1.4 空はまだ晴れない
「よっ、また会ったな。相棒。」
「誰が相棒だよ!」
「あれ、相棒じゃなかったかな?」
ほんとに来やがった。
「ところで店はどうしてるんじゃ?」
「アスタが引き受けてくれたよ。たまには私にも店番させてってさ。」
「はて、アスタに料理なんかできたかな?」
「できるさ。レシピは全部書いてある。」
「なるほど、お主わざわざアスタのために...。」
「アスタのためじゃねえよ。どちらかって言うと、あいつのために作ったやつなんだ。」
あいつのために...か。思えば、あいつは料理が得意だったな。もともとここは俺の店じゃない。あいつの店だ。今思うとあのレシピはいつか来るであろう俺の家族のために...なんて考えすぎか。
「まだ、忘れられてないと言ったが、なぜだ?」
「何故も何もねえよ。俺をこの街に引き留めたのはあいつだ。料理を教えたのもあいつ。この店を作ったのもあいつ。全部あいつがやったことだ...俺が成し遂げたことなんか一つもない。」
「そうか?少なくともあの時から数年が経っているのにこの店は繁盛してると見えるが?」
「ずっと通ってくれている人も多いし、そういう人たちが新しい人をどんどん呼び込んでるんだよ。」
「そうか...。」
フリムはどこか不思議な表情だった。
「昔、アスタに聞いたことがあったんじゃ。なぜあの街にずっと住むのか、と。そしたら帰ってきた答えは『姉がまだ生きているような気がするから』だと。この店に通っているのもお前が半分、もう半分の理由はおそらくそれじゃろう。そのうえで聞くが、お前は本当にこのままでよいのか?」
「このままでいいか、だって?何が言いたいんだよ。」
「ずっと引きずり、苦しんでいるだけで。アスタに対して真剣に向き合うこともしない。アスタに入れ知恵をしておいたんじゃが、お前おそらくアスタがユリシアのことを聞いた時、知らないと答えたじゃろ?そういうとこじゃ、お前がいつまで立っても成長しないのは」
「俺は、アスタに憎まれるべき人間なんだよ...。」
「最後の最期にユリシアのもとから去ったからか?」
「あぁ、そうさ。」
「でも、あれは仕方のないことだったのだろう?ユリシアの状態を考えれば、お前が関わるのは逆効果だったかもしれない、違うか?」
少しずつ、フリムの口調は真剣味を増してきている。冷静に、そして常に痛いところをついてくる。
「俺は仕方ないって言葉が一番嫌いなんだ。ユリシアが死んだのは俺のせいだ。そしてあいつのもとに最期までいてやれなかったのも俺のせいだ。だから、俺はアスタに自分の素性を打ち明けることはしない。彼女を傷つけたくないからだ。」
「ほう...まったく、面白いのう。」
それからフリムは特に俺のことについて何か突くこともなく、店へと戻った。俺も店へと戻ると、アスタがあたふたしていた。
「ルイドさん!あの〜野菜の場所ってどこかわかりますか?わかんなくなっちゃって!」
「まったく、困ったものだな。」
「おいフリム!お前は店員じゃないだろ!」
「“元”店員じゃ。なんとなくは覚えておる。」
そっから何故かフリムも厨房に立って三人で料理を作ることになった。と言っても、アスタはしばらくの間配膳ばかりやっていたが。
「お前、まだできたんだな。」
「当たり前じゃ。お前らがいない間、どれだけ苦労したことか...。」
「あの時はすまなかったって、何度も謝っただろ」
「謝って済むなら今になって言わないのじゃ」
小言を挟みながらも順調に料理を進めていくフリム。やはり元店員なだけはある。さすがだ。俺よりも手際が良いかもしれない。
「アスタ!店の看板、ひっくり返しといて。」
「は〜い!」
「ふぅ...久しぶりにこんなに働いたわい。」
夜になり、店は閉店時間に。最後のお客も帰って、今日の業務終了。
「というかお前、今更だけど仕事、大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃないぞ?なにせさっさと帰るつもりだったのに入り浸ってしまったからな。」
「やべーじゃんそれ!」
「まぁまぁ、大丈夫じゃ。アスタの休みは伝えてきたし、今日は訓練だけだから部下だけでも進むじゃろう。ところで、これだけ働いたのだぞ?少しぐらい...ナ?」
「金はないぞ。飯しかない。」
「相変わらず、この店は貧乏じゃのう。まぁ良い。夕食まで入り浸ることにするわい。」
夕食は俺が作ろうとしたところをアスタに止められ、成り行きのままアスタが担当することに。
アスタは時間にさえ負われなければ完璧な料理が作れる...いわゆる...何だ?
まあ、マイペースなら完璧ってことだ。
「はい、夕食のビーフシチューです!」
フリムはとても美味しそうに食べていたが、はて、お味は。
「うん、美味い。具材が柔らかくなって食べやすいな。」
「ちゃんと夕方あたりからじっくり煮込んでたんですよ!」
「そうか、あの鍋はそういうことか。」
アスタが嬉しそうに頷いた。俺が使ってないのになぜか鍋が一つずっと火をかけっぱで置いてあったのはそれだったんだな。
「これじゃ!これじゃ!懐かしい味じゃ!」
フリムのやつ、ユリシアの味を思い出して泣いてやがる...。ドン引きされるぞ。
「そういえば、伝え忘れておったんじゃが...アスタは来週から遠征じゃ。」
「え?そうなんですか?」
「今日伝える予定だったんじゃが、そこのバカ店主からアスタが休むって連絡が来たのでな。すっかり忘れておった。今度は西の果てにラタトスクが現れたようじゃ。」
「ラタトスク...ってなんですか?」
ラタトスク、それは小さなリスの名前である。無論、魔獣としては凶悪な部類だ。前回の戦いでスコルは量、ハティは質であったことによって苦戦したのはいい思い出?だが、ラタトスクはハティの上位互換とも言える存在。『究極の質』である。
「ラタトスク...かつて森に住む小さなリスが人間の負の感情と呪によって強い毒と呪を得た代物だ。西の町ではしばらく目撃情報がない...って話だったが。」
「ここ最近死亡事例が発生したのじゃ。それで、前回の功績によりアスタが抜粋されたわけじゃ。無論、お前は留守番じゃ、ルイド。」
「えーっと、ルイドさんは私について来れるようになったんじゃないんですか?」
そうだ。あいつの下へ言った時に俺の正体を公にせずに動けるよう手を回してくれると言ったばかりじゃないか。
「今回の魔獣はちと深刻でな、一歩間違えば市街地に侵入する恐れもある。ゆえにルイド、お前はここで留守番、ヴェラーテの警備じゃ。同様に周辺都市には指揮官を配置しておる。ここならお前でも十二分に務まるじゃろ。」
つまるところ、俺をヴェラーテに配置し、アスタを直接討伐隊として向かわせるってことか。
危険すぎないか?一歩間違えば毒で殺される可能性もある。
「アスタ、少し席を外してほしいんじゃが...」
アスタは素直に従って外のテラス席へと座った。まだひんやりはするが寒くはない。そのままフリムは口を開いた。
「お前は呪の専門家じゃが、あの一件がある以上前線には出せんよ。それに、いくらわしとて上の命令には背けん。首を飛ばされたくないのでな。まぁ、安心せよ。アスタの部隊にはしっかりと装備と治癒魔法の使い手が派遣される予定になっておる。もし心配になったら向かえば良い。」
「そ、そうか...。」
「ところで、お前の後ろにおいてある剣はユリシアのものか?」
「あぁ、そうだよ。あいつの唯一の形見だ。」
「そうか。もしかすると、近いうちにその剣を抜くときが来るかもしれないのじゃ。」
ユリシアの剣、この剣はあいつとの唯一の思い出であり、あいつと繋がっていることを実感できる唯一のものだ。あいつの物は最期のときにほとんど実家へ送り届けてしまったから。
「あの剣を抜く時は、俺が復讐を誓うときだ。そんな時、来ねえよ。」
「ふーん...そうかそうか...。」
「もしかすると、その時が...来るかもしれんのじゃ。」
フリムは去り際、こういった。まったく、どこまで本当のことを言ってるのかわからない、不思議なやつだ。だが、信頼できる。正直言って、自分でもよくわからない。
「師匠と何を話していたんですか?」
「懐かしい思い出の話さ...この店ができたばっかりのころの。」
「師匠とルイドさんは長い付き合いなんですね!」
「まぁ...そんなとこだよ。さぁ、アスタ。片付けしてもう寝よう。」
「はい!」
懐かしい。ただ懐かしいその景色。同じ言葉なわけじゃないし、同じ行動なわけじゃない。
ただ、少ない会話に面影を感じて。
次の日。朝から作戦会議。ついていけないのはもうどうしようもないので、せめて戦略ぐらいは模索しておこう...というのが建前。
「ラタトスクは触れるだけで死にかねない危険生物だ...対処法は遠距離攻撃。」
ラタトスク...以前見たことがあるが、あれはレベルが違う。素早く、小さいので狙いづらい。その上に遠距離攻撃持ちだ。
「毒を持っているって言ってましたけど...それなら解毒を使えば十分戦えるのではないでしょうか?」
「あれの厄介なとこはそこだ。一般的な解毒魔法ではあれは解毒できない。相当な使い手じゃなきゃな。」
呪毒。それは毒ではなく、呪い。解毒魔法でも一定数効果があるが、あそこまで濃縮されたものでは効果はないに等しい。
「あれとの戦闘では常に攻撃を受けない戦い方をしなきゃならない。ゆえに、遠距離攻撃だ。ゲレントだったか?あいつを連れて行くと良い。」
「ゲレントが遠距離攻撃に関係あるの?」
「あくまで俺の想像だが、あの兵士は魔法に精通している。使えるかはわからんが。」
そう。あの時。俺が西門で魔法を使ったあの時。確かにゲレントは言った。
『恐れるな!進め!』と。
彼は確実に理解していた。俺の炎魔法が延焼しないことを。
「ゲレントは魔法を理解している。戦略も理解している。あれを補佐官として連れていけば、全滅することはないだろ。」
「全滅って...そんなに危険な戦いなの?!」
「当たり前だ。今回の魔獣は理由が違う。そもそも、兵士を派遣して狩るような魔獣じゃない。本来なら最高戦力で狩りに行かなきゃならん代物だよ。」
「そんな戦いに...私は。」
「アスタ...今回はこの前よりも厳しい戦いになるぞ...覚悟しておけ。」
「私なんかに...務まりますかね...。」
アスタの表情が暗くなる。当然だろう。アスタは一介の指揮官。多く経験を積んでいるわけでもなければ、地位が高いわけでもない。あの一件で評価が上がり、任される...なんてわけがない。
その後、アスタに戦略のすべてを教えると、不安そうにしながらも彼女は王都へと出ていった。本当なら励まして送り出したいところだが、そうは行かない。
「アスタ...お前の師匠のとこに行く。ついてきてくれ。」
とくに理由を聞くわけでもなく、アスタは案内してくれた。
その後、アスタは仕事なわけで、一応励まして送り出した。俺はというとあいつの師匠...フリムの部屋へと入る。門番はすんなりと通してくれた。
「フリム、どういうことだ!」
「おぉ、やけに早い再会じゃな。」
「呑気にしてる場合じゃない。なぜあいつにラタトスクの討伐任務が入る!」
「気づくのが遅い...お前もだいぶ衰えたようじゃな。」
なぜこいつは正気でいられる。アスタの命が狙われてるんだ。黙っていられるか。
「アスタのような一介の指揮官にあれの討伐任務が入るというのはありえねぇ、つまりあいつは勝てない戦に送られるってことだろ!」
「...そうじゃな。わしですらまともに得られん任務じゃ。アスタを上級司令官にしたいのか、あるいは殺したいのか...おそらく後者じゃろう。」
こいつ...フリムですら意見できない立場の人間が決めたとするならば...。
「まだ...恨んでいるのか。」
「あぁ、おそらくな。もしくはラタトスク相手にあれを出したがらない可能性もあるがな。」
「なぜだ!魔族には全てバレている。情報収集能力じゃ人間は絶対に勝てねぇ。」
「あれだけはバレておらんよ。切り札を出したくないのじゃろう。来たる日のために...最後の戦争のためにじゃ。」
「そのためにアスタが犠牲にならなきゃいけないのかよ!」
思わず激昂し、机を殴る。怒りのあまり魔法を纏ったその拳は、容易く机を真っ二つに破る。
「落ち着け。これはどうしようもないのじゃ。誰もあやつには逆らえんよ。ここで軍を連れてきてもしょうがないじゃろ。お前の望みのためじゃ、諦めるしかあるまい。それとも...お前じゃアスタは救えないとでも言うか?」
思わず何も言えなくなった。怒りにまかせてる自分がバカみたいで...後悔した。
俺は無言で部屋を出た。これ以上話していても無駄だという判断に至ったからだ。決してフリムが悪いわけではない。今回だけは相手が悪すぎる。




