第85神 政府へ行こう
左右にある白い壁に嵌められたたくさんの本棚、一番端までまっすぐに引かれている赤のカーペット。そのカーペットの先には鷺沼広大さん──守護者の管理人が座る執務用の机。
そこに行く着くまでにソファと机が談話室のように並べられている。
鷺沼さんが座る、席の後ろにはベランダに続く大きな窓が二つ。今日は雨だからか閉じられている。
「──てことで、これ。呪いですよね」
桃梛が机の上にクマのぬいぐるみを置く。首につけられている赤い宝石が怪しく光る。
鷺沼さんは人形を見た後、どこでこんなもんを?という疑問に満ちた目で俺たちを見てきた。
俺、るん、朝梨を連れた桃梛が放課後、早速守護課の執務室に訪れ、呪いの人形を鷺沼さんに見せる。
「おお、よく拾ったなこんなもん」
「私の彼氏、何故か拾い物をするだけに留まらなくて…神無には幽霊がいるので、幽霊も拾ってくるんです…。なんというか取り憑かれやすいタイプ…といいますか」
「祓い甲斐がありそうな奴だなぁ」
しみじみと人形を見た後、鷺沼さんは、俺たち四人に目を向ける。
なんだ?どうしたんだ?と首を傾げていると「ソフィア」と鷺沼さんが言った瞬間。
鷺沼さんが座る、右側から、長い三つ編みをした、クリーム色の髪をした女性が出てくる。
全体的に青く、スカート部分にスリットが入った服装の女性が鷺沼さんの周りをふわりと飛ぶ。
……あ、影森に刺された時にいた人…いや、神様か…。
まさかこんな形でもう一度会うとは…!
『なんです?広大』
「こいつらに呪術課まで案内してやってくれないか』
「えっ!?」
『構いませんよ、それでは行きましょうか』
するり、鷺沼さんの横を通り過ぎて俺たちのところから、扉のところまで向かう。
俺たちも慌ててソフィアさんが移動するのを見て、鷺沼さんに聞く。
「待って待って、え、鷺沼さんは?というか俺たちがいくんですか!?」
「俺はまだ書類があるし、この後漆黒さんがくるんだよ」
「…漆黒さん?」
『広大を指導してるのって実は漆黒なんです』
目を細めてソフィアさんは笑う。鷺沼さん以外の全員が驚きでまあまあの声が出た。
「「えっ、幻治郎さんじゃないんですか!?」」
俺と朝梨の声は重なったし、桃梛とるんは固まっていた。
『幻治郎は基本放置ですよー。書類の処理とか、広大の息抜きとかはやってますが、広大の指導は漆黒が担ってるんです』
「あ、へえ…そうだったんですね」
鷺沼さんでも指導されるんだ…と少しの親近感を覚える。
「だから俺は行けない」
「ん?でも神様連れてったら鷺沼さん守護神いなくなりませんか?」
朝梨の言葉に、鷺沼さんは手元の資料を手にしたまま俺たちを見る。
「いるよ」
フッと微笑んだ鷺沼さんがいるあたりから低くもなく、高くもない声。
『居ますねえ』
ソフィアさんが出てきた方向とは反対側からぬるりと出てきたのは白髪の髪の長い、男性。
「…えっ、二柱…!?」
『まあ、蓮くん、あなたと同じってことですよ』
名前を呼ばれて、少しびっくりする。
すると、鈴の中にいた風伯と火雷が出てくる。
『シヴァー、久しぶりだな』
『おやまぁ!風伯!小さくなってー!』
『うるさいな、小さくていいだろ』
『まだまだ制約が続いてるんですねえ!可哀想に!』
ツンツンと楽しげに風伯の頬を突くシヴァーさんと嫌そうな顔をする風伯。
「…神様二柱すごぉ…」
驚く朝梨と桃梛の隣で、るんが気まずそうにゆっくり手をあげる。
「…実はぁ、私もなんです…」
「「えっ!?」」
朝梨と桃梛の振り向きにるんは、えへ。と笑う。
桃梛は、るんの方を勢いよく向いたかと思えばるんの肩を掴んで、怒るように叫ぶ。
「私と任務の時はいっつも、慧様だけじゃん!」
「彗っていう川の神様もいるんだけど、あいつ今アイドルやってて…」
「…………アイドル?」
神様が、アイドル?思わず固まる。
鷺沼さんも驚いているので全員知らなかったやつだこれ。
よく見たら神様たちもびっくりしてる。
鷺沼さんは衝撃からようやく抜けれたのか、ため息を一つ。
「…まぁ、とにかく早く行ってこい、それずっと持っていたくはないだろ」
「あ!はーい」
『蓮〜、私たちはここに居るね〜』
『政府で危険なことはないだろうしな』
『あ、るん〜私もここに居るわね〜』
神様達は各々残るらしい。
執務室の赤いカーペットの上を歩き、真っ直ぐと扉に向かう。
ドアノブに手をかけた瞬間、何か硬い壁のようなものにぶつかる。柔らかさからして人だと気づいて、慌てて頭を下げた。
「うわっすいません」
「構わない、怪我はないかね」
「はい、大丈夫…です」
190はあるであろう大男が俺を見下ろす。鼻筋の通った、黒髪に黄色の目を持つ男。低い声は少し聞き取りにくい。
「…新しい守護者か」
「あ、はい!」
「…青い黒髪、青い目…そうか、君が神無蓮か」
「え、俺そんな有名なんですか?」
小さな沈黙後、男は言葉を返す。
「ああ、有名だとも。私たちの間ではね」
「私たち…?」
一瞬の静寂。疑問が脳に到達するまでに、鷺沼さんが男に声をかける。
「漆黒さん、どうぞこちらに」
「すまないね広大」
「いえいえ」
するりと抜けて入っていく、漆黒さんと呼ばれた男の視線が一瞬こちらを通り過ぎる。
ただそれだけなのに、背筋が妙に伸びた。
漆黒さんとはあの後そこまで会話をすることもなく、漆黒さんに執務室の扉を閉められて俺たちは外に出た。
「…怖っ、なんですかあの人…彼が噂の漆黒さん…?」
「鷺沼さんの指導役という…」
『漆黒ですか?幻治郎と同じ時期くらいに入った子で昔からあんな感じですよ』
「…昔からあんな威圧感あるんですか!?」
『ええ、あの子は…』
静かに何かを思い出すように、ソフィアさんは微笑む。
『あの子は、広大を大切にしてくれてるんですよ』
守護神として…というにしては、どこか可愛い弟を見るような、家族を大切にしてくれていることが嬉しいと語る、人のような。
そんな笑顔を向けて笑う神様は、まるで普通の人のようだった。
呪物のぬいぐるみを手に持っていることを一瞬忘れそうになるほどに、平和な、空気だったと今なら思う。




