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3.素質と資質①

窓から漏れてきた冷気を感じて目が覚める。

ぼやける視界は薄暗く、普段起きる時間より早いことがわかる。


「子供過ぎない?ぼく…」


ついこの間12歳になったというのに、少し自分が恥ずかしくなる。

もう一度寝ようかと目を瞑ろうとするが普段なら長い間居続ける睡魔はどこか遠くへ行ってしまったらしい。


「おきよ」


諦めてベッドから起き上がる。

毛布から出ると普段より冷えた部屋に身震いする。

手早く着替えて扉を開ける。

いつもなら誰かはいる居間には誰もおらず、奥のキッチンの方で音がしていた。

体が冷えたせいか、尿意を覚える。

取り敢えずトイレに向かい、用を足す。


「ふぃー」


意図せず声が出る。

完全に覚醒したぼくはキッチンへと向かう。

キッチンには朝ごはんの準備をしている母さんがいた。


「おはよう、母さん」


ぼくがこの時間に起きていることが余りにもおかしいのだろう。

驚いた様子でぼくをみる。


「どしたのこんな早くに」


「なんか、起きちゃって」


母さんはぼくをジロジロと見て言う。


「おはよう。ちょうど朝ごはんの用意は出来たから食べる?」


母さんの手元を見ると大量の野菜が煮込まれたスープが作られていた。


「うん、食べる」


「それじゃ食器、持ってきてもらってもいい?」


「わかったー」


すぐそばにある棚から少し深めの皿一つとスプーンを手に取る。


「持ってきたよー」


「はい、ありがとー」


母さんはぼくから皿を受け取ると溢れるんじゃないかと思うほどなみなみにスープを注ぐ。


「しっかり持ってねー」


「多過ぎない?」


「こぼしたら怒るわよー」


母さんがケラケラ笑いながらぼくに言う。

ぼくは母さんを睨み、そしてスープが溢れないようにゆっくりと、食卓まで歩く。


「くっ、ほっ、危なっ」


スープが溢れそうになるたび変な声が出る。

後一歩で食卓に着く。

油断したその時、視界の端に影が見えた。


「ふわっ!」


驚いて体が跳ねる。

スープが体の動きに合わせて溢れようとする。


「よっと」


視界の影が横から支えてくれた。

いきなり聞こえた声に驚いて横を見ると父さんがそこにいた。


「いつもよりかなり早くに起きたねノル。おはよう」


「おはよう父さん」


支えられながらゆっくりと皿を降ろす。


「あら、あなたおはよう」


「おはよう、僕も朝ごはん頂こうかな」


「準備するわねー」


母さんが父さんの分をよそって持ってくる。


「朝からみんなで食べるのは久しぶりだね」


「僕が起きる前に食べてるもんね」


話しているうちに母さんが自分の分も持ってくる。


「それじゃあ今日一日、楽しく過ごせるように、神に感謝を」


父さんが簡単に祈りを捧げる。

スープにスプーンを入れる。溢さないように慎重に口へ運ぶ。


「すごいおいしい…」


口に入れた途端、野菜の旨みだけでなく肉の油の旨みも感じる。

昨日の夕飯で使った肉と同じものだろうが、それとはまた違う旨みを感じる。


「今年の野菜はかなり出来がいいらしいのよねー」


「それだけじゃないと思うよ。僕が作ったらここまで美味しいものは作れないし」


「やだもー上手いんだからー」


仲睦まじく話す両親を尻目にぼくはスープを飲み続ける。

半分ほど飲み終わったところで父さんに聞きたいことがあったと思い出す。


「そうだ、父さん」


父さんはスープを食べる手を止めこちらを向く。


「なんだい?」


「今日手伝いしなくてもいい?ちょっと行きたいところがあって」


「いってらっしゃい。せっかく朝早く起きたんだ、好きなことをすればいいさ。幸い今日はそこまで人手

は必要としてないからね」


「どこいくのー?」


母さんが聞いてくる。


「森の方に、ちょっと」


「そう。でも奥まで行っちゃダメよ?最近はハドさんが来てくれてるから聞かないけど、魔物だって居る

んだからね」


「うん、あの木までしか行かないよ」


「そうしなさい」


了承を得たぼくはスープを急いで食べる。


「美味しかったよ!行ってきます!」


「もっと味わいなさいよー」


「まぁまぁ、いってらっしゃい」


文句を言う母さんを嗜める父さんを横目に玄関に急ぐ。

勢いよく扉を開けると普段より暗く、涼しい世界が広がっていた。

どこか不安もあるが、わくわくしている自分もいる。


「よし」


駆け出そうと軽く足に力を入れる。


「ノル!」


突然扉が開き、父さんが顔を出す。

急に呼ばれた驚きと出鼻を挫かれた不満が半々で返事をする。


「どうしたの?父さん」


父さんは手に持った何かをこちらに投げてくる。

木製の水筒だ。


「忘れ物」


「ありがとう、父さん」


「いってらっしゃい」


そう言うと父さんは家に入って行った。

水筒の紐を肩にかける。


「よし、今度こそ」


森の方へ向けて歩き出す。

十字路に着く頃には小走りに、橋にかかる頃には全力疾走になっていた。

吸う空気はいつもより冷たく、吐く息は普段より暑く感じられた。

木へと差し掛かる小さな道。

そこを通り木の根元が見えてきた時にあることに気がつく。

誰かがいる。

誰かは大体予想がついている。

笑みを浮かべながら人影に近づく。


「何やってんだ?アレク」


人影の体が跳ねる。


「ノル!お前も早く起きちまったんか!」


仲間がいて嬉しそうな顔をしたアレクが駆け寄ってくる。


「そっちこそ。やっぱり居るよな」


「当然!あんな話されたら嫌でも早く起きちゃうよな!」


アレクは興奮した様子で手に持った棒を振り回している。

そんなアレクにぼくは聞く。


「昼までどうする?」


そう言うと、アレクは棒の先をぼくに向ける。


「もちろん勝負だ!…と言いたいところだけどあんまり疲れてもなぁ」


アレクは悩んだ様子でぼくに向けた棒の先を回してみせる。

邪魔くさいから手で掴み視界に入らないように退ける。


「取り敢えずこの辺散歩でもしよう」


ぼくはそう提案するとアレクの返事を待つことなく木々の間を抜ける。


「おーい、待ーてーよー」


アレクが小走りでぼくに追いついてくる。


「この辺って、森の周りか?」


「まぁ。後のことは歩きながら決めよう」


道なき道を歩き始める。

日も昇りきっていない森はまだ薄暗く、木の根に足が引っかかりそうになる。

いつの間にか前に出ていたアレクは器用に根を避けている。

肩に担いだ棒を振るって道を作ってくれているのだろう。

ただこの方向は森の奥へ向かっているように思える。


「アレク、そっちは」


「しっ」


アレクがぼくに黙るよう手をこちらに向ける。

言われた通り黙ると風で揺れる木々の音や、森の動物たちが鳴らしているのだろう音が聞こえてくる。

その中でかなり小さくだが唸るような低い音が遠く、森の奥から響いてくる。


「なにか、聞こえて」


「戻るぞ、ノル」


普段の大声とは違い小さく囁くようにアレクが言う。


「わかった」


ぼくも小声で返事をし、ゆっくりと今来た道を戻る。

半分を過ぎたあたりで走り出し、川まで走る。


「はーっ、びっくりした!」


川に着いた途端、アレクが溜まっていた空気を押し出すように大声で言う。


「ちょっと奥まで行き過ぎたな」


「やっぱり奥に向かってたのか…」


「まぁ、まだ日も出てないから少しぐらいは平気かなって」


頭を掻きながらアレクは言い訳をする。


「危ないから行くなって色んな人に言われてるだろ」


「まぁ、そうだけど」


アレクは不満げな顔を浮かべる。

その顔にどこか可笑しさを感じながら呆れたようにぼくは言う。


「それに、今日何かあったらマズイだろ?」


アレクはあっ、と思い出したかのような表情をする。


「忘れてたのかよ」


「いやー、忘れてたと言うか。楽しみ過ぎて逆に頭の中になかったと言うか」


バツが悪そうに手に持った棒を器用に回す。


「よし!戻って稽古と行こうぜ!」


言い終わるや否や走り去る。


「はいはい」


ぼくは歩いてアレクを追う。

ふと、唸り声がした方を見る。

森の奥には何があるのか。

村から離れるほどたくさんの魔物がいることは知っている。

とても昔には村にも魔物が出ることがあったらしいが、最近はハドさんのような冒険者の活躍によって村に近づく魔物は居なくなったらしい。

あの唸り声は魔物の物なのだろうか。


「ノルー!」


アレクの大声が聞こえてくる。

なかなか来ないぼくに痺れを切らしたのだろう。


「行きますよー!」


ぼくも大声で返事をし、いつもの場所に向かって走る。

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