第97神 妖精の国 side柊朝梨
先頭から順に立夏、竜胆、小雪、朝梨は本来の緑高の森とは違う、歪んだ世界を走った。
ふと、走りながら気づく。森というには、折れた柱、苔の生えた壁が森の合間合間に見える。
「──?」
石でできた橋の上を走り、本来森の中にあるはずのない街が出てくる。
潮の香り、落ちている貝殻。
「…こ、れは…」
足を止めてその付近を見回す。
異空間だから?ここに建物があるの?
小雪は貝殻を拾い、建物を見上げる。
「お城みたいやね」
『これは…まさか、1000年前に滅んだ都市…』
玉が朝梨の脳内で朝梨に聞かせるつもりのない、独り言を呟く。
「…滅んだ都市?」
しっかりと拾った朝梨の横で遅れてやってきた竜胆が、ぜぇはぁ、と肩で息をしながら建物を見上げる。妖精の欠けたエンブレムが飾られているのを見て、汗を流しながら応える。
「ここ…はッはぁ……おそらく、ティル・ナ・ノーグ──元は妖精の国があった…場所じゃない、かぁ…?」
「てぃる…?妖精の国って、えっ!?」
「…はぁーーーーー…ふぅ、昔、聞いたことがあるだけだったが、本当にあるとは…」
呟く竜胆さんの言葉に、もう一度見上げる。
確かにお城のような外壁だ。鎖で繋がれた太い橋もある。
『…妖精同士の戦争があったがじゃ』
玉がゆらりと陽炎のように実態を持って朝梨の横に出てくる。
「へえ、詳しいですね!僕はその辺知らないや…」
立夏は見上げながら笑う。
「ただ、走ってる時に何人か生きてる子供をここに避難させたんです。戦闘課の部隊も配置させてるので生きてるとは思いますけどね」
「…ああ、俺たちの出番だな」
『…まさかまだあったとはのぅ』
懐かしむように目を細める玉に、朝梨の胸がざわつく。
何故かはわからない。けれど、それは確かな違和感となって朝梨の胸に落ちた。
「行こう」
微かな海の匂いを感じながらも、朝梨たちは一歩、城の中に足を踏み入れた。
城壁に囲まれた建物の中は、少しの道のりが続いた。
道端には、剣や盾、時折、貝殻のようなものまで落ちていた。
「…草も木も枯れてますね」
『1000年前のままならそうじゃろうなぁ』
「戦争って、何があったの?」
『聞いたことはないかえ?小雪には何度も聞かせたことがあるけんどね』
「えぇ〜…?んー、あ、もしかして『妖精の声』っていう御伽噺?」
「あれ、それ私も聞いたことあるかも」
『そう、ある国に1人の王子様がおりました』
【──その王子様は、面倒なことが嫌いで、よくお城を抜け出していました。
ある時、森の中で1人の綺麗な女性に出逢います。
女性は怪我をしていたので、手当てをしてあげました。
そんな王子様に、女性は恋に落ちてしまいました。
その女性は、妖精の国のお姫様だったのです。
翌る日も翌る日も、女性は森にいて、王子様も森でできた友人として仲良くなっていきました。
次第に惹かれていく2人に、怒ったのは他でもない妖精国のお父さんでした。
人間との恋など!
そう怒る王様に、王子様は言います。
私は彼女の願いならなんでも叶えてあげたいくらい、彼女を愛しているのです。と
妖精のお姫様は感激してしまいます。
王様はそんな王子様の気概に2人の恋を認め、2人は幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし】
「…よかったね、ってお話じゃないの?」
立夏の疑問に玉が答える。
『これは良いところだけを切り取った話じゃ』
「え!?そうなが!?」
小雪の声に玉は頷く。
『夢を見よる子たちには現実を教えちゃる』
城の入り口まで来た。屋根は崩れ果て、装飾は錆びて、銅像の首は折れている。
豪華絢爛だったであろう服や、靴、戦争の名残か、落ちている剣や盾、血の跡が残っていた。
『恋に落ちたのは妖精だけながよ』
「えっ」
『王様の言葉を押し切って王子様を攫ったがじゃ』
『それで人と妖精の間で戦争が起こった』
戦争という言葉が耳に残る。
朽ち果てた城の中に入ると戦闘課の赤い服の集団がそこにはいた。
「赤道!」
立夏の声かけに、赤道と呼ばれた青い髪の男の人が振り向く。
「立夏!」
びゃぁぁと泣く子供達をあやすので精一杯な戦闘課のお兄さんに緊張感が一気に消える。
「報告!妖精はあれ以降出てくる様子は見られませんでした。子どもたちの何人かが怪我をしていて、それから…ずっとおかしなことを言ってる子がいて」
「おかしなこと?」
「お腹と胸がくっついちゃうって」
「…?お腹が減ってるのかな」
「…そんな症状は聞いたことないけどな」
小雪と竜胆が子どもの前に座り、医師として診察をし出す。
器具等は収納リュック──異次元リュックに入っているのでそこから出していく。
「…子ども達から聞き出すのは任せました。僕らは変わらず周りの警戒を!」
立夏の言葉におう!と返す戦闘課の人に朝梨も警戒をするように目を凝らし、耳を澄ます。
リン
「…鈴の音…?」
きょろりと見渡す。ガラスのはめられていない窓に空いた屋根が霧を濃くする。
『鈴の音は妖精の声、音楽室の妖精さんで聞いたじゃろ』
「…うん、じゃぁ、居るね…ここに」
────妖精が…。
口に出すよりも早く、朝梨に向かって窓の方から斬撃が飛んでくるのが見えた。
咄嗟に刀で防ぐ。
カンッ
反動で身体が傾き、刀が吹き飛ぶ。
音に気づいた戦闘課の人たちが臨戦体制に入る。
『もう一閃来るぞ!』
リンっ
風の切る音ともに、壊れた窓から飛び込んできた斬撃が見えた朝梨は身体ごと左に避ける
壁際にいた朝梨の横を斬撃が掠め、髪の毛先が少し切れる。狙いはどうやら朝梨らしい。
斬撃が飛んだところを見ると壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
その位置は、間違いなく自分の顔があったところだった。
「…今、私避けなかったら首飛んでた…?」
頬に、ツゥーと血が垂れる。
避けた拍子に膝が擦れて赤くなる。
『よう避けたのぉ』
思わず首を触る。震える手で、首の横で手を握りしめる。
崩れた天井から差す光が、血を濡らした頬を照らした。
恐怖で呼吸だけがやけに大きく聞こえた。
「ふぅー、ふぅー…」
肩で息をしながら、脈打つ心臓と冷えていく手先を抑えるために、震える右手を左手で抑える。刀がカタカタと揺れるのを感じながら、目を閉じてしまう。
ああ、怖い。怖い。怖い。
閉じた瞼の裏にまで、さっきの斬撃が焼き付いて離れない。
リンッ
鈴の音。
「がっ…ぁっ…!!」
目を開くと、そこには赤道の盾が斬撃を防ぎ、子どもたちを守った。
ドッと心臓が鳴り、手先が痺れる。
「赤道さん!!」
戦闘課の人が防がなかったら、お母さんたちは死んでいた。
間違いなく。あそこで。




