9.収穫祭前日
上を向けば太陽がそこにあった。
ただ目線を前に戻すと暗がりが目の前に広がっている。
周りを見渡しても木が立ち並んでいるだけ。
だけだが、その一本一本が王宮よりも高く、軽く叩いて見ると金属と間違えるほど硬い。
中をくり抜いたら何十もの人が中に入れるだろう。
木が大きければ必然根も大きい。
その影響で本来平地であったこの土地は所々隆起しており、いくつもの小高い丘が出来ていた。
時折軽い物が高速で振動する音が遥か上から聞こえてくる。
音の方向、木の上部を見ると大人程の大きさをした影が飛んでいる。
かなり遠く、目に魔力を集中させることでようやく見えるほどの距離。
頭には複眼とくちばし4つで構成された口、胴体には二対の羽と縦横無尽に蠢く触手のような6本の腕、腹部から生えた針は巨樹を貫通させている。
ここまで離れているのにこれほどの音の大きさ。それに人間と同じ程に見える体躯。
近づいたらおそらく人の何倍も大きいのだろう、代わりに死ぬが。
こちらから刺激しない限り襲ってくることはない。
そう信じて目線を前に戻す。
それでもできる限り音は出さないよう背負った鞄と腰の剣を押さえながら慎重に、ただ足早にその場から離れる。
改めて周りを見渡しても木ばかり。
通ったことがある道なのにも関わらず、見知った景色は一つとしてない。
通ったのが遥か昔なら知らなくて当然だろうが、最後にここを通ったのは三日前だ。
そもそも巨大な森が普通に一からここまで育つのにかかる時間は途方をないだろう。
生きていられるわけがない、魔人でもない限りは。
見覚えのあるものといえばただ一つだけ、足下の掠れた道ぐらいだ。
土地そのものの湾曲のせいでその形は変わってしまっているが確かに通った道だ。
前に通った時は周りに障害物など何もない平地で、どこまで見渡しても平原が広がっていた。
平原には牛や羊が放し飼いにされており、片田舎の懐かしさのある景色が広がっていた。
途中、村が一つあったはずだが見る影もない。
村の人と関わったのはほんの少しの間だが、この現象を引き起こした元凶に怒りが湧いてくる。
「スゥ〜〜〜、フゥー」
乱れた気持ちを落ち着かせる。
しばらく歩き続ける。
暑い時期は過ぎたはずなのに服の下はじんわりと汗ばんでいた。
森特有の湿っぽい空気の性もあるだろうが。
異質な魔力が濃くなっていっている。
「オエッ、ゴホッ、アーーくそ」
気分が奥に行くにつれて悪くなっていく。
気持ちは既に帰りたがっているが、愚直に足を動かし続ける。
甘い匂いがし始める。
嗅覚からくる刺激に吐き気がする。
幸い鼻は慣れるのが早い。
違和感は残るが不快感は直ぐに薄くなっていった。
元の地形で言うと平地の中心付近だろうか。
目の前から木が消えた。
足を止め周囲を見る。
後ろは見渡す限りの森だったが正面は見える範囲に木は一本も生えていない。
そのため薄暗かった森とは違い、快晴の昼間に相応しい明るさがある。
森がこの平地を避ける様に弧を描いている事から平地は円形にくり抜かれた様に存在しているのだろう。
牧草が生え暖かな光が降り注ぐ様子は自分がよく知るこの場所の景色そのものであった。
魔力で強化した目に涙が滲む。
だがその景色に明らかな異物が写る。
かなり遠く、豆粒ほどの大きさだが人が一人座り込んでいた。
この状況でこんな場所にいる人間が普通であるはずがない。
腰の剣を抜く。
何をされても反応ができる様、魔力を流し続けながらそれに近づく。
それは動かない。
それに近づくにつれて体が強張っていく。
それは人ではなかった。
見た目は少女に酷似している。
髪は葉、肌は樹皮、こちらを見続ける目のみが動物の様に光を持っていた。
異質な魔力はこの緑色の目をしたモノから発せられている。
「何か用」
少女の口に当たる部分が動き、声を発する。
話したことにも知性があることにも驚くが、敵意の無さそうな落ち着いたその声に惑わされない様最大の警戒心を持って口を開く。
「お前はなんだ。この現象を起こしたのはお前か」
「そうだったら?」
ある程度脅す様に言ったつもりだが、自分などまるで脅威でもない様に返す少女の様な見た目をしたそれに剣の先を向ける。
「そう」
突きつけられた剣を跳ね除けるわけでもなく興味がない様に見るその姿に不気味さを覚える。
表情には出さないように表情筋に力を入れる。
だが、向けた剣の先はほんの少し震えていた。
「貴方、竜を知ってる?」
唐突なその質問に自分の体から力が抜けるのを感じる。
剣を向けたまま質問に答える。
「竜ってアレだろう?火を吹いたり天気を操ったりっていう...でかい鱗と翼を持ったでかいトカゲみたいなヤツのことだろ?」
返答に満足するように頷く少女の様なそれは指に似せた木を自身に向けて裂けてしまうのではないかと思うほど口角を上げて笑いながら言う。
「それが私」
考えるよりまず、身体が動く。
向けていた剣をそのまま突き刺す。
最小で最速の動き。
だが剣が届くことはなかった。
少女のようなものに届くよりも早く、その体を呑み込むように地面から木が迫り上がる。
「チッ」
木は見上げる程に大きく、目の前がそれで一杯になる程太い。
「あ?」
衝撃が身体に走る。
身体の一部、左肩から腕にかけてが消えていた。
「は?」
遅れて痛みがやってくる。
「うわぁーー!」
悲鳴を上げながらベッドから跳ね起きる。
「ハァ、ハァ、ハァ」
左腕に圧迫感がある。
見ると右手で強く押さえていた。
何か怖い夢を見ていた気がする。
思い出せない。
ぼくは取り敢えず起き上がる。
窓の外を見ると太陽はもう真上に出ていた。
もう昼間なのだろう、家の中からは誰の気配も感じられない。
おそらく収穫祭の準備に行っているのだろう。
ぼくは部屋を出て居間に向かう。
やはり家には誰も居らずテーブルの上にはパンと蓋のされた皿が置いてあった。
開けてみると野菜スープが入っていた。
側に書き留めが置いてある。
『おはよう!昨日は疲れてたみたいだから起こさないけど起きたら手伝いに来なさいね!お母さんより』
「ありがとう、母さん。いただきます」
パンを手に取り千切って食べる。
乾いた口にスープを流す。
冷めていたがこれはこれで美味しい。
パンに浸して食べるなどをしていると直ぐに無くなってしまった。
「ご馳走様でした。よし」
食器を洗い、部屋に一度戻り着替える。
「いってきます」
外に出るとやはり太陽の位置は高く、かなり長い間寝ていた様だ。
ぼくはとりあえず広場に向かう。
近付くにつれて人の声が大きくなっていく。
広場には普段の倍以上人がいる。
幾つもの出店ができ始めており、全体の装飾ももう少しで終わりそうだ。
ぼくは教会に向かう。
教会には先生とニーナが何か話していた。
「おは、こんにちは二人とも」
「ノルじゃない、遅かったわね」
「こんにちはノル君」
二人の手には装飾用だろうか花を持っていた。
「何してたの?」
「教会の装飾。外のね、手伝って…って言いたいけどもう終わるから良いわよ」
「あ、そう。他のみんなは?」
「他の子達は皆んなお家の手伝いしていますよ〜。あ、でもアレク君は今日まだ見てませんね」
「そうですか、それじゃぼくは別の所手伝ってきますね、それじゃあ」
教会に背を向け広場の中央を見る。
そこには見覚えのある背中が見えた。
村の大人の中でも一番広い背中と大きい筋肉。
それと太陽に反射する金髪がよく目立っている。
「おじさん!こんにちは、アレクは起きてます?」
「ん?おう!ノルの坊主じゃねぇか!アレクなら朝早くに起きてたぞ!ここにはいねぇがな!」
「起きてるのに居ないんですか?何処行ったんだろ…」
「さぁな!俺が朝早くに出る頃に起きて来たから家にいるとは思えんが、そうだ坊主。今なんかやることあるか?」
「いえ、丁度暇だったので何かやる事はないかと…」
そう言うぼくの肩をおじさんはバシバシ叩く。
「なら丁度良いな!アレクの事見つけて連れてきてくれや、ちょっと話すことがあるんでな!」
「わかりました」
「そんじゃここで待ってるからな!」
「はい!」
そう言うとぼくは一直線に走り出す。
アレクがいる所なんて一つしかない。
いつものあの場所だ。
森に入りいつもの木が見えた頃、一つの人影があった。
アレクだ。
「おーい」
声に気がついたのだろう、アレクは何かをしまいこっちに手を振った。
「何してんだこんな所で、今日は収穫祭の準備なんだから手伝わないと。まぁぼくは寝坊して何も出来てないわけだけど、アレクの父さんも探してたよ?」
そう言うとアレクはバツの悪そうな顔をして目を合わせずに頭を掻きむしっている。
「あー、なんつーかその。親父には後で行くって言っといてくれ」
歯切れの悪い返事にぼくは違和感を覚え問い詰める。
「何かあったのか?」
ビクリとアレクの身体が跳ねる。
「…ハァ、やっぱお前には隠し事はできねぇよな」
アレクはズボンのポケットから一つの便箋を取り出した。
「今日の朝コレが届いてた」
そう言うと見る様にぼくに渡す。
ぼくは便箋の送り先を見る。
「ハイペリオン王立魔術学園、学園長。特別入学証?」
なんのことかわからないぼくに向けてアレクは覚悟を決めた様な目でぼくの目を見て言う。
「俺、魔術学園に入学することにした」
「は?」




