1.8 後処理
「あ、魔法使いさーん!」
アスタが現場についた頃には戦いも終わっていたようで現場は落ち着いていた。三人が話しているところに向かって声を上げるとウェルはこちらの存在に気づき、遅れてあとの二人も気づく。
「アスタリアさーん!なんとか終わりましたよ〜!」
ゲレントに支えてもらいながら到着。騎士は多少汚れているものの無傷であった。一方死神は一切汚れずに服は純白に輝き続けている。
「死神さん...戦ってましたよね...?なんで汚れてないんです?」
「あぁ、これはねぇ、そういう服なのぉ。汚れないんだよぉ。」
アスタが死神の服を少し触るととても気持ちの良いサラサラとした生地に目を輝かせ、死神との会話に興じる。一方ゲレントは後ろの木によし掛かると楽しそうに会話をするアスタを横目に騎士と目を合わせる。
「こんなところまできてたんですね。しかもウェルと司令まで。」
「おい...いい加減その司令官全員司令と呼ぶのやめてくれ。何のための二つ名だよ。」
「おっと、これは失礼しました。将軍以外基本的に積極的な関わりはありませんので...司令呼びなんですよ。」
はじめにそんな会話で話を広げ、騎士が急に本題に入る。
「降格...最悪の場合剥奪か。」
「ご存知でしたか。」
他者から見れば理解ならない飛躍した会話であることは間違いない。ただ、この二人にとってはこの言葉がどれだけの重みを持つのかは言うまでもない。
「今はまだ報告は届いていません。おそらくはフリム様が。」
騎士はフリムの名前を知っていた。そしてフリムが動くことの重大さも理解していた。
「ともかく、ここにいて兵士に見つかるのは御免だ。我々はすぐに戻る。」
「魔獣は、ラタトスクはどうなりましたか。」
騎士は細々な説明を嫌っていてとても簡単な言葉で話を終わらせた。「逃げられた」と。
そう言って騎士は魔法使いのウェルを連れて帰っていった。死神はと言うと、まだ部隊が戻ってきていないからか、相変わらず楽しそうにアスタと話している。帰り際に笑っていた騎士と観察様を見るにもしかしたら楽しい感情を面に出すことが少ないのかもしれない。
「指揮官、そろそろ帰りましょう。ここにいてもしょうがないですし、死神様も陣へ。」
アスタは帰ると言われてしょんぼりしていたようだったが、死神が乗り気なようでアスタを再び支えて陣へと戻る。話していて精神的に落ち着いたかな。彼女の帰り道の足取りは少し軽かったような気がする。
気づけばアスタはぐっすり寝ていた。疲労困憊だったのだろう。陣に戻って夜がやってくる。それと同時に死神と話しながら少しずつ意識が遠のいていたようだ。
「ゆっくりお休みください、アスタリア指揮官。」
陣も少しずつ炎が消え、気づけば月の光が道を示している。
「ねぇ、なんでここにいるのぉ?ゲレントぉ」
「死神様...いえペルキア様。起きていらしたのですね。」
皆が眠ったあとだと思っていたのに、後ろには死神様が立っていた。不覚だ。注意を払っていたはずなのだが、やはり上位存在には敵わない。
「それはこっちのセリフだよぉ。なんであの結界の存在を知ってるのかなぁ?」
「そ、それは...」
ゲレントの声が籠り、表情が少しこわばる。気づかれないと思っていたのか。否、それは違った。気づかれないと思い込んでいただけだ。上位存在にとって簡単に気づくこと。それを自分の中では誰にも気付けないと勝手に思い込んでいた。たったそれだけのことだ。
「まぁ、騎士に聞いたんでしょぉ?それともウェルかなぁ」
「ウェル様ですよ。あの方はいろいろな情報を集めてますから。もっとも、ウェル様が私のもとへ情報伝達をする指示自体は...ルイド様でしょうね。」
ペルキアは「ルイドかぁ」と漏らすが、ゲレントのもとへその言葉が届くことはなかった。
「それで、何用ですか。わざわざ私がでてくるのを待っていたのでは?」
「そうだねぇ、とりあえずぅ、寒いぃ!」
どうやら会話しながら耐えていたようだが、限界に達したのかゲレントのテントへ駆けていった。配慮が足りなかったなとゲレントは少し申し訳なく思いつつテントへと戻る。
「ちょっとあったかぁい。」
ペルキアは( ´ー`)フゥー...と息を吐くがテントの中じゃ白くはならない。
「状況はぁ?君の本当の仕事はこっちでしょぉ?」
「はっきり言って最悪ですね。」
ゲレントは知る限りの情報をすべて話す。フリムの弟子であるアスタの命が狙われているかも知れないということ、今回の遠征に失敗したことが伝えられれば権限が剥奪される可能性があること、見たこと聞いたこと全てを話した。ペルキアを信頼しているわけではない。藁にも縋る思いの中で多少のリスクを背負ってでもペルキアを頼るほうが良いと考えたのだ。
熟考した後、ペルキアは静かに首を傾げた。
「なんでぇアスタリアって子を消そうとしてるのかぁ、それがわからないとどうにもできないよぉ」
「これです。」
ゲレントは一枚の紙を見せる。確かペルキアは文字が読めない。しかしこの紙なら理解はできるはずだ。
思った通り、ペルキアは紙を見てある程度理解したようで、「でもぉ」と言葉を再び始める。
「それだけならぁ、戦う理由にできないよぉ。」
ペルキアは先の通り文字が読めない。つまるところ十分に読み書きを学んでいない子どもだと言っても過言ではない。ただ、彼女ができないことはそれだけ。逆に言えば論理的な思考や判断能力などはゲレントと同じくらい、もしくはそれ以上と言っても良いだろう。彼女のIQが低かったとしても、それを戦闘IQで補っているから強いのだ。
「では、ペルキア様。一つお願いが。」
ゲレントはペルキアのそばへより耳元で要件を話す。ペルキアはすぐに理解するが少し不満そうだ。
「なんでぇ、私がぁ。」
彼女には合わない仕事だとはわかっているが、盤面を想定すれば彼女の配置はなんら不思議なことではないだろう。むしろ想定外をなくすためには最善。最高効率ではないが故障リスクを限界まで抑えているようなものだ。
「なんとか、お願いします!」
「まぁ、何も起きない可能性もあるわけでしょぉ?ならいいよぉ。」
なんともしまらないがとりあえず了承を得て一息つく。ペルキアは頷いた後、外をじっと見ながら星を見ると言って外へ出ていった。
「アスタリア指揮官、あなたは私が助けます。」
誰もいないテントの中で、ゲレントはそう決意し言葉を発した。
翌朝、アスタが目を覚ますと陣はほとんどが片付けられ、自分のテントだけが残っていた。どういうことか?世間一般的に言うのなら『寝坊』ってやつだ。しかしアスタには「疲れていた」という言い訳があるのでわざわざ追求されることもなく、起こしにきたゲレントに朝支度を手伝ってもらい外へ出る。
「いたた...」
まだ痛みは残るが幸い支えがなくても歩けるようになった。回りを見回すとそこには兵士、兵士、兵士。魔族の軍の兵士たちの姿は一切ない。最後にお礼をしたいと思っていたのに再び機会を逃し、今回こそは会いに行くこともできない。困ったものだ。
「死神さんに挨拶したかったんだけどなぁ〜」
「指揮官、その死神さんからお手紙ですよ...と言っても代筆だから言葉だけなんですけど。」
ゲレントは彼女に手紙を差し出す。開いてみるときれいな文字が並んでいる。だがそれと対照的に文章はあまりにも単調なものだった。
『アスタリアちゃんへ、私の服を褒めてくれてありがとう。また今度あったらお話しよう。』
短い文章でも彼女との絆を感じることができたような気がして心が躍る。
「指揮官、浮かれるのもいいですがとりあえず準備を。それと...くれぐれも余計なことは喋らぬよう。」
ゲレントの突然の言葉にアスタが緊張する。自分はなにかまずいことをしてしまったのだろうか。そう考えるとたくさん思いつく。
「許可のない魔族との交流。陣営に魔族を受け入れる反逆行為。王国が知れば何されるかわかったものじゃないですから、ね?」
珍しいゲレントの圧にアスタは小さくなって「ハイ」と更に小さく答えた。
「とりあえず...王都からの連絡を待つために陣を少し遠ざけます。森に近いままでラタトスクに襲撃されても困りますからね。」
怪我人のアスタに代わってゲレントの全体指揮が部隊を後退させ、一行は平野へと差し掛かる。
「平野に陣を構えようかと思いましたが...そこまでするならあそこのほうが良いですか?」
ゲレントがある方向に指をさしながらアスタに意思を尋ねる。その方向、ずっと遠くに都市が見える。アスタの住む街、ヴェラーテだ。
「行く!野営嫌い!」
なぜか知能が低下したアスタが単調にそう答える。ゲレントは思っていた通りという顔をして兵に指示をする。
そうして、兵士はヴェラーテへと入る。
アスタは陣の建設や怪我人などの把握を含め激務の中、ゲレントもそうした指示に追われ夕方になる頃には既にへとへとに。さらにそれから再びラタトスク討伐への戦略を練る必要がある。
「もう...むり...」
こうなったとき、二人が行く場所は自ずと決まるだろう。
「それで、ここに逃げてきたわけじゃな?」
フリムがそう言うとアスタは机に付けた顔をわずかに動かし頷く。疲れた彼女はあまり動かない。ルイドは奥で料理をしているから今話す相手はフリムだけ。ゲレントは既に奥の椅子で寝ている。夕食を食べる前に身体に限界が来たようだ...。
「まぁいい。それで...ゲレントに話は聞いておるか?」
記憶の中を粗探しすると、そういえば...と思い出すことがあった、と言っても今日の朝のことだ。忘れていて今思い出したなんて言ったら...想像したくもない。
「う、うん。オボエテマス」
「その感じ、今思い出したじゃろ。まあ良い。明日こっちに伝令が来る。それ次第でお主の今後が決まるぞ。」
「こ、今後?」
なんだかスケールがどんどん大きくなっている。ゲレントに指摘されたのはルール違反の話だったのに...いつの間にか私の人生が懸かっている...?恐ろしいというかわけがわからないと言うか...。
「はっきり言うなら、王国はお前がラタトスクの討伐に失敗したことをすごく怒るじゃろう。追放は免れん。だからこそ、伝える言葉は選ばなくちゃならん。魔族と触れ合ったどうこうなんて話じゃないのじゃ。」
決して魔族との触れ合いが許されるわけではなかろう。だが、それ以前にラタトスクという厄災の討伐に失敗すればかつての歴史のようになる...それを恐れているのは確かだ。ゆえにラタトスクをなんらかの方法で無力化するか討伐しなければアスタに未来はない。
「とりあえず寝ると良い。今からどうこう考えてもしょうがないのじゃ。終わったことは変えられぬ。」
アスタは黙っていた。彼女に何か声をかけるわけでも、励ますわけでもなく私は部屋を出た。
「で、どうするつもりじゃ。」
アスタが寝た後、起きていたルイドとゲレント、三人で会話を進める。アスタの処遇はもちろん、それ以外にもやることがある。もっとも、彼らを受け入れた時点でこの街も例外ではないのだろう。
「兵士の中に間者が紛れていた可能性があります。想定通り、情報が既に王国に伝わっていることを考えると、明日まともな会話をすることはできないでしょう。」
ゲレントのその言葉は今の私達の状況では非常に重たいものだった。この場の目的ははどうにかしてアスタの処分を回避すること。だが、ほとんどの希望が潰えた今、かすかな光を頼りに洞窟の中を進んでいくしかない。光に照らされない小さな鉱石を探すかのように、過酷な道を歩む必要がある。
「やはり人とは難しいな...。」
ルイドが息を吐く。彼もまた色々あったわけで、アスタを人一倍助けたいと思っているのだろう。
「ともかく、こんな調子じゃいつまで立っても結論は出ぬぞ。」
再び静寂が続く。全員が理解している———アスタを助ける術がないことを。間者がいなければ回避できた。魔族が現れていなければほんの少しの罰で済んだだろう。
例外が一気に積み重なった結果、術が無くなった。起きてほしくはない最悪が発生しているのだ。
「策は...ある。」
フリムがそう切り出した。ゲレントもルイドも驚いている。誰にもどうしようもない状況...そう考えていたのはフリムも同じのはずだ。だが、フリムは確かに策があると言った。
「あるが...大きな代償を伴うのは否定できない。」
フリムのいつもの口調が消え、彼女から余裕と優しさが消える。回りを纏っていた暖かな空気が一気に冷めていく。何がそうさせるのか...恐ろしい限りだ。
「ルイド・フォルテン、ゲレント・アブセンティノ。後は頼んだ。」
そう言い、フリムは外へと出ていった。
「...何をするつもりだ」
「命までは賭けるつもりはない。ただ、ここには戻ってこれない。それだけだ。」
フリムはこちらを振り向くこともなく、二人の引き留めに反応することもなかった。
彼女が去った机の上には、『アスタリア・リーベルに1週間の謹慎を命じる』という紙がおいてあった。
二人はそこで全てを理解した。
伝令とは...フリムのことであったことを。




