第82神 世界の裏側
「──アルバート」
横に降り立つ人間に対して驚きもせず、アルバートはジュースを飲む。
「情報ありがとうな」
「いつぞやの約束を返しただけだよ」
「どうだった?舞は」
「神事にしてはなかなか、壮観だったね」
「昔からある伝統だからな」
ずこ、と吸っていたストローで最後を吸い終え、横を見る。
思い描いていた通りの人間がそこに「よっこいせ」なんて言いながら座っている。
「君ね、言いたいことがあるなら良いなよ。そんな雑談しに来たんじゃないんだろう?」
「じゃあ単刀直入に言うぞ、龍の手を使った悪魔は消えた」
「へえ?俺が始末をつけようと思ってたのに消えたんだ。
で、なんで君はそれを知ってるんだい?」
「俺は遠くのものが見れるんだよ。せっかくだし息子たちの姿を見たいじゃんか」
親指と人差し指で丸を作って覗くように見る幻治郎。
その言葉にアルバートはじとりとした目を向ける。
つまり、こいつは一部始終を全て見ていたと言うことだ。
「バケモノなのかい?いつから見てたんだいったい」
「人間だけど。いつから…そうだね……悪魔との混戦が始まったあたりかな」
「そこまで行くと神の領域じゃないか」
呆れた声のアルバートに幻治郎はただ前を向いたままアルバートに対し、確信を持ったように聞く。
「お前のところの悪魔じゃないね、あれは」
アルバートもまた、聞かれることがわかっていたようですぐに答えた。
「違うよ。あれはおそらく、23年前にもあったやつだ」
「そう」
ぬるい風が吹く。舞が終わってもなお、神様や妖怪たちがどんちゃん騒ぐ声が聞こえてくる。
幻治郎とアルバートの周りだけはやけに静かだった。
「別の世界から来た悪魔たちか」
「うちの悪魔は今てんやわんやしてるから、間違いないね」
アルバートはそう返した後幻治郎を見下ろす。
「……というか、息子達が死にかけてたってのに手伝いもしないんだね」
「しないよ、あれはあいつらが乗り越えるべきものだからな」
「…君、何になるつもりなんだい?」
「何者にも。人間であり続けるよ」
「はぁー、それが出来るのがおかしいってそろそろ自覚したら?幻治郎」
アルバートの瞳孔が縦に伸びる。
観察している目だ。
その視線を受け止めつつ幻治郎は困ったように眉を下げる。
答えるつもりはない、ということだった。
アルバートは顔を逸らす。すると、幻治郎が呟く。
「龍の手に、ハチスが願ったよ」
「へぇ、なんて?この悪魔たちを止めてくれ。とか?」
「近いな、正解は悪魔が願う前に戻してくれ、だ」
「おぉ!そりゃぁ、大きく出たねえ」
「そこまでの大きさなら代償が必要だったろう?まさか、また何かやったのかい彼は」
「蓮が思い出したハチスの記憶全てを代償にしたよ」
「…ああ、そうなんだ!そりゃ面白いね」
アルバートは笑う。
ケラケラと笑って、幻治郎を見た。
「世界の改変前に戻す代償に、ハチスという存在の記憶が、代償として成立するのがおかしいね」
ハハッと幻治郎が乾いた声を上げる。
それは、この世界の行末が見えているからなのか、アルバートや他の神とも違う、別の世界が幻治郎には見えてるんじゃないか、とアルバートは思う時がある。
「この根の国の構造だけとは言い切れなくなってきたのかもな」
「はぁーあ、それで?政府にもう、一閃入れたのかい?」
「…いや、まだだよ。だから頼んだぞアル」
「げぇ、君とコンビ組んでるみたいで嫌なんだぞ……君の相棒は何してるんだい」
「夢ちゃん?今や夢渡の神主やってるよ。珊瑚が今日はこっちにいるし、仕方ないね」
「あと、俺があんまり巻き込みたくないんだ」
「…大切だから?」
「相棒としても、友人としてもね。家族のことも大切だよ、でも色と色華は成長途中。もう少し成長してもらいたい」
「蓮も?」
「当然だろ、いつかの時のためにね」
「はてさて君はどこまで知ってるのやら」
立ち上がりながらばさっと羽を伸ばす。
席に座ると窮屈なのだ。
「んんー、まぁいいよ。どうやら観客席にいたら巻き込まれるみたいだからね」
「…そろそろ舞台に上がる気でも起きたのか?」
「そう仕向けるようにした張本人が何ほざいてんだか」
「君の思惑通り舞台に上がってあげるよ、正式に手を組もうじゃないか、幻治郎」
スッと手のひらが幻治郎に向けられる。
その手を少し眺めて幻治郎はアルバートを見る。
「悪魔との契約はしないたちなんだ、口約束で留めておこうか」
「ちぇ、よくわかったね」
手のひらに隠れた紋様──契約の印。
握った相手の命を握り、契約を無理やり成立させるモノだ。
「一方的なやり方を悪魔は好むって知ってるだけだよ…」
幻治郎も立ち上がって、アルバートを正面から見た。
「これは契約じゃない」
そう区切った幻治郎は普段、あまり見ないような笑みを浮かべた。
「────俺と遊ぼうよ、アルバート・ジョーンズ」
「この世界の裏側、壊してみたくないか?」
目を見開くアルバートは、次第に、は、ははは!!と顔を片手で覆いながら笑った。
そうして幻治郎を見て返す。
「最高だよ、君」
そんなアルバートの視線にものともしていない幻治郎はただ見返しているだけで、それさえもアルバートは奇妙さを感じつつも笑う。
「crazyだ、ノッた!良いよ、面白い!君の遊びに乗ってあげる」
「こう言わないとお前は来ないからな」
「よくわかってるじゃないか、遊ぶんだろう?」
「──秩序の上で、な」
「で?君はこの世界の観測者にでもなったつもりなのかい?」
幻治郎は少しだけ空を見上げた。
「さあ──」
「どうだろうねえ」
「この世界は認識でできてる。それによっては……」
アルバートは隣にいる男を少しだけ眺めて、確かに。今は人間だな、と納得した。
同時に、認識でできてるこの世界において、『ハチス』『神無蓮』という存在がどう転ぶか、魔王である自分でさえも少しだけ、怖く感じた。
場合によっては、上書きされる可能性だって、あるのだから。




