第83神 もう戻れない。
夜の21時、月の明かりが雲の間から少しずつ見えてきた。
帰ろうと思っていても一度座るとなかなか立ち上がるのがしんどい。
まぁ、風伯と火雷から鷺沼さんに用があるから、少しベンチで待っててと言われて今俺はベンチに座っている。
舞の衣装から着替えて、荷物を横に置いた。
色さん達は幻治郎さんに連れられて帰ってしまった。
満月が地面を照らし始めた頃足音が一つ。
「やあ、神無」
風が吹く夜の中、黒いフードを被った男が一人。
振り向くと影森がそこにはいた。
「影森!」
俺の言葉に何かを返すわけでもなく、そのまま近寄ってくる。
「…俺もさ守護者になったんだ」
「え!!!」
俺の横に同じように座り、話し込むように笑う。
「昔から頭痛がひどくて、よく苦しんでたんだけど、最近良くなってさ」
影森はフードを被ったままこちらを見て笑う。本当に疲れているようで、舞が終わったあとなのもあってか、深く息を吐いた。
「ちょっと任務も続いて、疲れててさ」
「あー、わかる。任務続くと疲れるよなぁ」
守護者仲間に、同年代でしかも同性のやつが居なかったのでちょっと嬉しくなる。
「同年代は初めてだ!嬉しい!」
「わかる、俺も鷺沼さんから神無が守護者だって知ってさ実は今日ずっと探してたんだよ」
「えー!そうだったのー!?クラス違うもんなぁ…」
「な、Sクラスの神無と、俺はAクラスだから」
「隣なのに気づかなかった」
「しゃーなし、最後に話したのも喫茶に帰ってくるように呼んだ時だし」
「確かに」
左に座る影森を見ていて、シオンさんと夢の中で会った時に、保健室まで連れてってくれたのが影森だったことを思い出す。
「てか最初に話した時も俺が頭痛かった時だもんな、あの時はありがとう」
「いいって、目の前でしんどそうなやつが居たら助かるだろ」
いい奴だなぁ…!
感動しつつ、弾んだ会話が楽しくて影森に笑いかければ、影森も笑みを返してくれた。
「そういえば、影森はなんで守護者に?」
「……探してるやつがいたんだ」
「そうなんだ、どんなやつ?」
「かわいい女の子、俺の奥さん」
「前世だと?」
「そう。後もう一人いて」
「へえ、誰?」
「…この世で一番嫌いな男」
「探す必要あんの?それ…」
不思議なやつだなぁ、そう思いながら話を聞く。
…そうかぁ、前世の奥さん探してるやつもいんのか、そりゃいるよなぁ…。
うんうんと頷く。影森はそんな俺に困ったように笑った。
「まあね。そのために俺は生まれ変わったから」
「え、じゃあすげえ因縁じゃん」
「そうなるよね」
「居たの?」
「うん、居たよ」
突然自分の身体が揺れる。
何かの鈍い音が身体の内側から聞こえてきた。
…なんだ?何が起こったんだ…?
影森を見るとフードを被ったまま、笑みを浮かべている。
鈍い音が聞こえたところを、見る。
「は、、?」
予備動作もなく、影森が自身の左手で左胸に一突き、刺したまま俺を見ている。
身体からだんだんと血が抜けているような感覚を覚えて、もう一度ゆっくりと刺された箇所を見た。
赤く染まっていくワイシャツに、どういうことなのかわからず、自分の刺された胸を一瞬眺めて、ようやく置かれた状況に脳が追いつく。
冷や汗が止まらない、手足から少しずつ血の気が引くような感覚。
わからない、手で刺されたことも意味わからんし、俺が刺されたこともわからない、なんで刺すんだ。
気だるい声で、淡々とした態度を見せた影森は血が噴き出るのも気にせず、突き刺した手を抜く。
はぁ〜〜、と深いため息をつき、髪の毛を邪魔だというようにかきあげる。フードの奥から見える、憎悪の目。
「…………どうしてあの時…」
一度止めた言葉を、ゆっくりと思い出すように口に出す。
「お前を保健室に連れていった、あの時に…自己紹介らしいことしてなかったかなぁ」
両手で胸を押さえながら体を畳むように前に屈めば、影森は立ち上がって俺の前にしゃがみ込んだ。
「おかげで、気づかなかったじゃん」
……なに、なんだ、なんで。
「…は、はっ、は……ッ…」
影森は俺を睨んで、皮肉げに笑った。
「お前の生存本能がそうさせたのかな」
「まぁ、どうでもいいんだけどね」
影森は笑みを浮かべて、ついた血を払うように手を振った。
血が止まらない、胸が痛い。視界が滲む。
「改めて、英雄になったんだってね?」
まずい、死ぬ。
「また会えて嬉しかったよ、ハチス」
「…はち、す?なに、どういう……こと、な、んで…お前こんな、こと…」
「なんで?決まってんじゃん」
「お前が嫌いだからだよ」
動けない、何とか胸を抑えるが、だから何が変わったというのか。
目の前の男から逃げる手段もなければ、その気すら起きない。
意識も朦朧としているのにやけに耳から聞こえる情報だけは拾えてしまう。
「…だか……ら、…俺はお前に、……殺される……ってか…は、」
「そうだとしたら?どうする気?死にかけのくせに」
俺は、まだ死ねない。
火雷と風伯も守りたいし、仲間…朝梨や桃梛たちも守りたい。何より、家族を守った父のように誰かを、この小さな平和を、守りたい。
抑える指の間から流れる生温い血に、ああ、穴が空いてんだなぁと客観的に考えてしまう。
折り畳んだ体を少しずつ、あげて前を見据えれば、影森の嫌そうな顔が目に入る。
はは、なんだ…そんな顔してたんだ。
「…生憎だけど、俺は、これから先も死ぬつもりはないし、仲間を置いて死ぬ予定も無い」
「……ほんっと気持ち悪いな」
「その英雄精神が何より嫌いなんだよ!!」
声を荒げる影森の上に、大きな人差し指が見える。
──なんだ、あれ。
人差し指が、影森を抑えるようにのしかかり、影森が地面に薙ぎ倒される。
「ぐぅっ!…チッ鷺沼の守護神か…っ!!」
大きな人差し指の影に潰されながら呻いた影森をそのままに校舎の方から、足音共に鷺沼さんと青い顔をした風伯と火雷が近寄ってくる。
「蓮!大丈夫か!」
「さぎ、ぬまさん」
『れ、ん』
ああ、連動代償で気付いたのか。俺が刺されたこと。
だんだんと、ようやく意識が鈍っていく。視界もさっきよりもぼやけて、3人の姿に安心したからか、体の力が抜ける。
人差し指の影に潰されていた影森は叫ぶ。
「チッ、これだから…!テス!」
黒い影が小さな鏡を持って、何かを唱えた。
すると上に乗っていた、人差し指が消える。
「なっ」
鷺沼さんが驚くが、すぐに次の手段を取る。
「ソフィア!拘束しろ!」
『了解しました!』
ソフィアさん──と呼ばれたクリーム色の髪をした女性が、光の玉を作り、影森に当てる。
あっさりと避けた影森は自身の守護神に命令する。
「テス、消えるぞ!」
黒い霧が当たりを充満させ、するりと霧に溶け込んで消えていった。
その場には鷺沼さんと、ソフィアさんだけが残る。
風伯と火雷は俺の薄れる意識と同時に消えた。
連動代償で起こった神様は、ああやって、風のように静かに消えるのか…と知識を得る。
胸から落ちる血が腹に、ベンチに溜まっていく。
…….血がだくだくと出て、止まらない。
ああ、まずい。今度こそ、意識が……。
「……ぁ…ッ……」
「…蓮!とにかく手当!」
今日の怒涛の出来事を頭の片隅で考えながら眠りに落ちたのだった。
この時の俺は何も知らなかった、この後どんな未来が俺を待ち受けているかなんて。
無知は時に残酷だ。
世界を揺るがす種はもう植えられている。
この世界の謎が少しずつ明かされていく。
守護者とは、なんなのか。
守るとは、どういうことなのか。
自分とは、誰なのか。
──守るとは、何かを捨てること。
守護者を知る物語は幕を閉じた。
だが、浮かぶ疑問もあるだろう。
これから先は未知の話。
第一幕──守護者の物語。 完。
──第一幕テーマ『守護者のはじまり』完結です。
ここにきてこの文章、困惑や怒りすら湧くかと思います。作者も読み直して「は?」って口に出ました。
その上で、ここまで見届けてくださりありがとうございます。
そしてこの作品を見つけてくださり、本当にありがとうございました。
袖触り合うのも多少の縁と言いますが、こうして見つけてくださったのも一つの縁だと思います。
また、ネタバレになるかもしれないと感想を控えてくださっていた方もいらっしゃったかと思います。
本当にありがとうございました。
第一幕では蓮が中心でしたが、第二幕からは蓮から見た世界が広がります。
あの子達の願いや考えが見えてきます。
どうか、彼らの選択を見届けてあげてください。
挿絵の存在を知らず、やったことなかったので描きました。
高校生守護者たち、第一幕の記念イラストです。
大変長くなりました。
それでは皆々様。
次の記録でまたお会いしましょう。
めでたし、めでたし。




