第90神 ようこそ、浄化課へ
目の前にはふよふよと筒に入っているクラゲ。
触手がうねうねと動き、中にある水泡がぽこぽこと出ている。
「クラゲのエレベーター…」
『神居では転移装置が多い中、政府の中にはクラゲがいるんです。これに乗って、3階に上がります』
「乗る!!?」
そのクラゲのエレベーター前に立つ俺たちは、焦る。
「ど、どうやって!?」
「今まで鳥居で移動してたから、これで移動するとは思ってなかったです…」
「うんうん!」
「ほんとにな!」
桃梛の言葉に俺とるんは何度も頷いてしまう。
三人でソフィアさんを見上げればにっこりと笑った。
なんでそんな笑顔なんだ。
筒の扉?が開く。中の水が出てくることはなく、ただクラゲの頭がそこにはあった。
『このクラゲの頭のところに入ると中がわかりますよ』
恐る恐るというよりは、かなり豪快にるんがクラゲを突いた。
ぽこん、と跳ねるクラゲにるんの目がキラキラとし出す。
「ねえ、冷たくて気持ちいいよ!このクラゲ!すごーい!!」
「…怖いもの知らずすぎる、クラゲって毒あるって言うのに」
「エレベーターになってくらいなんだから毒ないでしょ〜」
「…あ、あの子って…」
「もしかして、守護者の…?」
青いワイシャツを着ている男の人や女の人…おそらく、職員さんが俺を見てヒソヒソと話して行く。
なんか、居心地悪くてやだな…。
縮こまるように肩をすくめる俺を見た桃梛の視線が少しだけ周りに鋭く向いた。
「…流石に見過ぎな気がしますね、大人ならもう少し配慮して欲しいです」
「…桃梛、お前優しいな…」
「蓮くんが気にしなさすぎるんだよ、もう」
困ったような顔をされて俺も苦い顔しかできない。浮いているソフィアさんを見上げる。
「…あの、俺を見てみんなヒソヒソしてるのは何ですか…?いじめ…?」
『ああ、それはあなたの前世が関係するからですよ』
さらりと言われ、はあ、なるほど…と納得する。
俺の前世…って、あの黒髪の青い目の男のことか。
俺関係ないのになぁ…。知ったほうがいいとは思うけど俺のこれからの人生に必要ないし…。
「じゃあ俺関係ないですねえ」
「いや、どう考えても大アリでしょ蓮くん…」
「だって俺は俺だし」
クラゲに入ると海の中が見える。
「…魚が泳いでる」
政府の中どうなってんだ。あんなにも建物感があったのに中身は異空間ばかりだ。
「呪術課も異常に広かったけど、海があるなんて…綺麗〜あ、魚だ」
『原理は不明ですよ、いつの間にかここにあっていつの間にか生まれてました。なので政府としても、ここにあってそういう役割があるなら、それでいいか。とのことだそうです』
「…それも火蜂さんですか?」
『いいえ、これは蓮水ですね』
「へえ」
チン。
着く音ともに扉が開く。
ふわふわと浮いていたソフィアさんがそのまままっすぐと進み何もない壁に向かう。
『そしてー、これが浄化課で〜す!』
両手を広げて俺たちを振り返りながら笑ったソフィアさんの後ろには、よく見ると扉の代わりに鳥居が一つ。ポツンと壁にくっつけられているだけのものがあった。
「え??」
『ほら、この鳥居の中に手を突っ込んでください』
「手を突っ込んでください!?」
『ほらほら、いいからいいから』
見た目の可愛らしさとは裏腹な力の強さで桃梛が腕を掴まれる。
「思いの外痛いし、強くないですか!?…って、わ、ちょ、れ、れんくーーん!!」
掴んだ腕から背中へと両手で押し始めるソフィアさん。
「も、桃梛ー!吸い込まれてるー!」
七不思議の鏡のように、鳥居に吸い込まれる桃梛とその背中を押すソフィアさんの図はなかなか不思議で壁にめり込んでいく同級生というカオスが広がっていた。
「るん、はもういない!あいつ度胸ありすぎだろ!」
息を吸って、吐く。
俺はこれからも選択し続けるって決めたんだから!こういう小さなところから始めなくてどうする!
怖いけど!浄化課っていうくらいだし多分大丈夫だろ!多分!
「よし!ええいままよ!」
よいせ!ちょっと息を止めて一歩踏み出すと、空気が一気に変わった。吸い込まれる身体は呪術課の時は重たい感覚があったが、浄化課に入る時は不思議と身体が軽い気がした。
リン、
リン、
リン。
鈴が3回鳴る。
神聖な空気が流れている。
目を開けた先には呪術課とは真反対の空気。
「…うわぁ、白いな」
向こうが淀んでいたわけではないが、こちらは本当に中が白い。職員の皆様の服も白い。
なにより、鳥居を見ると、壁にかけられただけの神楽鈴がそこにはあった。
「…おわ…綺麗…」
真ん中には横幅が教室ひとつ分くらいある長さの泉が一つ、上から降り注ぐ太陽の光に当たって、キラキラとした塊がその周りで輝いている。
…なんだか見た覚えがある、あのキラキラの塊。
どこだったか覚えてないけど…。
その上にはがんじがらめになって、シャンデリアのような形でぶら下がる札。
「…るん達はどこに…」
見渡すと、桃梛とるんはソフィアさんに連れられて先に泉の方に居た。
「桃梛、るん!」
二人の目の前には青い帽子に、目玉がついたものを被っている男性──本人の目はなぜか布で隠されている、人がいた。
「あ、蓮くん!浄化の泉にこれ放り込むんだってー!」
桃梛がかかげるボロついたクマのぬいぐるみ。
「それを投げることで、浄化されるので入れちゃっていいよ」
「あ、蓮です…」
「どうも、こんにちは。今日は大変だったみたいだね」
声だけはとても穏やかな男性の帽子はパチパチと目を開けたり閉じたりしているので生きているのがわかる。
「…生き物?」
「これ?生きてるよ、喋らないけどね」
俺と帽子の人が話している横で、言われるがまま桃梛は泉に放り投げた。
ぽちゃん
キラキラと輝く水面に群がる妖精たち。
正しく神秘のような泉の中が強い光を伴って小さな円を描いた魔法陣が浮かび上がった。
────ところで、皆様は金の斧と銀の斧の御伽噺を知っているだろうか。
斧を落とした人が泉の精霊にどちらを落としたか聞かれ、正直ものな人は自分はこの斧を落としてないと言ったことで全てをもらったと、要はそういう話なわけで……。
何故それを思い出したかと言うと、泉からそんな感じの精霊が出てきた。
【本日浄化されたものです】
思ってたより業務的だな!?
驚く俺の左横にいたるんがツッコミを入れていた。
「あ、そんな業務的なんですね!?」
あのるんがツッコミを入れたくなるくらいなかなかな光景なのだ。
いやまぁ、俺も内心思ったけどね。
出て来たぬいぐるみを受け取り、しげしげと眺める。
帽子の人が笑う。と言っても、目は何かの布で覆われているので口元だけだけど。
「改めて、浄化課にようこそ。俺の名前は白藍。
琥珀からは聞いてたから、君たちが来ることは知ってたよ」
青い帽子の目玉がパチリと瞬く。
「ここは浄化の泉。
正しくは精霊の泉でね、この中に入れたものは全て浄化されるんだ」
「全て、ってどういうことですか?」
桃梛が首を傾げ、白藍さんは腕を組んだ。よく見ると和服のような、あれだ…前に蜜柑が言ってた…。
「狩衣!」
「え、急にどうしたの蓮くん」
「ああ、いやごめん…」
そうそう、そういう服…。上が白く中の服が青い、ズボンだけは普通の黒ズボン。裾に赤い紐がついている。その裾が軽く揺れた。
「大丈夫かい?蓮くん」
「大丈夫です、えと、その全部浄化されるんですっけ…」
「いや、正しくは一度呪われたものの穢れを落としてくれるだけだよ。もちろん、人間も神も呪われたら、この中で浄化される」
「へえ…すげえ〜」
眺めたぬいぐるみは確かに禍々しい空気が消え去り、ただのぬいぐるみになっている。ひとまず懐へと入れることにした。
リンッ
鈴の音が聞こえて振り向くと小さな妖精が何体もいた。
「うひゃっ」
「妖精の声は鈴の声なんだ」
リン、リンッ!
輝いた塊に見えていたのは妖精だったらしい。文化祭の赤雷ゾーンで見たことがあったわけだ。
「文化祭の時に見たわ、俺…妖精」
「ああ、赤雷のゾーンに居たねえ」
リンッ。
音に対して声が聞こえているのか、白藍さんが耳を傾ける。
「なんだい?ああ、うん。……それはあっち、その書類は受付に。これは向こうだね」
リンッ
もう一度返事のように答えた音が鳴り、光の塊となった妖精たちが去っていく。
「ついでに浄化課を案内してあげてって鴇羽さんから言付けをいただいてる。どう?聞きたい?」
「!聞かせてください!」
俺は思わず返事をすると白藍さんは頷く。桃梛とるんもキラキラした目をしている。
少しでも、これからの未来のために知識は必要だ。
特に、守護者でいる限りは神居政府とは、きっと長い付き合いになる。




