4.素質と資質②
アレクは木のそばで二本の棒を持って、ぼくを待っていた。
「遅いぞ」
ぼくが近づくと待ち侘びた様子で言う。
手に持った房の一本をぼくに投げる。
「悪かったって」
飛んできた棒を受け止め、肩にかけっぱなしだった水筒を少し離れた場所に置く。
「それじゃ、始めるか」
ぼくは棒をアレクに向ける。
だがアレクは乗り気に見えない。
「どうした?」
アレクは森の奥の方を向く。
「やっぱり気になるんだよなぁ」
「さっきの音?」
「うーん、行かね?」
「行かねぇ」
アレクのバカな提案を即座に断る。
「そう言わずにさぁ、ヤバそうだったらすぐ逃げればいいって」
「行きません」
ぼくは棒を肩に担ぎ首を横に振る。
アレクはそんなぼくを見ると不貞腐れた様子で森の方を向く。
「なら俺一人で行くからいいし!」
アレクのその言葉にぼくは慌てる。
「ちょっ」
奥に向かおうと歩き出したアレクを止めるため肩に手をかける。
振り向いたアレクの顔は作戦が成功したと言わんばかりに笑顔を浮かべていた。
「それじゃあ、一緒に行ってくれるよな?」
僕は大きくため息を吐く。
「わかったよ…でも本当に危ないって感じたら置いていくからな」
「よーし、ならさっさと行こうぜ!」
アレクは森の方へ走る。
「おい!せめて走るな!」
ぼくは走るアレクの後を追う。
あれから少し時間が経ち多少は明るくなった森は暗い時と比べ足元も見えやすく、歩きやすくなっていた。
そのせいもあるのだろうが、アレクは止まることなく奥へ奥へと進んでいく。
ぼくは足元を見ながら走っているのに対し、アレクは足元は見ずにただひたすらに前へと走っている。
「はやすぎ…」
声の聞こえた辺りまで来ただろうか。
アレクが急に止まる。
追いつこうとしていた所だったためアレクにぶつかりかけて、止まる。
「危なっ、どうしたの?急に止まって」
「まだ聞こえる」
アレクが小声で言う。
ぼくも耳をすませてみると、あの音が森の奥から響いていた。
音の大きさも遠さも変わっていないように思える。
「変わってないな」
「もういいだろ。戻ろう」
ぼくはアレクに再度帰るように言う。
アレクはぼくの方を振り返ることはなく、一歩を踏み出した。
ゆっくり歩くのかと思ったが、走り始める。
「走るのか…」
アレクを一人にするわけにもいかず、後ろを追いかける。
一言も話さずただ音のする方向へ走るアレクを追ってしばらく経つ。
走る速度もかなり落ち、足がもつれて木の根で転けそうになりながらアレクの後ろをなんとか付いていく。
対するアレクは走る速度は下がったものの、足取りはしっかりしており木の根に引っかかる様子はない。
ゼェハァ言いながらもはや歩きと変わらない速度になってきた頃。
音が一際大きくなる。
比例するようにアレクの走る速度が上がる。
ぼくはもうアレクを止めなければならないことを忘れていた。
今はもうこの音の正体を知りたい気持ちの方が大きかった。
さらに言えばアレクを追うこの状況を早く終わらせたかった。
「はぁーーー、はえーよー」
ぼくは文句を言いながらも足に気合を入れてアレクを追う。
木々の間に小さく映るアレクを追っていると急にアレクが止まる。
「あいつ、なんかあったのか?」
棒のような足を引きずるようにアレクの元まで歩く。
急に目の前の木々が消える。
響く音はさらに大きくなる。
「なんだ、これ」
アレクはそういい目の前を指す。
ぼくは息も絶え絶えに目の前の景色をただ口に出す。
「谷、だな」
森の中を切るように谷がそこにあった。
向こう岸までは大体5、6メートルほどで向こう岸にも森が続いていた。
谷はどこまで続いているのか左右を見てみるが両端は見えない。
そしてずっと聞こえてきていた低い音は、この谷から発せられているようだ。
「谷の底になんかいるのか?」
アレクは谷を覗き込む。
ぼくは止めようと思ったが動く体力がもうなく、その場にヘタリと座り込む。
覗き込んだアレクの髪が風で持ち上がっているのを見て一つの考えが思い浮かぶ。
「たぶん、谷を通る風のせいで鳴ってんじゃないかな、この音」
その言葉を聞いてアレクはぼくの隣に座る。
「なんだ、そんなことか」
アレクは仰向けに倒れると、大声で笑い始める。
ぼくもその笑いに釣られる。
「俺らこんなことのためにここまできたんかよ!」
「しかもバレたらただじゃ済まないよ。ぼくたち」
「こんなとこ誰もこねぇよ!」
バレやしねぇとアレクが笑った瞬間。
カツカツカツと、足音が聞こえてくる。
ぼくとアレクは同時にその方向を見る。
「何してる?ガキども」
純白の鎧を着た、金髪の男性がこちらを見ていた。
「えっと」
ぼくが言葉を詰まらせているとアレクが話し出す。
「ちょっとした探検だよ、いいだろそんぐらい」
アレクの言葉に男性はないか考え込むような表情をする。
「お前らこの辺りにある村の子か。村の大人からこの辺りに行くなって言われてるはずだが」
その言葉にぼくらは黙る。
その様子を見て男性はため息を吐き、言う。
「まぁ、いい。最近は聞かないとは言えこの辺りは危険地帯ではあるんだ」
「副長」
説教を始めた男性の側にもう一人同じような鎧を着て、兜まで被った人が出てきた。
「なんだ」
「調査結果ですが…」
何やら話し込み始めたのでぼくは立ち上がりアレクに話しかける。
「戻ろう」
アレクは名残惜しそうに立ち上がる。
「そうだな、そろそろいい時間だろうし」
ぼくらが立ち去ろうと森の方を向いた時、副長と呼ばれた男性が声を掛けてくる。
「ちょっと待て。送ってやる」
「ですが、副長」
送ると言った男を兜を被った人が止めに入る。
「少しの間ここは頼む」
副長はそう言うと僕らに近づいてくる。
「ほら行くぞ」
「えっと」
ぼくは兜を被った人の方を見る。
「あぁ、大丈夫だから。行くぞ」
男性はぼくとアレクの肩を掴むとぐいぐいと押してくる。
「わかったって自分で歩くから!」
アレクは手を振り払う。
「あの、副長さん?は冒険者、何ですか?」
ぼくはすぐ後ろを歩く男性に聞く。
「アルセルドだ、アルでいいぞ。それと冒険者じゃない」
「冒険者じゃねぇの?アル」
「アルさんな、この鎧見てわかんねぇか?こんな田舎じゃ流石にわからねぇか。王立騎士団だよ。俺はそこの第二師団副師団長アルセルドだ。まぁまぁ偉いんだぜ」
「何で騎士団の方がこんな所に?」
「ここら辺よく出入りしてる冒険者がいるだろ?」
「ハドのおっちゃんのこと?」
「そうだが、アイツと俺は同い年だぞ。おっさんって歳じゃない。まぁそいつが森に違和感があるって言うんでわざわざ来たんだよ。アイツの勘はよく当たるからな」
「ハドさんとは仲がいいんですね」
「まぁ、腐れ縁って奴だ。お前らみたいな関係だよ」
「なぁ、アル。騎士団って何すんだ?」
「まぁ、もういいわ」
アルセルドさんはため息をつく。
「騎士団がやる事は色々だな」
「冒険者みたいな感じなんですか?」
「いや、冒険者とはまた違うな。冒険者たちは基本魔物とか、ダンジョンとかに潜って稼ぐのが多いが、俺らは街の警備とか今回みたく森の調査とかが基本だな。ある程度の大きさの街に行けばわかるが、騎士団の人間が数名いるぞ」
「へーそうなんだ、初めて知った。騎士団ってのも知らなかったし。あ、ここまででいいよ。アル」
話している内にいつもの場所まで来ていた。
「村まで送るが、いいのか?」
そう言ってくれるアルさんにぼくは言う。
「ありがとうございます。でもここまでで大丈夫です。村の人に見られて、何してたか聞かれる方がアレですから」
その言葉にアルさんは苦笑する。
「そうだな。まぁあれだ、もうあの辺には行くな。これは注意じゃないぞ。騎士団としての命令だ」
「わっかりましたー!」
「よろしい。じゃあ俺は戻るから、またどこかで会うかもな」
アルさんは手を振りながら森の奥へと戻っていった。
「騎士団か」
ぼくは呟く。
「カッコいい鎧だったよな!」
アレクは興奮した様子で言う。
「冒険者もいいけど騎士団ってのもアリかもな」
ぼくは仰向けになって倒れる。
話に夢中になって忘れていたがもう足が動きそうもない。
「このまま昼まで休んでない?」
ぼくはそう提案する。
「そうだな」
アレクも横に寝転がる。
「俺ももう動けないわ」
そうして2人で昼過ぎまでこうしていた。




