺の辺りを突き刺した。
──扇子は魂の形。扇子を貫かれた反動が、るんの身体にも返る。
呻くように蹲ったるんは身体を抑えて叫ぶ。
「ぅぁああっ!」
切られた事実に、海棠さんは自分の体を見て、息を吐く。
「はっ…はっ、は……しゃ、なし…」
青ざめる顔がふらりと傾き、バタバタと海棠さんの口から赤い色が落ちる。
緋色さんと小梅さんの目が見開き、慌てたように近寄る。
ああ、まずい。崩壊する。
直感で、わかってしまった。
────誰かの死は、戦闘において、崩壊の鍵だ。
それは、雨水で雨の守護者がなくなった時、誰かを救えないと知った時、絶望の淵に立った時に自分が感じた、感情の崩壊。
子どもを桃梛へ押し付けるように預ける。
「桃梛、子供任せた!」
「蓮くん!?」
子どもを抱えていた腕が軽くなる。
驚く桃梛の声をよそに、刀を取り出す。
目の前にいる2体の妖精はケタケタと楽しげな声を上げて笑っている。
森の中なのに充満する血の匂いはどこか嫌な気持ちにさせられた。
リン、リン
鈴の音。
おそらく斬撃が飛ぶ音だ。
「我、蓮の名の下に風伯の力を解放する‼︎」
「風伯、守れる?!」
『守れるぞ』
「我、蓮の名の下に告げる。嵐を起こし、その目に一つの壁を作れ!!」
ぶわりと風が吹く。誰かを守るような優しい風の壁。
台風の目の中だ。
森に現れた大きな風の塊の壁に息を吐く。
カン、カンッと斬撃が弾け飛ぶ音が聞こえてくる。
大きな被害はこれ以上出ないことに安堵した。
「急いで海棠さんを転送してあげてください!」
自分でこんなに大きな声を張り上げるのは初めてだな、と緊迫した空気の中思う。
緋色さんはすぐに立ち上がり、海棠に向かって転送をかける。
「悪い、ちょっと、流石に今のはキたわ」
「大丈夫です、俺も今のはちょっと腹立ちました」
ダメージを負ったるんを抱え上げる。
「きゃっ」
るんを横抱きで抱えたまま緋色さんを見れば、苦い顔をしている。
「このままだと持久戦です、一旦他と合流しませんか?」
「…そうだな、同感だ!」
大きく頷いた緋色さんは、合流のために一歩足を踏み出した。
と、思いきやすぐに後ろを振り向き、妖精を睨む。
「ただ……妖精には一発」
グッと強く拳を握り、妖精に目を向け、拳を突き出す。
「吹っ飛んでもらうがなァ!!!!!」
「これは、海棠を狙った恨みじゃボケェ!!」
今まででいちばんの力で妖精二体を吹き飛ばす。
歪んだ木を何個も貫いて先の方まで飛んでいく。
「…うっし、いくぞ!」
「わっ、凄いお兄ちゃん力持ち!」
「おーおー、さっきまで泣いてたのによく我慢したな!」
「へへ」
子供5人を抱えた緋色さんの力に驚きつつ、桃梛が子どもを抱えているのを横目で確認する。桃梛と一瞬目が合い、おそらく考えてることは同じだと気づき、頷く。
とにかく今は合流したほうがいい。
この子供達をどうにかしなければ妖精は倒せない。
「るん、歩ける?」
「あ、歩ける…」
るんの顔色を伺うように覗き、頷いたのを確認するとにっこりと笑った。
「よし。じゃあ俺子ども抱えるから無理したらダメだぞ」
じゃ、と子どもを抱えて走る。
景色がだんだんと移変わり、潮の香りが漂ってくる。森の中なのに、海の匂いがすることに小さな疑問を抱きつつ、抱っこしている子どもを抱え直す。
…寝入っている子どもは重たい。全体重をこちらに寄せるので何度も抱え直した。
脳内の風伯が何やら唸った声を出した後に、絞り出すようにつぶやいた。
『…不思議だな』
「なにが?」
風伯は自身の入っている鈴を鳴らして教えるように俺に伝えてきた。
『妖精が付いてきてる』
「────本当だ」
後ろを向くと妖精がヨタヨタと力が無さそうな感じでついてきている。散々殴られて力が薄まっているのかな…。
「…なんでそこまでしてついてくるんだ」
『子どもじゃないか?』
「…子ども?誘拐するくらい執着してるから?」
『良く考えてみろ、蓮。その子たちとさっき転送されてった子たちの違いはなんだ?』
さっき、転送された子たちの違い…。
今抱えている子供を見る。胸に光る小さな輝きは呼吸と共に点滅している。
「──マガツヒ!」
「もしかしたら、妖精と繋がってる…?」
『…だから、子どもに執着してるのかもな』
風伯の言葉に、何か引っ掛かりを覚える。
解決の糸口が見つかりそうな、そんなモヤモヤ。
「〜〜あとちょっとで出てきそうなのに!」
『取り出すことができたらいいんだがな』
「……これ、もしかして使える…?」
実はまだ懐にあるぬいぐるのことを風伯に伝えると風伯は悩んだような声を出す。
『どうやって取り出すつもりなんだ?』
「ぐぅぅ、そうだよなぁー!」
子どもの温もりを感じながら抱え直す。ため息をつけば風伯が真面目な声で話してきた。
『とにかく早く朝梨たちと合流してからだろう』
「……うん、そうだな」
なんにせよ、この子供達をどうにかしなければ妖精は倒せない。
時間がない。
俺たちは、朝梨たちの元へ向かった。




