1.6 白い死神 上
かつて、人間と魔族はともに生きていたと言われている。だがそれも数百年前の話だ。
その当時は国という概念が生まれ始めた頃だ。魔族や人間なんて分類はなく人間として皆が生きていた。小さな村や街がお互いを支え合い、国の前身である共同体を形成していた。
その後国という概念ができ、人々の中から王を選ぶという制度が始まる。これこそが民主政であった。時には村の一介の農民が選ばれることもあったし、効率化を進め富を築いたものがなることもある。王の基準は様々であったので言ってしまえば誰にでもチャンスがあっただろう。
———だがそれが時には牙を向くこともある。
結果だけ言えば、民主政は200年ほどで崩壊することになる。王の座がいつしか血塗られた歴史の上に立っていたからだ。最後の数十年は特に悲惨だった。巨大な王国を纏める王にならんとするために対立候補を暗殺しようと考える輩も少なくなかった。現王を殺して自分が立とうとするものまでいた。結局民主政が失敗であったことが証明されたのだ。
当時の議会、議会と言っても選ばれた者たちのみが成る裏の議会は王を選別せずに一族で代々続けさせれば良いのではないか、ふとそう考えた。今から見れば馬鹿らしいのかもしれないが、民主制の最終期の王国はぼろぼろであったのでそれしか選択がなかったとも捉えられる。どちらにせよ、一族が継承する形の王権が定まったのだ。これが王政の始まりである。
だが、問題があった。
———そう、魔族である。
魔族は王政が始まる前に既に差別の対象となっていた。理由は簡単、民主政によって王となったものの中に魔族に強い恨みを持つものがいた、たったそれだけである。
王政が始まった年、魔族は民主政当時に決められた魔族を排斥するような法や律令を廃止するよう求めた。
だが、当時の王はそれを聞かなかった。利益であろうか、それとも単なる感情であったのか。
結果的に魔族と人間で大きな衝突が起こり、その衝突の傍ら魔族は別の大陸へと去っていった。
そしてその時、人族は『人間』、つまり単一の知性を持つ生物としての呼称を定め、魔族の存在を無き者にしたのである。
「ルイド様!ルイド様〜?ルイド様〜!」
「はっ...どうした?」
考えることに夢中になっていてすっかり周りのことを忘れ話しかけられたことに少し驚いた。
「どうしたじゃないですよ、もうつきましたよ!」
「あぁ、すまん。ありがとう。」
大人しくウェンディとともに馬車を降り、予定の場所へと向かう。
そこは森を見渡せる崖。右を見れば王国軍の陣地が、左の遠くには魔王軍が見える。そして中央には大きな塔が立っている。まさにそれこそがアスタに言った遺跡だ。
アスタの居場所をしっかりと確認しておきたいところだが...あいにく陣地の中までしっかりと見えない。森と平野の境界線、木々が生い茂り半分は隠れている。こうなるなら森側に陣を築くなと言っておくべきだったか。
「7時の方向に何かいます」
小さな声でそう言われ、とっさに気配を探る。確かに何かがいるが、動物か人間かまでは判別できない。
「あれに狙われる前に戻るか」
二人でそのまま崖を離れようとすると同刻、鋭い刃物が飛ぶ。とっさによけ、木を背にあたりを見回すが視認は出来ない。
「魔獣...ではなさそうですね。王国軍でしょうか?」
「の可能性もあるが...いきなり狙うとは考えにくい。魔族だろう。」
魔族は良くも悪くも血の気が多い。人間を嫌っているわけだから急に刃物が飛んでくるのも納得できてしまう。
木の後ろに隠れながら警戒していると、遠くに姿が見えた。白い、子どものような魔族がこちらを狙っている。その姿に俺は見覚えがあった。だが、話が通じるかは別。なにせ何年も会っていない。
「あれは...白い死神だ。」
ウェンディは少し考えて、俺が何を言いたいかを理解したようだった。
「なるほど、では私が受けましょうか?」
「頼む。」
二人でタイミングを合わせ、木の後ろから飛び出す。同時に白い死神が俺の方へまっすぐ突っ込んでくる。殺す気か。いや、殺す気なのか。
「人間、死ね」
「そうはさせませんよ!」
ウェンディがタイミングをぴったり合わせ剣で攻撃を受け止める。力は均衡しているように思えるが、片手の攻撃を全身の力で止めている時点で明らかに劣勢だ。こうなるとやはり言葉でどうにか対応するしかないだろう。彼女に話をしてもらう手もあるが、人間と一緒に生き、もはや人間になったかというくらいの彼女では魔族と言っても信じてはもらえないだろう。
「おい、ペルキア!俺だ、ルイドだ。」
そう白い死神———ペルキアに呼びかけると、彼女の剣にこもっていた力が弱まり、ウェンディの表情が軽くなる。
「うーん...だれ?」
「ペルキア様、将軍ですよ。覚えてませんか?」
ウェンディがそう言うとペルキアは考え始めた。記憶を探っているのだろうが、覚えられていなかっただなんて...少し心外だ。
心のなかで涙を流しているとペルキアは思い出したように表情をパッと明るくした。
「あぁ!しょーぐんかぁ!」
ようやく、思い出してくれたみたいだった。
『白い死神』。それは彼女についた称号。俺の『将軍』とは違い軍を率いるのではなく自らが軍と同じだけの働きをする。見た目も精神も幼いように見えるが、彼女の戦闘能力は抜群。魔王軍最高戦力の一人で、俺の部下のうちのひとりでもある。
纏う白い服は魔法によって色を変え、景色に紛れる。そして圧倒的な火力と速度で相手の気づかぬままに斬り伏せ、王国軍の一団を壊滅させるほどの力を持つ...なんて評価されているわけだが。
「しょーぐん!またあのパフェが食べたいぞ!」
実際はただの幼い少女だ。美味しいものに目がなく、過去には陣の食事がまずかったからと戦いの途中で帰ろうとしたこともある。あの時は無理やり引き留めたが、その後食糧問題は改善されたので功績と言っても良いだろう。
最も、彼女には弱点も存在する。
「ペルキア、思い出してくれたのは良いがウェンディにそんなに引っ付くんじゃない...。」
戦闘以外で動くことをひどく嫌うことだ。戦闘時には一瞬のうちに突っ込んでくるぐらいの狂犬ぶりを発揮するが、戦闘以外の気が抜けた場面では自分で動こうとせず、必ず誰かが連れて行く。生活でも最低限以外は誰かに引っ張ってもらうぐらいだ。
「ルイド様、良いんですよ。妹みたいなものですから。」
ウェンディは妹の世話でペルキアには慣れているようだった。不幸中の幸いというべきか。
とりあえず、ペルキアがここにいるなら話は早い。魔王軍と王国軍が鉢合わせる可能性を少しでも減らしたい今、魔王軍の中で一定の発言力を持つペルキアがいればラタトスクの討伐を優先することができるだろう。ということで頼んでみることにしよう。
「ペルキア、出会ったばかりなんだがお願いがあるんだ。」
「ふぇ?けっこんならいつでもできるよぉ。毎日美味しいご飯作ってねぇ」
誰だこんなこと教えたやつ...って言おうと思ったがこういう悪巧みが得意なやつは一人知っている。あいつのせいか。
「そうじゃねえよ。今魔獣討伐でこの森に王国軍がいるんだ。どうにか鉢合わせないようにしてくれないか?」
「良いけどぉ、僕の力じゃ人族の魔力はあまり感知できないよぉ?」
「それで良い。王国軍は魔法隊ばっかだ。何人かは感知できるだろ。」
ペルキアの弱点にして最強の能力。『空間透視』、人間や魔族、魔獣などが持つ魔力を魂と結びつけ空間上の生物を感知する技だ。彼女が持つ最大の能力であり、弱点を補うための最強の能力である。ただこの能力の代償として彼女の視力はすごく低く、手元を見るのが限界だそう。そのため敵も味方もマギオスコピアで認識している。今回は俺とウェンディが味方として認識できていなかったのが原因だったようだ。
「一回、やってみるねぇ」
そう言ってペルキアが能力を発動。彼女は少しずつ感知した味方の数を数える。それから東を向き王国軍の方を見て少しずつ数を数える。
「ひゃくぅ...ちょっとぐらいかなぁ?」
「まぁ、そんくらいだ。」
実際の人数は把握できていないが、前回の兵のうちの魔法隊のみを数えればおそらく正しいだろう。
「あれはぁ...色が違うのかなぁ?」
ペルキアのマギオスコピアが持つ特性、それは魔力を色で感じることだ。おそらく今の彼女には赤色の魂が見えているはず。それはおそらく...ゲレントだろう。
「あの人ぉ...魔族だねぇ。」
「ルイド様、内通者がいるのですか?」
「まぁ、内通はしていないが期待には応えてくれているからな。内通みたいなもんだ。」
ゲレントに出会った時からゲレントは魔族であるとほぼ確信していたので今更驚くことではない。むしろゲレンとが俺のことを魔族だと感じ取り要望を聞いてくれている今のこの状況のほうが驚きだ。
「んぁ...あれぇ...魔獣だぁ...」
ペルキアが向きを変えまっすぐ前を向いて何かを探っていたと思うと動きが止まった。
「ラタトスクぅ...見つけたぁ。」
どうやら森の中に潜んでいたラタトスクを発見したようだ。やはり魔王軍はペルキアがラタトスクを見つけることをわかっていたのだろう。
「ペルキア、陣に戻るのか?」
「うん、そうするぅ...王国軍のことはぁ、伝えとくねぇ...。」
そうして手を振りながらペルキアは崖から飛び降り、風魔法を使って空を飛びつつ陣へと戻っていった。その姿が王国軍に見られていないか気がかりだが、それは後回しだ。今は優先すべきことがある。魔法陣の発動だ。
「ではルイド様、我々も始めましょう。」
「行くか。」
ウェンディとともに崖をはなれ、近くの遺跡のような場所へと向かう。そこは石の祭壇のようなものがあり、魔法陣が刻まれている。
「ここが私が調べたかつての結界魔法陣のようです。これを使えば王国軍も救えるかと。」
意味深な発言はあるが、それは無視する。魔法陣の上に立ち、刻まれたそれを眺める。石造りの祭壇に深くしっかりと刻まれているその模様はとても美しいものだった。
「じゃあ、始める。」
『精霊の祝福』
そう唱えると魔法陣が淡い緑色の光を発し、空へと一本の光の柱が進んでゆく。その柱はやがて空の一点で弾け、あたりを覆う結界を生成する。この結界は俺と相当な能力者以外には見えない魔法だ。年月を遡ればおそらく100年より前の代物だろうが、こんなに実用的な魔法がなぜ継承されなかったのかは疑問だ。
他の場所でも使って魔獣討伐に貢献したいところだが、祭壇がなければ出来ない以上、ここ以外で使うことはできないだろう。
時間が経ち、十分な魔力を魔法陣が吸収し結界が完成する。具体的な場所はわからないが魔王軍と王国軍の両方を包んだその大きな結界はラタトスクを閉じ込めるには十分だろう。
「はにゃっ!?空気が変わったぁ」
———遠くでそう呟く声は森の木々の擦れる音にかき消されていた。
「ふぅ...おそらくはこれで大丈夫なはずだが。」
「ルイド様、ありがとうございました。私の魔力量が足りないばっかりに、負担を押し付けるような形になってしまって...。」
ふとウェンディの方を見るとあまり良い表情はしていなかった。てっきり笑顔で感謝されるものだと思っていたが。
「いいさいいさ。適材適所。俺にとって得意なことがウェンディにとって苦手だっただけだ。もっともこの魔力もウェンディがここを見つけてくれなかったら無駄になっていたわけだし。お互いに頑張ったってことで、な?それでいいんだよ。」
ウェンディは静かに頷いた。まだ暗い表情は晴れていないが、それでも少しは明るさを取り戻していた。それでいい。彼女は笑顔が一番似合う。
「さぁ、やることは終わったんだ。あとはアスタに任せよう。」
「では、ルイド様は戻られますか?それとも...」
俺が目配せをして頷くとウェンディはすぐに理解してくれた。再び崖へと向かい下を眺めると既に王国軍の陣地は空。ラタトスク討伐のために森に入ったと考えていいだろう...だが、何かがおかしい気がする。音がしない。戦っているのならば少しぐらいは声が聞こえるはず。魔王軍はペルキアが出陣を渋っていると考えれば不思議ではないが、まぁまぁの人数がいる王国軍が討ち入って音がしないというのはおかしい話だ。
「ルイド様、出番のようです。これを。」
ウェンディは双剣——闇氷と焔耀を渡す。双剣が収まった装備をそのまま身につけ、そのまま剣を収めていた鞘の部分が全身を覆う白銀の鎧へと変化する。
「俺の手が届く範囲なら俺は手を伸ばす。行くぞ。」
「御意。」
俺が纏う空気が変わるとともにウェンディの雰囲気も変わる。そして俺のバイザーのように顔を隠す面をつける。
「久しぶりです...こうやってルイド様と戦いに向かうのは。」
「もう二度とないかもな...まぁそうは問屋が卸さないってやつか?このまま魔獣がポンポンでてくるようなら無理そうだが...。」
ちょっとした小言を挟みつつ標的をラタトスクに定める。今のところ姿は確認できないが王国軍の姿が見えないところを考えるに森の中だろう。
———さぁ、行こう。世界を護る戦いへ。




