第84神 幕は上がった
物語に抗うか、従うか。
誰もが、自分の中に“めでたし”を持っている。
それを守るのか、捨てるのか。
それとも、変えるのか。
それぞれが過去と向き合い、今を選ぶ。
──選ぶとは、意思だ。
たとえ、それがどれほど残酷でも。
謎が消え、謎は増える。
これは、守護者たちが──
そして“神無蓮”が、自分の過去と向き合う物語。
第二章──選択と記録の話。
はじまりはじまり。
──春夏秋冬祭りが終わって六月の中旬。
思っていたより雨がすごい。
胸の痛みがジクジクと残っている。胸を軽くさすりながら雨の降る外を眺めながら、春夏秋冬祭りが終わった夜にあった襲撃後を思い出す。
────あのあと、俺の胸はマリアンヌ先生の治癒のおかげで何とか乗り切ることができた。
立って歩ける程度には胸の傷が治まり、政府でも竜胆さんに叱られながら様子を見てもらった。
とりあえずは、血が足りてないからと薬を持たされて病室のベッドに座っていた。
……影森は俺に向かって、ハチスと言っていた。
間違いにしてはひどすぎるし、間違いでなかったにしては……ひどい殺意に満ちていた。
何か、因縁が俺たちにはあるのだろうか。
ふと、自分のポケットに入れてある、鈴を触る。
俺が大量の血を流して胸を刺されたから、同じように痛みの共有をしている神様たち──風伯と火雷は戻ってくるのに少し時間がかかるからか、静かに鈴の中にこもってしまった。
「…風伯、火雷…ごめん、俺が弱いせいで」
鈴を握りしめる。ちり、と小さく鳴った鈴の音は、まるでお前は悪くないよ。そう言っているようで、でもいつもの声は、何も聞こえなかった。
鷺沼さんが病室に入ってくる。
「…生きててよかった、大丈夫か?」
「大丈夫です。ありがとうございます…」
笑いながら、鷺沼さんを見ると鷺沼さんも安心したように顔を綻ばせたあと、悩むそぶりを見せる。
「…それにしても、あいつは一体誰だったんだ?」
「え?」
「あー、悪い暗闇だったから顔までは俺は見れなかったんだ…」
ただ俺が刺されているのは見えたのだと鷺沼さんに言われる。
確かに、あの時のあいつは黒いパーカーを着ていた。
「誰かはわからないが、危なかったな、本当に無事でよかった」
鷺沼さんがフッと微笑む。
胸を貫かれた痛みとは別に、なにか……。
──自分ではない、誰かが謝りたくなる、ような。そんな忘れている痛みを感じた。
懐かしさに耽って、雨の落ちる音、独特なあの匂いを感じる。
それだけで雨水を思い出す。
影森の襲撃に対処できなかった自分の不甲斐なさも同時に思い出してしまい、苦い顔をしてしまう。
「…雨あんま好きじゃないんだよなぁ、俺」
聞こえない程度に呟いたはずなのに、黒い髪に紫の目を持つ、蜜柑が首を傾げた。
俺の席には最近、朝梨、桃梛、るんの守護者組が集まるようになった。その流れで蜜柑、一馬までが来てワイワイとしてる。
「なんで?」
蜜柑の質問に雨水で救えなかったから、とか、救えなかった不甲斐なさから襲撃のことを思い出した、とか。そしたら連鎖的に火雷たちが戻ってこない寂しさとかも思い出したんです……とは言えないので。
いつも通り、実際に雨のおかげで酷い目にあっている自分の日常を伝える。
「雨だと車に水飛ばされて全身濡れるから」と返せば全員が、ああ…と遠い目をした。
「そっか、蓮くんの普通はそうだもんね…」
足元まである水色の髪、水色の目で朝梨は苦笑いを浮かべた。
「お前の不幸体質の凄さって、全然関係ない漫画にも及ぼすもんな」
「ありがとうね、どのキャラが死ぬか毎回教えてくれて」
黒髪に紫の目を持つ一馬と腰まである、黒髪を揺らして笑うるんにそう言われて俺は顔を伏せてしまう。
やめろよ、俺だってさぁ好きなキャラだったんだ!本当にそれだけなのに!
「違うじゃん!俺が好きになったキャラが毎回死ぬんじゃん!」
「ギャグでも、ほっこり系四コマ漫画でも死ぬもんねえ」
「死神の名は伊達じゃないな」
「不名誉だ!俺の求めてないところで謎のあだ名つけられてる!」
うわああんと叫ぶ俺にるんの慰めの肩ポンが余計に虚しさを増した。
影森の襲撃も不幸によるものなのか!?だとしたら最近俺の命狙いすぎじゃないか俺の不幸!!
ガラッと開けた扉と共に黒髪に赤い目の男、龍牙が入ってくる。
「なーなー!これ見てー!拾ったー」
…余談だが、この黎泉龍牙という男、実は数々の拾い物をしてくる男なのだ。
人形、キーホルダー、ひいては迷い猫、迷い犬に留まらず、鳥など、本当にあらゆるものを拾ってくる。
何も見えてなかった頃の俺は、へえ。で終わっていた。
その代わり、るんや桃梛が何故か大慌てで、返してきなさい!って言っていたのを知っている。
さて、話を戻そう。
なんでこんな話をしたかというと龍牙の持つ人形はどっからどう見ても呪物だったからだ。
「わー!龍牙!返してきなさい!」
まさか俺がこのセリフを言う日が来るとは思わなかった。
「いや、流石に最近桃梛に怒られすぎたからちゃんと元の場所に戻してきたんだよ、途中で。
でもさぁ、なんかついてくるからぼろぼろで可哀想だし…綺麗に縫えねえかな」
「縫ってどうする気なんだお前!」
「売る」
「売るの!?」
「俺の家よりももっと大切にしてくれる人形があるはずだからな!」
ふふん、と少し自慢げに返されて、いや、そういうことじゃなくてぇ!!と叫ぶ羽目になった。
桃梛が龍牙の肩を掴む。
「龍牙、それ私にちょうだい」
「いいよ、はい」
売るとか言ってたのに彼女に言われたらあっさりと手を離せる男。
手の中にある人形も多分唖然としてる。
「ありがとう龍牙」
桃梛が満面の笑みを浮かべた。
それに対して鼻の下をこすりながら自慢げに目を伏せる。
「へへ、いいことしたなぁ」
してないからな、余計なことしてんだぞお前。と内心思っていると朝梨とるんが俺の近くに集まりヒソヒソと話す。
「あれ、呪術課に持ってくんだろうねえ」
「さすがは桃梛ちゃん、判断が早いよね」
「だなぁ」
桃梛がこちらを見る。それは、呪術課に今日行くからみんなも着いてくるよね?の目。
最近桃梛も守護者仲間が同級生にいることが嬉しいらしい。俺も嬉しいのは同じなのでもちろん、という意味も込めて頷くと桃梛が嬉しそうに笑った。
うお…黒髪美人の笑顔えぐ……。
後ろにいる桃梛の守護神────美夜さんが『みなさん、今日一緒に呪術課行きませんか?私もソフィアに会いたいですし』と楽しそうに言われる。
神様が伝言してくるとは…。
すると、俺の脳内からみんなに向かって、火雷と風伯の声。
『いいねえ、私も行きたーい』
『ソフィアか、懐かしいな』
あれから四日ほど経ってようやく二人が戻ってきた。
火雷から、『制限もかかっているから、復活に時間がかかるの』と教えられた。
初めて会った時に"6000年以上も前から統治神に制限をかけられている"と教えてくれたのを思い出した。だから、小さい身体なんだって、ことにも。当たり前すぎて忘れていたが、彼らにとってその制限はかなり負荷がかかっているのだ。
『玉もいく?』
「…あ、玉さんは今いないの、仕事中〜」
『ああ、警察か。それならちょうど良いな』
『向こうで会えたらラッキーだねえ』
2人の声にやはり安心してしまう。俺の不甲斐なさで2人が傷つくのが本当に、嫌だから。
『シヴァーも居るみたいですよ』
『へえ』
神様同士の話を聞きながら、目の前で桃梛にデレデレとしている龍牙に、二度と拾い物すんなと釘を刺すのだった。
『世界が広がるね、蓮。初めて政府の中を探索できるかも!ふふ』
火雷が楽しそうに話しかけてくる声を聞きながら、笑う。
確かに…、何気に政府の中ってウロウロしたことないなぁ。
呪術課って単語も初めて聞いたし…守護課と葬儀屋と医療課以外を知らない俺にとって未知の世界だ。
「楽しいなぁ」
『ふふ、そうだねえ』
…前世のことは、何もわからない。
影森が、俺をハチスだと言った理由を、考えたくもない。
呪術課ですら知らない俺はまだまだ何も知らないんだなぁと、思う。
「俺何も知らないな」
そう言って俺は、外の雨を眺めた。
明日は呪術課に蓮くんも連れてくからね、と謎の宣言を桃梛たちからされたので明日の予定が埋まってしまったことに、少しの嬉しさを感じたのだった。
雨はまだ、降り続けている。
おひさしぶりです、皆様。
第二幕開始でございます。
22時更新、区切りごとに短編2〜3本投稿は継続していくのでよろしくお願いします。
前よりも群像劇感が強くなると思います。
各々の選択をぜひ見届けてあげてください
さあ、世界の裏側覗いてみましょうよ




