第95神 マガツヒのカケラ
緑高の森は、本来なら妖精の住む神聖な森だ。
だが────今は違う。
木は歪み、泉は黒く濁り、鈴のような声ではなく、耳障りな笑い声があちこちから響いていた。
「あちこちから変な声がする…」
浄化課で聞いたのは、妖精の声は鈴みたいな音だったのに。
俺は近くにいた白髪の男に声をかけた。
「すみません、状況は?」
「初めましての守護者くんだな?俺の名前は緋色だ、よろしく。
そんで、状況は妖精一体が分裂して、今やそれ以外にも繁殖中って感じだな」
目の前にいた三体の妖精が、襲ってくる。
桃梛が襲ってきた妖精を斬った。俺とるんに向かって伸ばしてきた蔓を緋色さんが銃で吹き飛ばす。
ダンッダンッ!
刀を向けて妖精に向き直る桃梛が叫ぶ。
「私はあの増殖する妖精を斬るので、みなさんは子どもを!」
子どもという言葉を聞いたからか、目の前の妖精が3方向に散らばり、逃げる。
「立夏!」
緋色さんが女の子を呼ぶ。立夏と呼ばれた少女は刀を腰に収めて、笑った。
「OK、なら僕が子どものところまで行くよ。じゃあ医療課の人……小雪さんと竜胆さん!?わっ有名どころが2人も来たの?」
「俺たちだけでいいって判断されたんだよ」
有名どころなのかこの二人…
2人を見て驚いた立夏さんが竜胆さんの苦々しそうな声を聞いて笑う。
「そっか、漆黒さん、この新人くん達のこと信頼してるんだね。」
その言葉に俺たちは固まる。
俺たちを信頼してるのと、医療課が二人だけになるのって──どう繋がるんだ…?
首を傾げる俺たちを気にせず、緋色さんが拳銃をしまう。
「よし、とりあえず三方向にあいつは分かれた。
一体ずつ確実に倒すために、各自目の前の敵を殲滅しろ!」
「了解!」
「初めましての守護者くん、ついてきな。迷うぞこの森は」
「わかりました」
頷けば緋色さんが歯を見せて笑う。
こんなに前線、といった場面は初めてでドキドキする。七不思議の時とは違う、本格的な実戦。ドキドキしている胸の辺りに手を置いて息を吐く。
緊張した面持ちで朝梨が、立夏さんに声をかけた。
「あの、立夏さん。私もそちらに行っていいですか?マガツヒに襲われたら対処できるのは守護者なんで」
朝梨が名乗り出る。意外だ。朝梨がそんな積極的に動くなんて…。
驚いていると、それを聞いた立夏さんが嬉しそうに手を合わせた。
「わぁ!ありがたい申し出!!とっても助かる!」
「朝梨はいかん!」
小雪さんの声に、朝梨がビクッと肩を揺らして固まる。
立夏さんが驚き、緋色さんは眉を上げた。
玉さんが後ろから言葉を返す。
『小雪、大丈夫やき。わしがおる』
「…でも、」
「…小雪さん、ワガママは戦場では聞けませんよ。
海の管掌。朝梨さん、一緒に行ってくれるのはありがたいけど、足手纏いにだけはなるなよ」
竜胆さんが朝梨を見る。
ピリッとした空気に、俺は人知れず、息を呑む。
あぁ、そりゃ、止めるよな。
子どもが、しかも娘なら。
朝梨も、固い表情をしていたが、顔を竜胆さんに向けて強く頷いた。
「…はい!お母さん、私大丈夫やき!絶対に!」
渋々というように、小雪さんが頷く。
「……わかった」
立夏さんはホッとして、笑った。
俺たちもピリピリした空気が消えたのを肌で感じてホッと息を吐く。やっぱり、緊張しっぱなしは疲れるからなぁ…。
「よかったぁ、それじゃあ行ってくるね隊長!」
「おう、行ってこい」
緋色さんも眉を下げほっとした顔をしている。呑んでいた息を吐いた。
「よーし、君はここで彼女と共にここを守れる?」
るんに声をかけて、桃梛を指さした緋色さんにるんは強く頷く。
「相棒と一緒なら大丈夫です。守れます」
「小梅はこっちに!行くぞ!」
3方向に分かれる。俺たちは右に、朝梨たちは後ろに、るんたちは最初にいた場所で妖精を捉えることとなる。
通常、バラバラに分かれた行動よりも、固まった方が生存率は上がる。
ただ、それは通常の場合だ。
俺たちは守護者で、彼らは戦闘課。
つまりは、問題ないということだった。
「じゃあ、俺たちは右に行くぞ!」
右に走りながら、どこかへと向かう妖精の背中を追いかける。
ふと、周りの景色に目がいく。煤けた森、溶けた木。ケタケタと笑っている小さな動物。不気味に広がる、黒い枝。
「……緋色さん、ここの森って普段からこんな感じなんですか?」
「いいや、もうちょい綺麗だよ」
「もうちょいどころかかなり綺麗ですよ!隊長その辺適当すぎるんで、隊長に聞いちゃダメだよ蓮くん!」
あまり信頼されてるのかされてないのかわからない緋色さんに、苦笑いを浮かべつつ、妖精を見る。
首、体、足、頭────どこを見ても、マガツヒのかけらが無い。
「……ない」
「え?」
愕然としてしまう。
ありえない、本来ならあるはずのモノが無いなんて。
「──マガツヒのかけらがありません」
「え、そうなの??」
「隊長さんマガツヒ見えないんですか?!」
「俺たち守護者じゃないから見えないんだよね。探知機と経験だけで追ってんのよ」
ぽん、と腰にある、鳴り続けている探知機を叩く。
そんなのがあるのか…と納得と同時に、マガツヒの在り方を考える。
妖精本体には無い。
となると別の存在──だが、妖怪も神も討伐してる。
じゃあ…一体、どこにマガツヒが。
いつもならば、必ずあるところに無いその事実に俺は身体が冷える。
どこに、あるのか見当もつかない相手と戦うのは初めてだった。




