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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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「きちんと話しておこうか」

「結構です」

 どういう顔をしていいのか分からないのだ。虚勢を張るのは疲れる。何故虚勢を張るのだろう。縹ですらどうしようもできないことを、喚いてしまったらあの微笑を崩してしまうから。

「嫌です。聞きたくありません!知ったって…」

「知ることは、恐ろしいね。でも、ねぇ、聞いてよ」

 出会った時と同じ柔和な顔。だがあの頃の棘は消えていた。極彩は首を振る。何を話すことがある。これ以上何を知る必要がある。少しずつ滲むように苛まれているというのに。

「分かった。それなら桜君に話しておくから」

 優しい声音と困った笑み。縹の柔らかな香りが鼻腔を包むくせ、奥で沁みる。

「桜に…」

「変わっていくね、何もかも。名も覚えていられなかったのに、今ではボクの親友だよ。君と会えたから…君と会わなかったらどうなっていたのか、時々考えてしまう―なんて、君には酷だよね」

 振り返って縹を睨む。まだ困ったふうに笑んでいた。だが緩んだ口元が引き結ばれる。健康とはいえない落ち窪んだ目元が勇ましくなる。

「きついことを言うよ。結婚なさい。誰でもいい。心も要らない。誰か」

 なんで。口だけは動いたが音が伴わなかった。見下ろす叔父に同情の色が現れる。

「君は複雑な立場にいるから。山吹様とは婚約できない。二公子は君を手に入れる気だ。結婚してしまえば、諦めてくれるかもしれない。もうボクのほうでもいつまで誤魔化しが利くか…今後のことを考えたら……籍さえ入っておけば、或いは他の者たちが守ってくれるかもしれない…この場合は二公子の名誉のほうを。出来れば外の人がいい。遠方でも…籍さえ入っておけば…」

 言っている本人の声が上擦った。顔を覆った、横筋の入った爪が白くなっていた。

「縹さん…わたしは、」

「それとも、ボクと結婚するかい」

 彼の癖だった偽悪的な笑みを薄い手から出し、冗談混じりに彼は言った。

「それでも、」

「情を捨てろと前に言ったね。忘れてくれているならそれでいいのだけれど。君は君のままがいい。変わっていくのならそれも…」

 重荷になっている。(しがらみ)だ。弱くなったまま置かれた掌を潜り抜ける。

「考えておきます」

 縹はうん、と小さく返事をした。極彩は退室し、細長い箱を暫く眺めていた。


 秋はすぐに夜が訪れる。四季国と同じだった。気温も下がったために厚着するように上着を持たされたが色街は蒸し暑かった。上着を脱ぐ必要もあった。目に痛い鮮やかな光の中を歩く。真上は眩しいほどだが足元に落ちる影は濃い。迷う様子もなく極彩は、空咳や呻き声、くぐもって聞こえる嬌声を通り過ぎていく。半身の肉を削がれた人間を模した人形看板が彼女を迎える。落ち着いた内装だが端々に首を吊った人形や、腹に包丁を模した部品が刺さったぬいぐるみ、骸骨の置物などが飾られている。受付のもとに行くまでに不自然な方向に首の曲がった着せ替え人形が観葉植物の鉢植えに置かれていたりなどした。胸に簪が刺された男の子のぬいぐるみが受付の殺風景な台の中心で受付人然としていた。話の通じそうな受付人は互いに顔が見えないようにされた仕切りの奥に立っていた。気配がないために極彩はびっくりした。不気味な雰囲気に似合わない、落ち着いていてどこか色気さえ醸している声で指名料や種類ごとの料金の説明が始まる。極彩が一見の客だと瞬時に見抜いていたらしかった。上質な革製の便覧を渡される。分厚く、重かった。内容は、大雑把な備考と戯れの許容範囲などが記された従業員の写真一覧だった。ろくに目も通さず突き返す。

「身請けをしたいのです」

 相手に驚く素振りはなかった。受付人は黙り、分厚い便覧を下げた。誰を見受けしたいのかと問われる。しかし答えられない。冷やかしではないのだと強調し、すでに査定した首飾りの額を伝える。朽葉から託された短剣よりもわずかに下回っていたが、何となく聞いていたがそれとなく訊ねた身請けの平均額は大きく越えている。受付人は暫くお待ちくださいと言って奥へと消えた。十数秒と経たずに戻ってくる。

 申し訳ございません。当店ではそういった制度はございません。

 受付の者は変わらない口調でそう告げた。

「そうですか。ありがとうございます」 

 ねぇ、何しに来たの。二公子と結婚すればいいんじゃないの。

 秋などまるで嘘のような、けれど夏とも違った熱気の籠る外へと出る。屋外を満たす粘っこい甘い香りがさらに不快感を煽った。

耐えられるでしょ?国を思い出しなよ、あの人のことも。屈辱なんて。

どうするか考えながら色街を歩く。前方から来る者たちに警戒しながら、結局他の店に寄る気が起こらず、店とは違うらしき建物と建物の狭間の暗闇で少しの間身体を冷やしていた。息は白いが身体は暑く、しかし指先は冷えている。弦楽器を掻き鳴らす音が微かに聞こえた。色街から外れた小通りに繋がる道を誘われるように辿る。外灯が長い間隔を空けてぽつぽつとあるだけの薄暗い道で時間帯もあり人通りは少ない。演奏を追う。知らない道だ。土地に大きな高低差があるらしく、音の主はその下にいるらしかった。鼻歌が一緒だった。外灯の下に出る。腕を掴まれた。それを認識したと同時だった。

「極彩殿。斯様な場所で何をされている?」

 弦楽器とは反対の方向から疎ましい城の声だ。

「……性を漁りに、以外に色街近辺に用があるとでも」

 藤黄の姿が薄明りに照らされ、明確に落ちる凹凸が威圧的な彼の顔立ちをさらに厳格なものにさせる。叱責も無駄だとばかりの呆れた様子で極彩の細い腕を掴む岩石のような手が拘束を強める。

「藤黄殿もですか」

「断じて違いまする。仕事中に貴嬢のお姿を見かけましたゆえ」

 黙っていると、本当ですぞと念を押される。

「最近不埒な輩がこの辺りに跋扈しておりまする。羽目を外すのも結構ですが、慎まれますよう」

「そうですね」

 藤黄は極彩越しに弦楽器の音を見据え、眉間を盛り上げる。抵抗を許さない力強さで弦楽器と鼻歌の方角とは逆に引っ張られていく。

「若には秘しておきます。若の心配事を増やすのは我輩とて本意ではありませぬゆえな………いいですか、我輩は貴嬢のそういう軽率なところを好かぬ。ですが若は貴嬢のそういった奔放さをも好いておられるのだ。だが程度というものがありましょう。努々(ゆめゆめ)勘違いなさるな」

 返事もさせなかった。

「街まで送らせていただく。城までとはゆきませぬが。抑々(そもそも)、極彩殿にあのような場所は似合わいませぬ」

「似合う似合わないがあるのですか、色街に」

「上手く男を躱す術が愚直な貴女(あなた)にあるとは思えませぬな!」

 叩き付けるように言われ、極彩はもう何も喋らなかった。不言通りの明かりが見え始めると、周辺には兵たちが控えていた。武装している。繁華街に放り投げられる。

「いいですな、すぐに、真っ直ぐ、大至急城に帰ることです」

 ただならない様子だった。極彩の返事も聞かず、大きく溜息を吐いた藤黄は近くを歩いていた若者に声をかけた。

「そこの者、彼女を城へ。残りは好きにせよ」

「え、オレっち?」

 苦労の多そうな男は捻じ込んだのかと思うほど勢いで金を渡し、足早に去っていく。

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