第91神 物語は残る
横から、青いスリットの入ったスカートに、クリーム色の髪の毛を長い三つ編みにしたソフィアさんがやってくる。
『では私も参加します』
「…ソフィアさん、あなたは知ってるでしょう」
『良いじゃないですか、今度雛鶴も連れて二人で散歩しにきますよ〜』
「雛ちゃんをダシにここの空気を吸いたいだけでしょう」
『神域のように澄んでいるので、好きなんです』
「…はあ、わかりました。雛ちゃん連れてこなくてもいつでもいらしてください」
『ありがとうございます、白藍』
それじゃあ、行こうか。と白藍さんが歩き出す。
「真ん中の泉はさっき話したように、精霊の泉と呼ばれていてね、緑高にあるものをそのままここにリンクできるようにしてるんだ」
「え!?ど、どういう事です??」
『そのままの意味ですよ。
緑高の泉と繋がってるんです。緑高は妖精の多い区ですからね。泉があってもおかしくありません。』
「そうなんですよ。だから、ここに落としたものはここでも浄化できるし、緑高にある泉でもできる。
ただ、こっちの方が質は保ってるから、大抵のものは浄化できるんだ」
「てことは、できないものもあるんですね」
「うん、S級クラスだった呪物がそうだよ」
呪術課で見た、あの【イル】という概念呪物を思い出す。あれは、確かS級だと言われていた…。
呪術課で起きたあの出来事を思い出して背筋がゾッとしてしまう。
「浄化できないものは、呪物として完全体になってるもの、例えばA級、S級の自我を持ってるものたちだね。
意図的に呪いを人に当てることができる、理そのものを捻じ曲げれる奴らは大抵浄化できない」
「それを、呪術課に持ってくんですね」
「うん、そう」
ああ、産夢の枝や龍の手はそれ以上の存在、だからあんなにも呪術課の人たちは驚きと恐怖に染まっていたのか…。
とはいえ研究家気質な人からしたら眉唾物が本物だったなんて喉から手が出るほど欲しいものだ。鴇羽さんと琥珀さんがあれだけウキウキしていたことに納得してしまう。
「呪術課にも限度があるんだ。特に捻じ曲げようとしてくる奴らとか攻撃してくる奴らはね。そこで出てくるのが戦闘課。」
「戦闘課…」
「武装集団として浄化、解呪される前の強すぎるものをコテンパにする部署…脳筋しかいないよ」
へえ、守護者と似てる役割の部署もあるんだなぁ…。色々政府はあるなぁ本当に。
るんがワクワクとした顔で呟いた。
「いつか会えるかなぁ」
白藍さんは笑みを浮かべ、るんを見る。
「会わない方が良いかもね、あいつらがいるのは大抵現場だから」
「死ぬか生きるかの瀬戸際の時にしか会えない集団なんですね…」
「そういうこと」
青い帽子についている目玉がパチリと瞬きをする。
これも呪物かな…と思いながら見ていると白藍さんが口に笑みを浮かべた。
「浄化課の記録でも見てみる?」
「え、良いんですか?」
「いいよ、守護者の新人くんたちが知っていても悪い情報じゃないからね」
そうして、左手奥の方に歩き始めた白藍さんの後ろを俺たちはついていく。
俺たちの知らない世界が、どんどん広がりを見せていることに、ワクワクと少しの不安がよぎる。
それは、この世界の深部へと向かっているのではないかと、少しだけ感じた思いを胸に改めて足を早めた。
「これが最近の浄化記録かなぁ」
はい。と記録を見せられる。
画面に映し出されている記録にはなかなか興味深いものがあった。
【西城学園 七不思議】
思わず俺と桃梛で声をあげた。
「「七不思議!」」
「おや、ご存知かい?そう、最近浄化されたね」
「…あの、確かパーティしてるんですよね?」
「してるしてる、今は浄化課の奥にある、行き先のない浄化されたものたちの家があるんだ」
考えてみれば、どこでパーティをしてるのか、とか想像もしてなかった。普通に鏡の中にいるんだとばかり。
るんが楽しそうにキラキラした目で白藍さんを見上げる。
「なんですかそれー!!」
「ふふ、覗いてみるかい?こっちにおいで」
右手にあった、白の螺旋階段を登って行く。登り切った先の方にいくつかの部屋があった。そのうちの一つをカードキーを差し込んで開ける。
中を覗くと、その先に、鳥居の形をした扉がひとつ大きな部屋の中にポツンと建っていた。
「この中だよ」
鳥居の柱と柱の間に設置されている扉を手慣れたように開けた白藍さんが中を見せてくれる。
「わぁ…」
桃梛が感嘆の声を上げた。
確かに、これはなかなか壮観だ。
黄色の世界で、何だろう。
屏風をイメージしてくれるとわかるだろうか?そんな感じで、生き物たちがわちゃわちゃとしている。
──見覚えのある生き物たちがいた。
桃梛も気づいたのだろう、小さくあっ。と声を出した。
懐かしい…。
自分たちをあんなにも苦戦させた、生き物達が、並んで何かをしていた。
「鏡だ」
「イネさんもいる」
「七不思議六番目のイネ」
白藍さんの声に屏風?の中のイネさんがコチラを見た。
【あれまぁ、守護者の皆さんお揃いで、何しにきたん?】
声が聞こえてきてびっくりしてしまう。
「今日は見学だよ。君たちのことが心配だったらしい」
代わりに答えてくれた白藍さんの言葉にイネさんとガイコツ先生が笑う。
【そらけったいな奴らやなぁ、安心しい!元気やで〜】
【ここは居心地が良くてねえ。私たちはなかなか楽しんでるよ】
「だ、そうだよ」
白藍さんがコチラを見て微笑む。
……物語が、消えた先はどこに行くんだろう。
俺は七不思議の噂を改竄したという終さんの言葉を聞いた時に少しだけ思ってしまった。
改竄してしまったら、それはあの出来事で得た、感情や記憶は無かったことになるんじゃないのか、と。
今、全てが解決している。
今もなお七不思議たちはここに確かにいて、物語は消えることなく、残り続けるのだと。
俺は胸に手を当てて噛み締めた。
「それじゃあ」
パタンと扉を閉じる。
まるで、小さな御伽噺の本を開いたときのような、気持ちだ。
「七不思議の物語はしっかりこの浄化課に記されてる。いつまでも残り続けるよ。
だから彼らが消えることはない。俺たちが語り継ぐからね。
浄化課は、そういう課でもあるんだよ」
…それは何て、空想上の生き物たちにとって、優しい話なのだろうか。
もしかしたら、消えたいと願う生き物も居るかもしれない。
それでも、彼らがああやって話しているのを見て、俺は人知れず、胸を撫で下ろせたことは確かだった。




