第94神 交わる三色
情報の確認のため執務室へと一度向かう。
執務室の空気が、いつもと違った。
肌がピリつくような、張り詰めた静けさの中、鷺沼さんと話していたのかソファで足を組んだ、漆黒さんがこちらを見据えて座っていた。
重く、のしかかる圧。
「よく来たな、君たち」
幻治郎さんが空気の軽い異次元だとしたら、漆黒さんは軍隊の上官のような空気を放つ人だと言えた。
ヒタリ、と俺と一瞬視線があった気がして背筋が伸びる。
怖い。守護者になってから、日がまだ浅いだけでなく、上司らしい上司といえば幻治郎さんくらいしか会ったことがなかったから、少しだけ怖いと感じてしまう。
「…漆黒さんこの子達で遊ばないでください」
「遊んでないが」
「圧がすごいんですってば」
鷺沼さんからの言葉に漆黒さんは何を言っているんだか、とわかっていない顔をする。
自覚のないイケメン……思わず先ほどの話を思い出しつつも、黒髪のオールバックに黄色の瞳が俺たちを見てくる。
「…ここのところ、緑高で子どもの失踪事件が相次いでいたんだ」
「子どもの…」
朝梨の目が開き、わずかに声が震えている。
少しだけ手が反応しているのを横目に、俺も子どもが犠牲にあってることに手をギュッと握る。
雨水の時もそうだが、子どもの被害とは嫌なものだ。
「戦闘課が出動していたが、原因は神や妖怪だけじゃなかったと報告があった。失踪事件の裏では、妖精がマガツヒに侵されていたんだ」
戦闘課の人たちは、マガツヒを壊さないのだろうか…?
小さな疑問が一瞬だけ浮かぶが、漆黒さんの圧のある目が俺たちを射抜く。
「──君たちにはその討伐に向かってもらいたい」
「はい!」
子どもが犠牲になったというならひどい有様なのだと想像して、気持ちが落ち着かなくなる。
妹と弟のような…中学生の子どももいるのだろうか…。だとしたら、嫌だな…。
徐に立ち上がった漆黒さんは鷺沼さんの机まで歩き出した。
「…悪いが移動に関してだが、私は赤歳くんのように術は使えない。彼が普段から使ってるものを借りるよ」
「普段から使ってるもの?」
机の上にあるペン立てから、一本の鉛筆を手にし、俺たち4人の方を向く。
「守護者以外は転移用の門で向かう。が、守護者はそれができない」
「えっ、なんでですか」
「神と共にあるからだ」
「転移門は不便なことに1人ずつしか入れない。神と共にある私たちは通れない」
「だから我々は転移門の代わりに、自分で転移の術を覚えるか、転移せずに走るか」
「脳筋か技術かみたいな話ですね」
「そこで出てくるのがこれだ」
鉛筆を手にした漆黒さんは、なんでもない空間に向かって鉛筆を軽くトンと叩くように振る。
「これは術が得意じゃない私のようなものに、彼が残してくれたやつだ」
じわ、じわとそこの空間が歪む。
漆黒さんの座る後ろの方が歪み謎の空間が出来上がっていた。
人1人入れるような歪みに、俺たちは幻治郎さんの異次元具合に眩暈を覚える。
いや、凄すぎるとかいう話じゃない。
前々から思ってたけど!鯨小分けにするとか!紙一枚で飛ばすとか!
「そんなのあったんですね」
鷺沼さんも驚いて漆黒さんを見る。
「ああ、術の使えない私の代わりに置いて行ってくれてる。
願った場所に迎える。緑高にある、花鳥市だ。任せたぞ」
歪んだ空間に手を差し込むと浄化課や呪術課を通った時の感覚とは違う、ぐにゃりと身体の奥を変えられるような気持ち悪い感覚。
「…うわ」
思わず手を引っ込めるとるんに背中を押される。
「早く行くよ!」
「ちょ、ちょっと待…」
吸い込まれた先に見えたのは青々く茂った森が広がる緑の世界だった。
────妖精。
小さな可愛らしい妖精、おじさんのような妖精、人の大きさを持つ羽根の生えた生き物。
もちろんそれらも存在する。
しかしここにいる妖精は美しく、けれどその目は四つに。羽は悪魔のように。
艶美に、そして歪んだ姿をしていた。色はくすみ、その声は鈴のような可愛らしい音から軋んだ音。
緑高にある花鳥市にて、森の中で交戦する音が響く。銃弾の音、蔓が弾くような音。甘い、花の香り。
「まずい避けろ!」
ドッと植物の種が飛んで、開く。蔓が伸び、二人の赤い服を着た──戦闘課の人たちが捕まる。
そのうちの一人、白髪の男が銃で蔓を伸ばす植物を弾き飛ばす。
捕まった青い髪の毛の男が降りる前にその辺にある森に液を蒔いて、植物を枯らした。攻撃を避けながら後ろへと下がる。
「かーっ!やっこさん、なかなか死なないっすねえ!緋色さん」
「大丈夫か、海棠!」
「んまぁなんとか!」
「…マガツヒは俺たちじゃ倒せないから耐久戦だな」
緋色と呼ばれた白髪の男は拳銃を胸のホルダーにしまいながら目の前で笑う妖精に目を向ける。
緋色たちの背後から血まみれで満面の笑みを浮かべながら歩いてくる小さな薄い水色の髪をしたショートカットの子どもがやってきた。
「神は殴ってきましたよー!」
「血まみれで誰かわからんかったわ」
「海棠ひどぉーい!」
「立夏か!妖怪は?」
「イタズラ妖怪がこの妖精の悪戯に乗じて子どもを攫って食べてたみたい!バッチリ殴って呪術課にあげてきた!」
「よーし、呪術課にしっかり絞ってもらおう」
【キャキャキャキャキャキャキャ!】
二重に聞こえる声に加えて、笑うその声は本来の妖精の声とは違い、ただ音を発しているだけの声。
緋色、立夏、海棠が目を向ける。
腰にある探知機から、ビー、ビー、と不穏な音と赤いランプが鳴り続ける。
「ふーむ、これはなんの妖精がマガツヒになったんだろうな」
「脳筋の緋色さんの一発でも消えるどころか、強くなったもんねえ」
立夏の言葉に後ろから赤い髪の毛にポニーテールをした小さな女の子が一人呆れた顔でやってくる。
「本当ですよ全く。」
「小梅ちゃん、転送させた?」
「もちろんよ」
海棠の言葉に頷いた小梅としょんぼりとした顔の緋色。
「立夏、小梅、なんてひどい」
「妖精の声ってもっと鈴の音だもんね」
「二重に聞こえるの本当にヤダァ」
落ちている子どもの靴や、服、持ってきていた水筒であろうものなどがその辺に転がっている。
血溜まりに破れた服の切れ端、血がついたオモチャ。
残酷な現場だと言うのが一発で分かる。
「……胸糞悪ぃな」
海棠が嫌そうな顔をする。
うねうねと目の前の妖精の姿が二重、三重にブレはじめる。
「…あー、こりゃまずい」
音を立てて三体に分かれる。
加えて後ろからずらっと他のマガツヒに感染したのであろう妖精が増えてきた。
今ここにいる戦闘課のメンバーは四人。緋色、立夏、小梅、海棠。
「とりあえず要請入れた!」
「ナイス立夏!」
「海棠、今持ってる枯れ液は?」
「残り一つっすね。この妖精には効かないし」
「ああ〜〜〜〜」
「まあ、守護者がくるだろ」
「新人かな」
「新人でも守護者なら勝てる」
全員が、落ち着いている理由は守護者に対する信頼があるからだ。
とはいえ手元にある枯れ液に意味はない、銃の玉ももう無い。
「ここまでか」
妖精が攻撃を開始するために光の玉を集め出す。
バンっ
飛んでくる光の玉を前に、緋色は最後まで足掻くための打開策を探る。
冷や汗が頬を伝う。
「遅れてすいません!!」
──カンッ
バッと緋色の後ろから、守護者が飛び出して、妖精たちの前に立ちはだかり玉を跳ね返す。
諦めかけていたところにきた守護者は本当に、他の課から見たらヒーローなのだ。
マガツヒという、絶対的に殺せないものを殺せる、唯一の手段。
「ははっ、待ってたわ!」
黒い羽織が風を切って揺れる。続いて三人の少女、そのさらに後ろには白衣の二人。
「医療課まできてくれたのか!助かるぜー!」
「銃の弾、漆黒さんから!これ!」
朝梨の母親、小雪が緋色に手渡す。緋色の手に渡った弾に、にっと笑う。
「ありがとうございます!小雪さん!よっし、お前ら、反撃開始だ!」
「「おう!」」
戦闘課の赤い服が舞うように風で揺れる。
赤は呪いの色。否、戦闘課の赤は────
「俺たちの赤は救いの赤なんだよ、お前らに負けるかっつーの」
戦闘課の揺れる赤に、守護者の黒。医療課の白。
三つの色が交わり、戦場に一つの意思が生まれる。
──その瞬間。
妖精の笑い声が一段と高くなった。
次のページから断片が見られます




