5.素質と資質③
木の葉が風で揺れる音と瞼越しに入る薄い日光によって目を覚ます。
いつの間にか寝ていたらしく隣にはアレクが寝ていた。
「あ〜、足が痛いっ」
体を伸ばしながら起き上がる。
そばに置いてあった水筒を手に取り、蓋を開ける。
もう冷たくない水を飲み、改めて空を見上げる。
太陽は自身の真上に来ていた。
つまり今は昼である。
「やば、おいアレク。起きろ、昼だぞ」
アレクの体を足でつつく。
なされるがままのアレクはそのまま寝返りを打ち、唸っている。
「起きろって、そろそろ今日1番の楽しみが始まるぞ」
「何のことだよー」
アレクは横になったまま体を伸ばす。
体の節々からパキパキと音が鳴る。
「あー、もう昼か」
アレクもぼくと同じように空を見上げる。
「そうだよ昼だよ、そろそろ教会に行かないと」
アレクは反動をつけて勢いよく起き上がる。
「何で教会?なんかあったっけ?」
本気で忘れている様子のアレクにぼくは呆れる。
「はぁ、昨日先生が言ってたこと思い出してみな」
ぼくがそう言うとアレクは顎に手を当てて考え込む。
「…あっ、思い出した!やっべもう昼じゃん!早くいかねぇと遅れる!」
「だからそう言ってんだろ!さっさと行くぞ!」
ぼくは教会に向かって走る。
すぐ後ろからは走る音が聞こえてくる。
アレクも付いて来ているようだ。
体の痛みは無視してただまっすぐに走る。
川にかかる橋を越え、十字路まで差し掛かった頃、昼の礼拝を終えたのだろうか。
2人の男女が教会の方角から歩いて来ていた。
女性の方が無我夢中で走るぼくたちに気がついて話しかけてくる。
「ノル君とアレク君じゃない」
ぼくらは走る速度を緩めてその場で足踏みしながら挨拶をする。
「こんにちは!」
「っス!」
男性が続けて言う。
「ロナさんが君らのことを探していたぞ」
その言葉にぼくとアレクは顔色を悪くする。
「おいヤッベェぞノル」
「うん、急ごう。教えてくれてありがとうございまーす」
ぼくらはまた走り出す。
教会の前では先生が待ち構えていた。
「2人とも、昨日遅れちゃダメだよってあれだけいったでしょう!」
信じられないと言った様子で先生は腰に手を当て、疲れてその場で息を荒くしているぼくたちに言う。
「アレク君はともかくノル君まで遅刻するなんて…2人して何してたの?」
「ちょっと…森の方で」
「稽古してたら寝ちゃってたんだよ、なぁノル!」
うんうんとアレクの言葉にぼくは頷く。
森の奥まで行ったことが仮に知れたら今日これからの楽しみが説教に変わる可能性がある。
バレるわけにはいかない。
「まったくもう。早く中に入りなさい、みんな待ってるんだからね」
ロナさんは呆れた様子で教会に入って行った。
ぼくがアレクの方を向くとアレクと目が合う。
揃って安心したようにため息を吐く。
「さっさと行こうぜ」
「そうだな」
ぼくとアレクは教会の中へ入る。
中にはもうぼくら以外集まっており、全員の視線が刺さるように痛い。
「ワリー、遅れちまって!」
アレクは視線を気にも留めず大声で言う。
「遅いよ!2人とも!」
「楽しみすぎて夜寝れなかったのー?」
姉妹がぼくらに詰め寄る。
「悪かったってー」
「ごめんね、遅れて」
近くに座っていたセラがこちらを向く。
「ノル兄さんが遅れるのは珍しいですね」
「ちょっとね、森の方で寝過ごしちゃってさ」
ぼくはそのままニーナがいる方まで歩く。
アレクの方をチラリと見るとまだ姉妹に捕まっていた。
ニーナが座っている横にぼくも座る。
「おはよう、ノル」
「おはようニーナ。みんなどれくらい待った?」
申し訳なさそうにぼくは聞く。
「別にそんな待ってないわよ、それよりアレ見た?」
アレ、とニーナが指差す方には大きなテーブルが出されており、その上には硝子でできた容器と薄緑の鉱石が置かれていた。
「アレがそうなんだ」
「そうみたい、やり方はさっきロナ先生が言ってけど聞く?」
得意気にニーナが言う。
ぼくはニーナに頭を下げて言う。
「教えて下さい」
「いいわよ、あそこにナイフがあるでしょう?」
「まさかアレで…」
「そう、ブスッと!…なんてね、少しの血をあの容器に混ぜて反応を見るんだって」
よく見ると小さなナイフが容器の横に置かれていた。
「なるほどね」
「みんなー席についてねー」
先生が奥から出てくる。
姉妹に捕まっていたアレクもぼくの隣に座る。
「みんな居るね。それじゃあ始めようと思います!昨日言った通り、今日はみんなが魔術の素質を持っているかの検査をします。やり方はさっき言ったけど、いなかった人が居るのでもう一度説明しますね!いい、2人とも。この容器の中に自分の血を少し入れてもらいます。その後この石を入れると素質があったら光ります。光り方は人によって変わるからね!」
先生が持ったナイフを見てアレクは目を細める。
「痛そー、刺すんだってよ」
少し嫌そうにアレクは言う。
「少しだし平気だろ」
「そこ、話さない。取り敢えずやりたい人!」
「はい!」
アレクが真っ先に手を挙げる。
ぼくも少し遅れて挙げる。
「君たち2人は遅れて来たから最後ね」
「えー」
「文句言わない。それじゃあニーナさんからやって貰おうかな」
「はい」
ニーナは立ち上がり前へ出る。
「やったれ!ニーナ!」
アレクがニーナを鼓舞する。
「そういうのじゃないでしょ」
先生が教会の窓にカーテンをかけて空間を暗くする。
ニーナがナイフを自分の左手人差し指に軽く押し付ける。
「うへーいたそー」
隣のアレクが小声でぼやく。
ニーナはそこから滲み出た血を少し容器へ移す。
「これでいいですか、先生」
先生は容器の中身を見て頷く。
「うん、それじゃあ始めるね」
先生が容器に石を入れて軽く振る。
「これで少し待ちます。素質があれば光るし無ければ光らない。ま、素質がある人のが少ないから。光らなくても気にしないでね」
そう言っている間に容器が淡い光を灯し始める。
「おー」
アレクが声をあげる。
「緑色…ニーナさんは風の魔術に関して素質があるみたいね」
「風…ですか。目覚める時が来ればいいですけどねー」
「ニーナすげぇじゃん!」
興奮した様子でアレクは言う。
ぼくも声には出さないが初めて見る光景に興奮していた。
「はい、騒がない。ニーナさん、これ傷に貼っておいてね。それじゃあ次はーセラ君」
「は、はい!」
緊張した声が後ろから聞こえてくる。
振り返ると若干体の震えたセラがフラフラと前へ歩いていた。
「頑張れー」
ぼくはセラに聞こえるように言う。
セラはゆっくりとこちらを向く。
「はい、頑張ります…!」
「大丈夫か?セラのやつ」
不安そうにアレクは言う。
変わらず、違和感のある歩きで前へ向かう。
「じゃあセラ君、この中に血を入れてね。あ、ナイフは別のに変えてあるから大丈夫よー」
おそらくセラが震えているのはそこではないが、セラはナイフを受け取る。
ナイフはカタカタと小さく震えており、中々自分の指を刺せないでいた。
見かねたロナさんが言う。
「それじゃあ、私が刺すから怖かったら目を瞑っててね」
「いえ、自分でやります!」
セラはそう言うと決心したようにナイフを刺す。
が、まだ恐怖があるのか、ほんの少し傷をつける程度しか出来ていなかった。
この少量の血でも足りるらしく、先生は容器を受け取る。
「よく出来ました!」
先生は先程と同じような操作をする。
セラは不安そうにしている。
しばらく待つと今度は隣のアレクの顔がしっかり見えるほどの光が発せられる。
「すご!めっちゃ光るじゃん!」
先程とは違う光量に興奮した様子でアレクが言う。
「青色の光は水関連の素質ね!光の強さは魔力の多さだから、かなり多いわね!」
「やったぁ」
セラは無邪気に喜ぶ。
「すごいな、セラ」
「そうだね。ぼくらはどうだろうね」
「もちろんもっとすげー光り方してやるぜ」
もちろんぼくも、と言おうとしたが先生の手を叩く音で中断させられる。
先生は姉妹の方を見て申し訳なさそうに言う。
「ラトとスズはもう少し大きくなってからやろうか」
先生が言うと姉妹は不満そうにする。
「えー」
「つまんなーい」
先生は少し笑いながら言う。
「もう少し大きくないとうまく結果が出ないからね。もう2年後にやろうねー」
「「はーい」」
そして先生はぼくらの方を向く。
「それじゃあ後は、ノル君とアレク君だね」
ぼくはアレクの方を見る。
「どっちからやる?」
「お前からでいいぞ」
珍しくアレクが出しゃばらない様子に違和感を感じる。
「珍しいね、譲るなんて」
「最後にドカンとやるのがかっこいいだろ!」
その言葉にぼくは納得する。
「それじゃあぼくからやります」
椅子から立ち上がり、先生の元まで歩く。
「やってやれ!ノル!」
アレクが大声で応援してくれる。
ぼくは苦笑いを浮かべる。
「はい、ノル君」
先生からナイフを受け取り、左手の人差し指に刺す。
指を伝って血が容器へ落ちる。
軽く容器を振って血を液体に混ぜ、先生に渡す。
「それじゃあ始めるわよー」
先生が容器を受け取り、石を入れた途端。
目を開ける事が出来ないほどの光が容器から発せられる。
ぼくは薄めで容器を見ると、容器から発せられている光は他の2人と違い色は無かった。
徐々に光は小さくなり、周りの様子が見えるようになる。
「凄い光…。色はついてなかったから何関係の魔術についての素質を持っているかはわからないけど、凄い魔力量ね!ノル君!…ノル君?」
先生が何か言っているがなんと言っているのかわからなかった。
ぼくはあまりの出来事に呆然としていた。
まさかこんなに魔力を持っていたなんて。
あの絵本の英雄になる事だって夢ではないんじゃないか、そんなことを考えていた。
「ノル君!」
「あっ…すいません、ボーッとしてました」
ぼくは元いた席に戻る。
「おい、やったな!ノル!」
先ほどまでの興奮とは比べ物にならないほどの興奮を見せているアレ国肩を掴まれる。
「うん、いまだに信じられないけど…」
「私なんかとは比べ物にならないわね」
隣のニーナが笑いながら言う。
「でもぼくは何関係かわからないし…」
「んなもん後でわかんだろ。よっしゃ!最後は俺だな!ノル!」
急に名前を大声で呼ばれてアレクの方を見る。
アレクはこちらを指さして大声で言う。
「負けねぇかんな!」
「はい!そこで騒いでるアレク君。早く来なさーい」
呼ばれたアレクは先生の元へ行く。
奪い取るようにナイフを受け取ると躊躇なくナイフを突き刺し、明らかに必要以上傷つけ先生に怒られている。
「何やってんのよアレクは」
ニーナが呆れた様子で言う。
「アレク、なんか焦ってる?」
さっきぼくの肩を掴んだ時、アレクの手は震えていた。
「それじゃあ行くわよー」
先生がアレクの治療を終え、先生が容器に石を入れる。
石が液体に触れた瞬間、パチリと何かが弾けるような音が聞こえたと思うと、容器から大きな炎が噴き出る。
「うわぁ!」
先生がその勢いに驚いてか尻餅をつく。
「先生!これって凄いっすよね!」
対照的にアレクは興奮した様子で容器に近づく。
「凄いわね、ノル君とは違う方向で。アレク君は見た通り炎関係の魔術に対してすごく強い素質があるみたいね…」
先生が感嘆したように話している間に炎は治っていた。
「ノル!」
アレクを見るといい笑顔でこちらを見ていた。
そこに先ほどまであった焦りはなかった。
「やったな!アレク!」
ぼくは立ち上がりアレクの元へ行く。
手を挙げているアレクに合わせてぼくも手を挙げる。
パァン!
ぼくとアレクの掌が打ち鳴らした音が教会に大きく響いた。
周りが美しい石で出来た豪華な部屋で1人の女性が何やら書類の処理を行なっているようだった。
女性は長く美しい白髪をぐしゃぐしゃに掻きむしりながら何やら文句を言っていた。
「なんでこんなに仕事が溜まってるわけよ。なんのためにアイツら雇ってると思ってるのよ。何これ?教室が全焼?何したのよ…」
ため息を吐く女性を嗜めるように側に立っていた真面目そうな印象を受ける長身の女性が言う。
「後八つ程ですから、頑張りましょう」
「ゔぁーもう!面倒臭い!」
さらにガシャガシャと髪を掻きむしっていたがピタリと急に動きを止め、背後の窓を見る。
「どうしましたか?」
「…ふーん。ねぇ、後八つ終わらせたら仕事終わりなのよね?」
「はい、現状は」
「なら増える前に終わらせて行くわよ!」
「どこにでしょうか?」
くるくるとペンを回し、正面の壁に掛けられた地図に投擲する。
ペンの刺さった場所は王国の遥か北。
森に囲まれ何も無いように見える場所にある小さな村。
「ここよ」




