第80神 春夏秋冬祭り
月が満ち、満月の光が照らされる。
光り輝く中央の祭壇には、光が集まるらしい。
噂に聞くところよりも大きなものだ。
アルバートは、座っている神様たちの近くに来る。
纏が嬉しそうな顔で神楽殿を眺めていた。
『始まるねえ』
「なかなか広いじゃないか」
『去年は見なかったのか?』
「まあね。興味なかったし」
『…で、その姿は?』
見上げて問う玉にアルバートはきょとんとした後、笑う。
「君たちの中に混ざるのに俺だけ人の姿だと浮くじゃないか」
『…なるほど』
元は金色だった髪が黒い髪に。
ツノなんてなかった頭には、大きな曲がったツノ。
軍服のような服を着込んだアルバートがそこにはいた。
そうして座って、正面を向く。
「ちょっとした後処理をしようと思って来たけど、いい寄り道になりそうだ」
────舞台は何十人も入るような大きさの広い、神楽殿に守護者が集う。
20人近く集まる守護者は皆高校生ばかりだ。
パッとライトアップされるのは祭壇。
「今宵集まりし皆々様、満月の光が強く輝く日でございます」
一人の狐の面をつけた男──色が神楽殿より手前の橋の上で笑う。
「年に一度の春夏秋冬祭り、今夜はこの地の誕生を祝して、祈りましょう」
「様になってますねえ!色くん」
マリアンヌの隣で、眠花が微笑む。
「ほんとに。大地くんはよかったんです?」
「…無理ですよこのお腹じゃ」
悪魔戦での負傷で動けなくなってしまったので島崎は観戦側で座っていた。
「それに、下手に動くと終さんに怒られちゃうし」
「その終さんは向こうの神様たちの席でどんちゃんしてますけどねえ」
…島崎と同じように連動代償で、体に大きな穴が空いたはずの終さんは回復力が早いのかもうお酒を飲んでいる。
普通の人から見たら、立ち入り禁止と書かれている柵がされてあるところに神様たち──守護神が集まってどんちゃん酒を飲んでいる。
「まあそれも醍醐味の宴ですからね」
ライトが移動し、今度は神楽殿に向ける。
神楽殿以外の周囲は暗い、だからこそ神楽殿への注目が集まる。
赤い神楽殿の中心で静止しているのは、珊瑚、色、色華、蓮、広大、朝梨、春雨。
その周りを囲うように楽器隊が横に並び、縦笛を持つ子と太鼓を持つ下崎、横笛を持つ、るんが座っていた。
また、バイオリンと琴を手にし、静止する者達もいる。
さらにその周りで扇子を持って静止する者たちが数十人。皆布をかぶっている。
るんが軽く息を吸い、最初の音を鳴らす。
夜に響く笛の音から、縦笛が続く。
涼しい風が吹く。さわさわと、髪の毛が揺れた。
そのリズムに合わせて太鼓を下崎が叩き、バイオリンの弦を弾く音が響き渡る。
珊瑚が懐から神楽鈴を取り出し、右手に鈴を、左手は持ち手を乗せて立ち上がる。
風が吹き、顔に被せられた布がふわりと揺れた。
持っている神楽鈴を鳴らす。
鈴の綺麗な音色がこの夜に鳴り響く。
ほぅ、と観客の誰かが感嘆の息を吐く。
悪魔の混乱で、淀みきっていた空気が澄んだものへと変わる。
神秘や、視える者たちから見ると澱んでいる、黒い塵のようなものが鈴の音ともに消えた。
珊瑚は右手でカラフルな紐を手にする。
くるりと回り、もう一度、鈴を鳴らした。
一歩移動したあたりで静止した珊瑚の後に続くように、
色が春を祈るために、一つの枝──産夢の枝に見立てた物を両手で持ちゆっくりと前に進む。
上に掲げて、振る。
観客席に、双葉が映える。
「…この双葉はミチロ草ですねえ」
眠花の言葉にマリアンヌと島崎は自然と呟いた人の方を見た。
「ふふ、葬儀でもよく使われる花なんです。ただ葬儀の時は青ですけどね。
この双葉、少し特徴的なのわかります?」
「あ、透明だ…」
「そうなんです、ミチロ草は双葉が透明なのが特徴なんです。
この花、道標という花言葉があって、死出の旅路に使われるんです。」
島崎はハッとして納得する。
「ああ、この舞は鎮魂の意味が込められてるから…」
「迷える魂たちを、送り出すために、この花なんですね」
鈴がついた杖を手にして春雨がクルクルと回す。 シャンシャンシャンシャンと音が鳴る中、杖を身体の後ろに回したり、前で回したり投げてキャッチしたりと循環を見せる。
そうして、杖を観客席に向けた。
次の瞬間、黄色の花が咲きほこり、観客席を花で埋め尽くされる。
ぱちぱち、と音が鳴る。
「…春夏秋冬祭りは循環の舞だったね」
アルバートの言葉に、纏が笑う。
『これは夏を意味してるのかなぁ』
アルバートはフッと笑う。
「なかなか壮観だね」
笛の音、バイオリン、琴の音が混ざり合う。
広大が裸足の足先をずらすように立つ。
右腕を振り上げ、足を強く下ろした。
太鼓の音と同時に地面を揺らすように降ろす。
ドン
続けて他の者達も立ち上がり、太鼓の音に合わせて、足を降ろす。
ドン
色華が、振り上げた右腕を横に、持っている小道具──小槌を振った。
秋の実りを、これからの運が上がるように、シャン、シャンと中の鈴が音を立てる。
冬の静けさを思い出すように、笛の音が静かになる。
静かに、けれどバイオリンだけの音色が響く。
青い髪飾りをつけた桃梛が紐が長くついた扇子を持ち、一歩、二歩と進み、ゆるりと右と左に周り、進みながら動く。
足や身体を動かすたびに、守護者たちの足についてある鈴が鳴る。
左手を横にし、扇子の先を見るように視線と顔を右に向け、笛の音ともに扇子で顔を隠す。
「桃梛ちゃんがやってくれてたんだなぁ…」
島崎は目を細めて呟く。
土手っ腹に空いた腹の傷は今もなお、じくじくと痛む。
真ん中にいる蓮が手に持つランプと繋がる鐘を鳴らす。
カラン
青い炎が揺らめき、神楽殿を青く染めた。
人や建物が燃えるような炎ではないので、燃えないが湧き上がる炎に合わせて色が先ほどの枝を投げると神楽鈴となる。
舞だとわかっているのに、歓声の声が上がる。
その鈴を掴みながらくるりと回って、いつの間にか両手に持っている神楽鈴を鳴らした。
シャン
シャン
今度はその神楽鈴を扇子に変える。
「狐に化かされたみたいだね」
観客席にいる、アルバートの言葉に梓が笑う。
『幻治郎仕込みの幻術だからなぁ!』
ケラケラと笑って、でも懐かしそうに目を細める梓を見てアルバートも神楽殿に目を向ける。
「なかなかいいじゃないか」
先ほどの珊瑚とは真逆に色は動きながら春の芽吹きを思い出させるような、柔らかさで回る。
女性を彷彿とさせるようにしなやかに扇子で顔を覆った。
その扇子は先の方に鈴が付いておりその扇子を、二、三回鳴らした。
シャン
シャン
シャン
鳴らすたびに空気が変わり、光が集まる。
珊瑚がまたくるりと右に回り、しゃがむ。
バイオリンが弦を弾き、空気を震わせるような高音を出す。
右手の扇子を帯に隠して、左手で足元に置いてある番傘を手に取り、下を向けて開きながら左に回る。
周りにいる者たちも同時に番傘を手に取り、開く。
一斉に開かれた番傘はそれはそれは綺麗で、白い服に赤い番傘はとても映える。
一列に並ぶたくさんの赤の番傘。
開いた番傘を肩にかけて一礼。
後ろを向いて観客に一礼。
足についた鈴が鳴る。
シャン、と鳴らした鈴に少しだけ息がしやすくなる。
観客席に座る、眠花は微笑ましく眺める。
守護者たちが踊る舞は、神無の平和を祈るもの。
神居と神無が分たれた時、神無には多くの魂やマガツヒに感染してしまった救われない生き物たちが残った。
その、魂たちを浄化させる名目でこの祭りは開催された。
静かな鈴の音色とバイオリンの長く、響く音。
周りの守護者が傘を右に、左にと揺らし、正面に傘を向ける。
音が静かになる。
カン、と一つ音が聞こえてくる。
朝梨が貝を打つ。
もう一度、カンッと鳴らした。
るんの笛が、細く長く夜に伸びる。
まだ世界には、知らない景色がたくさんある。
しゃん、しゃん
身体を上下に飛ぶように跳ねた。
蓮がカランカラン、とランプを鳴らす。
青い炎が揺れる。
その光の向こうで、花びらが舞った。
太鼓の叩く音。強く、強く。神楽殿の空気が揺れる。
足を地につけて、歩くことを祈るように。
色が先ほど投げた扇子を産夢の枝に見立てた枝に戻して、掲げる。
枝の先で、小さな双葉が揺れた。
春。
命が蒔かれる季節。
笛が鳴る。
大丈夫だと、言い聞かせるように。
春雨が杖を上に掲げる。杖を片手にくるりと回す。
夏。
命が芽吹く季節。
色華が小槌を鳴らす。小槌の中にある、鈴は命の証。
秋。
命が実り、やがて落ちる季節
桃梛が扇子を胸元でひらひらと蝶々のように動かし、静かに扇子を閉じる。
音が消える。
冬。
命は一度眠る季節。
けれど
────それは終わりではない。
ドン
足を広げて降り立つ。
鈴が鳴り、珊瑚と色は番傘を振り上げる。傘が開いたまま空へと投げ出される。
投げ出された番傘は、空中で、傘から花吹雪へ。
そうしてまた、世界は続く。
花吹雪と共に現れたのは鷺沼。
ドン 番傘を閉じて足を鳴らす。
番傘を腰に当て刀を引き抜くように持ち手を引っ張る。
刀の波紋の上から月の光がキラキラと輝く。
持っていた傘の部分を上に投げれば、パラパラと紙吹雪になって消えた。
紙吹雪の中、刀を一振り。
袈裟斬り。突き、片手で刀の鋒を持ち、一礼。
剣舞をするようにくるりくるりと回りながら、刀を振る。
優しく、けれど強く。
足元の鈴が鳴る。納める鞘はさっき投げてしまった。
けれど、この刀はそもそも守護者の魂の形。
ゆるりと消える。
世の悪縁を切ろう。
あなたを悪いものから守りましょう。大丈夫、我々がいる。
もう一度、蓮がランプを揺らす。
カラン カラン
未来に輝きを、未来に救いを。これからの世に祈りを。
いつまでも残り続ける魂が浄化できるよう、祈る。
────この動きを、俺は知ってる。
胸の痛みと共に聞き覚えのある、音。
昔、どこかで鳴らしたことがある。
この鐘の音を。
全ての魂に最大の敬意を持って全員で頭を下げる。
最後の鈴の音とバイオリン、笛の音が、月明かりに照らされた神楽殿で響き渡った。
これは鎮魂の儀。誰も知らない、誰かの魂に祈る儀式。
春夏秋冬祭り────命と向き合う、祭りだ。
楽しい祭りはこれにておしまい。
けれど、幕が降りても役者は帰りません。
舞台の裏側はまだまだ続きます。
それでは、また明日22時にお会いしましょう!




