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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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「なんかよく分かんないけど、じゃ、行こうか」

 覚えのある喋り方だった。軽やかに肩を抱かれ、若者の瑞々しい弾力のある腕から離れる。不言通りの明るさに動いた若者の顔をが露わになる。互いに目を丸くした。

「銀灰くん?」

「白梅ちゃっ…なんで?」

 銀灰は極彩とその背にある色街とを交互に確かめた。

「ちょっと野暮用」

「めっちゃ奇遇じゃん。びっくりした。オレっちも今から帰るところ」

 吊った目が大きく開き、抱擁される。後ろからの通行人の腕がぶつかった。すると離される。

「銀灰くん、縹さんの養子になるの」

 いとこになるらしき快男児は無邪気に笑った。

「そろそろちゃんと答え出さなきゃなって思ったんすよ。桜ちんにばっか決断迫ってねぇでさ。縹サン、優しいし」

 両手後頭部に当て、混雑する大通りを城に向かって進んだ。時折極彩の前に身を割り込ませ、衝突を代わりに受ける。横切る通行人がいると、腕で極彩の歩行を止めさせる。それがあまりに自然で、むず痒さを感じた。

「あ、そっか。白梅ちゃんはいとこになるんだ。よろしくっす」

 ふと浮かんだ目的。銀灰は隣で笑っている。

「銀灰くん」

 呼んでしまってから仲睦まじく胡桃と寄り添う姿が脳裏を過った。さらには、複雑な関係になる。合意を得られるとは思えない。

「うん?」

 何も言うことはない。俯いてしまう。追及はされなかった。

「さっきのおっさんは誰?」

「城で偉い人みたい。たまたま会った」

「そうなんだ?気まずいだろうな~」

 藤黄のことを訊ねられ、二公子の世話係、と言いかけやめた。この少年の前で忌々しい単語を吐きたくない。

「仕事中だって」

「本当っすかね~?傑物(えいゆう)色を好むって言うし」

 四方八方から咳払いが聞こえていたが一際大きく聞こえた。商店街から解放的な飲食店が並ぶ区画に来ていた。近くで空咳をしている者がいる。飲食店で飲み食いしている人々からも咳が聞こえた。

「大変すね、流行病。白梅ちゃんは大丈夫っすか」

「うん。…銀灰くんは?」

「大丈夫っすよ」

 偶然向いた牛車の駅がある近くに葬式案内の看板が立っていた。銀灰も気付いたらしい。

「風邪は万病の(もと)なんていうっすけど…季節柄っすかね」

 銀灰は葬式案内の看板を凝らしていた。猫のような目が師によく似ていた。

「桜も風邪をひいてないといいけれど」

「あれ?会ってないんすね。ちょくちょく帰ってるみたいっすけど」

「わたしのところには」

 首を振ってそう言い添える。縹のところには帰っているようだった。気にすることないっすよ!と快男児は的外れなことを思ったらしく背を叩いて励ました。

「し~らう~めちゃん」

「何?」

「へへ、良かった。またこうやって話せて」

 突然強張った顔面に極彩は狼狽えたがしだいに笑みが戻り、犬歯を見せる。

「何言ってるの。いとこでしょう、わたしたち」

「そうだった、そうだった」

 牛車に乗り、城に着く。

「縹さんには会ったの」

「会ってないんす。縹サンとはずっと。ずーっと会ってないんす」

 銀灰の袖を引いた。その腕には力が籠っている。

「負い目があるんすよ。あの人には。負い目が…だから養子縁組の話なんて…」

 極彩は大きく息を吐いたが予想外に大きく吹き抜け、溜息と化していた。地面と睨めっこ状態の頭が上がる。仕方ないとばかりに笑っている。誰も彼もがよく笑う。纏う雰囲気はまるで違うけれど。

「あの人もずっと笑う。何か言えばいいのに。あの人が頭を下げて、わたしは突っ撥ねた。もう笑うしか出来ないんだよ」

「後悔してるんすか」

 銀灰の快活しか映らない口元と目元に仄暗い笑みがあった。極彩は少年の袖を離す。

「あの人も1人で全部抱え込めるくせに、捨てきれなかった。わたしはそこに甘えてしまった」

 落ち着きのない足が極彩を追う。

「後悔いっぱいしたから、もうどうやったってするんだから、もう、なるべく」

 極彩の言葉は掻き消えた。目の前に銀灰が回った。

「オレっちは!後悔してるのは、オレのほうだ」

 眉を下げ恐れながら幼い吊り目が極彩を窺う。

「こんなこと、白梅ちゃんに言ったって…」

「言えないならそれでいい」

 銀灰の脇を通り抜ける。庭の静けさの中にまだ小さく虫の合唱があった。もう少し経てば聞こえなくなるのだろう。うるさいくらいだった蝉の声はもうまったくしなかった。

「違う!」

 猫が嵐を吹く様を思い描かせる。開いた距離を縮められる。

「お父上のこと?」

 一瞬にして夕凪。頷いて控えめに唸ると尖らせた口を開く。

「マトモな親父じゃなかった。オレっちのことも、お袋の子とも放ったらかしでさ」

 でもオレっちの親父ってあの人だからさ。沈んだ声で付け加える。縹の部屋がある寂寞に包まれた廊下には明かりが点いていた。あの部屋だと扉を指す。

「会えそうにないなら、ここで。送ってくれてあ、」

「行くっすよ、駄賃まで渡されてるんすから」

「城には着いてるけれど」

「…父さんにちゃんと挨拶するんす」

 しかしそこからの銀灰の歩みは遅かった。先に縹の部屋の扉を叩く。取り込み中だよ、と答えたのは朽葉。二公子がいる。距離の空いてしまった銀灰に首を振る。「誰?」と扉の奥の者が問う。縹に問うたのか、訪問者に問うたのか分からなかった。世話係です。縹がはぐらかすのを聞いた。名乗るのをやめる。面倒事になるのだろう。そういう類の話らしい。物音に慎重になりながら極彩は自身の唇に指を立て、銀灰に無言を乞う。銀灰を抱き寄せ曲がり角へ共に隠れた。直後に扉が軋む。

「本当に、世話係かな?」

「でなければ誰が私を訊ねてくると仰せになるのです」

「ほら、間者(かんじゃ)とか。気を付けてよ?やっぱり警備を付けようか」

 天藍のはっきりとした会話が近くにある。

「秋風でしょうね。立て付けが悪いのです。耳障りで申し訳ございません」

「今夜は冷え込むね。それなら本当に気を付けるべきは間者(かんじゃ)じゃないな」

 その通りでございます。縹の返答に、これは真面目な話だよ、とおどけた調子で天藍は言った。

「ところで、姪とは仲悪いの」

「年頃の娘ですから。いつまでも叔父にべったりというわけには」

 極彩にしない少し上擦った他人行儀な態度。銀灰も盗聴に集中しているらしかった。この会話を銀灰その人に聞かれるのは気分のいいものではなかった。

「どうかな。叔父にしたって縹、かっこいいし」

「ご冗談を。趣味が悪いお話の最中(さなか)で申し訳ありません。本題から逸れましたが―」

 扉が閉まる音を聞き、銀灰に外に出るよう促した。

「あの人は?」

「二公子」

 教えていいものか。だが訊かれたままに答えた。

「二公子…」

 ねぇ、彼を利用したらいいじゃん、いい駒でしょ?

「銀灰くん」

「…つれぇよ」

 裏庭の雑木林まで来ると銀灰は肩を落とした。秋の訪れに死にゆく虫の抗いかと思うほどだった。

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