第93神 落ち着いた後は何があってもおかしくない
食堂の中に入ると、ちょうど水色の長い髪の毛の女の子──朝梨がいた。
「朝梨!」
「おや、小雪さん」
白藍さんと俺の声がそれぞれ重なる。
朝梨の横を見ると、以前──雨の守護者が運ばれて行ったとき、竜胆さんを連れてった、女性がいた。
その女性の名前と見た目は確かに、その人そっくりだった。
「…前、雨水の時に、竜胆さんを連れてった人…!」
「あら、蓮くんってもしかしてあなた?いつも朝梨がお世話になっとります〜!」
「え??あ、いえいえ…」
朝梨の横でにっこりと笑うその女性は、確かに朝梨と雰囲気が似てる気がした。
食堂に一同が揃った、というのだろうか。
目の前には小雪さんと朝梨、それから白藍さん。
俺の左右にはるんと桃梛が座っている。
まるで三者面談…というのか、なんだろうこれは。
「いやぁ、蓮くんにお目にかかれるとは思わんかった!かわいい顔しとるねえ」
「それは…喜んでいいものですかね…?」
「男の子にかわいいなんて言ったらいかんかったに、ごめんよ〜!」
「も、もぉ、だめ!お母さん静かにして恥ずかしいから!」
「え、恥ずかしいってなんで!?」
まあ、うん。わかるよ、親が目の前に来られると気まずいよね…。
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください、ほら。それより食堂ですよご飯食べましょう」
『そうですよ小雪、私は今日はお魚の気分なんです。ホッケ焼きとか食べたいですねえ』
ふわ、と食堂の中を当たり前のように浮いて、今日のメニューを確認しているソフィアさんは笑う。
『小雪、これ面白いですよ!ドラゴンの肉ですって!』
「何それ気になる〜」
立ち上がった小雪さんはソフィアさんの方まで向かって2人でメニューを見始める。
「…朝梨のお母さん、政府の人だったんだなぁ」
なぜか張り詰めていた気持ちを吐き出すように言うと、こくりと小さく頷いた。
「お母さん、小児科の先生やってるの」
「え、小児科?政府は大人の方が多いんじゃ無いの?」
「お父さんも政府の人なんだけど、そのお父さんが小さい子どもを拾ってきては育てるから、必然と…」
「何その大家族」
「んんー、なんでだろうねえ。昔から、親のいない子どもを見つけて育ててるんだよねえ」
「すごいね」
桃梛の言葉に朝梨は目を輝かせる。
ああ、本当に彼女は家族が大好きなんだな。かわいいなぁ。
「そうなの!お父さんってかっこよくて強くって!お母さんもかっこよくってね」
るんがうんうん、と相槌を打つ。
朝梨はハッとした顔をした後恥ずかしそうに視線を逸らして身体も縮こまる。
「…でも、お父さん任務ばっかりで全然会えなくて…」
「守護者なの?」
「ううん、お父さんはお掃除屋さんだよ」
一瞬、三人で顔を見合わせた。
「……お掃除屋さん?」
「そう」
純然なるまなこが俺たちを照らす。なんて純粋な目なんだ…でも多分お掃除屋さんに任務なんてないよ朝梨!!
「…そっか」
いろんな言葉を飲み込んで頷くと朝梨の綺麗な目はにっこりと笑った。なので俺も笑い返す。
「俺たちもメニュー見よっか」
ドラゴンの肉でできたハンバーグやら、炎魚の煮物やら…神無に近いようで遠い名前のメニューを見て、果たしてどれが本当に美味しいのか、味の想像すらつかない。そもそも炎魚ってなんだ。
近くにいた小雪さんに質問をする。
「……炎魚についてお聞きしても?」
「燃える魚やね」
なんとも端的に答えられてしまい小雪さんを見るとものすごく真剣な顔でメニューを眺めている。小雪さんの中でかなり迷っているようだ。
「星海の方で生息してるがやけど、水の中で燃えゆうが」
小雪さんが当たり前のように答えてくるので、神居の当たり前ってすごいなと改めて実感する。
「ちなみに炎魚は刺身にするとすっごい油の乗ったプリップリの赤身が食べれるき、お酒とめちゃくちゃ合う!」
どやっ!と満面の笑みで両手を腰に当てて自慢げに話される。
どうやら小雪さんは酒豪らしい。
「じゃあ、このマンドラゴラの回復!みなぎる野菜シチューは?」
「マンドラゴラは聞いたことある?叫ぶ声を聞くと死ぬ野菜。
神居だと無力化されて美味しい野菜になっとるが。切る時も「はぁ〜ん」って言う」
なんで、こう絶妙に気持ち悪いところにマンドラゴラは着地してしまったんだ…可哀想に…。
もっと恐れられてもいいはずの植物のはずなのに…。
「小雪さん、この蜃の夢見るパスタは?」
るんがウキウキで小雪さんに聞くと小雪さんもちゃんと返してくれた。
「蜃、っていう貝は知っちゅうかなぁ…
どっかの国の逸話から神居に流れ着いたがやけど、食べると楼閣──幻の景色を出して夢を見せてくれるき、よく寝たい人にはおすすめやね」
「……ドラゴンの肉は硬いですか?」
「硬いね!何せ筋肉でできとるから!歯応えバッチリ!」
「…あ、!この唐揚げ!鯨の唐揚げにします!!」
「それは無難やねえ」
「いやチャレンジしたくてメニュー見てたわけじゃないですからね!?」
「じゃあ私は炎魚にしよー」
「私、マンドラゴラ食べてみるか…!」
小雪さんとるんが頼みに行く。
二人の勇敢な背中を見送りながら自分の選択に少し悩む。
「…俺も挑戦した方がいいのかな」
挑戦しに行くかっこいい女達を見て俺の情けなさに、桃梛がキリッとした笑みを浮かべる。
「蓮くん…挑戦すればいいってもんじゃないと思うよ。私も鯨の唐揚げにするし」
「…桃梛さん…かっこいい…」
最近俺の中での桃梛がかっこいい女枠になりつつあるのは多分こういうとこ。
机に座り、頼んだものを見る。
小雪さんの持ってきた物を見ると炎魚は、煮物なのに燃えていた。パチパチと燃えて、少し甘い香りがする。
「…煮物だから甘いのか」
「そうだよ〜」
「いただきまーす」
全員の声が重なる。
手を合わせて、箸で唐揚げをつつく。一口食べるとほろりとしたお肉の味。
「…うま」
「蓮くん見て、マンドラゴラすごいよ!」
るんが嬉々として見せにきた可哀想なマンドラゴラは、もうマンドラゴラの原型もなく、ただの野菜の顔をしていた。
「これ、食べると弾ける!ちょっと食べてみて」
「え、えぇ…」
ビクビクしながら、るんの勢いに負けて箸で突いて少しだけ口に含む。
ぱちんと、マンドラゴラが弾けてシチューとは思えない食感がした。
「弾けるシチューってなんだよ!」
思わず突っ込むが、「これおもしろーい」とるんは楽しんで食べている。
こいつの、こういう怖いもの知らずなところ素直にすごいなぁと俺は思う。みなぎるかなぁ…このシチューで。
「いいね、炎魚も食べてみて、ほら、熱くないよ」
すすす、と小雪さんに炎魚を勧められる。
嘘だろ、とその娘である朝梨を見ればすでに犠牲に遭っていた。
「熱くないは嘘!熱いから気をつけて蓮くん!」
水を飲む朝梨に、小雪さんは笑う。
「大丈夫やって〜、ほら!」
とりあえず袖が燃えないように捲る。ぎっちり。
大人の勢いには子ども勝てない。ええいままよ!と燃える煮物に箸を突っ込む。
ああ…箸が燃えていく。
え、これそういう仕様?大丈夫なやつ??
「あの、これ大丈夫なやつですか?焦げたいい香りがし出したんですけど」
「大丈夫大丈夫」
「ほんとに??」
割と雑なんじゃないのかこの人。という説が自分の中で浮上。いや、心が広いのか?。
燃える箸で煮物を食べる。熱い。
でも炎魚がいい感じにほぐれていて、ほろほろしている。
すごい…熱いのに…ああ、さっきより焦げてる匂いもしてきたな
「蓮、蓮!燃えてる!紐!燃えてる!」
「ぅわっ、あっっつ!」
俺の不幸体質を舐めていた。何年付き合ってんだこれと、と思うだろうが想定していないところから不幸が発生するので一生なれない。
今回袖を捲っていたのに……と見ると燃えたのはどうやらパーカーの紐だったらしい。
「…いやー、危なかったぁ」
あの後自分の超能力で軽く冷やし、鯨の唐揚げをいただいた。
ちなみにドラゴンの肉を頼んだ白藍さんに一口どうぞをされたが噛みきれなくて死ぬかと思った。
全員がそれぞれ分けっこをしてみんな各々味を楽しんだ。
「さぁて、腹ごしらえも終えたし帰っちゃうんだっけ?」
白藍さんに言われて、頷く。移動鳥居の前まで着いてきてくれた二人が手を振ってくれる。
「じゃあね朝梨」
「お母さん、また会いにいくきね」
「もちろん!」
じゃあ、と手を振って2人の姿が見えなくなるところまで鳥居の中に潜った。
静かな気配、鳥居の聖域感あふれる空気を前に俺たちは一歩進もうとした。
次の瞬間。
────警戒アラート。
ビービービー!
『戦闘課より緊急要請!緊急要請!』
『ただいま戦闘中、マガツヒと遭遇!』
『守護者で空いてるもの、緑高にて、医療課と共に任務同行を願う!』
『繰り返す──』
何故かまだ後ろにいたソフィアさんが、浮かびながらあらあらと微笑んだ。
『あら、いいじゃないですか。4人で行ってらっしゃいな』
「…え」
ほぼ同時にRIRINが入り、俺たち4人に広大さんから連絡が来た。
【ちょうど政府にまだいるよな?お前達に任務を頼みたい】
『ほら、あの人はそういう人ですよ』
俺たちは顔を見合わせる。
ああ、意図してない形での任務。
今回は一体、何がマガツヒ化したというのだろう。




