1.2 花はまだ枯れない
「魔法隊は攻撃を継続!前の部隊は少しずつ後退しろ!怪我人の救出を最優先に!」
私が見てもわかるほど、明らかに劣勢だった。スコルの襲来に対し魔法隊は想像以上の働きをした。残党を前衛が狩り、それによって半分程度のスコルを討つことに成功したはずだった。
気づかないうちに、ハティが目の前までやってきていた。ハティの一撃により兵士数人が重傷、死人がでていないことが奇跡なぐらいだ。恐ろしい。ここまで戦況がひっくり返されるとは思わなかった。
魔獣側の想定通り、中央にいるハティによって中央が突破され、そこにスコルがなだれ込むことによって後ろの魔法隊は目の前の敵を掃討することを余儀なくされる。近ければ近いほど精度は上がるが、それでは意味がない。前衛は複数の魔獣に対して個で立ち向かい、それにより一人、また一人と倒れていく。
「くっそ...こうなったら。」
『発撃!』
その伝令はすぐに西門に伝わり、設置された大砲から大きな爆音とともに巨大な魔法弾が発射され、ハティへと命中、爆発した。
この手は使いたくなかった。そしてその理由が目の前で起きていた。
魔獣が吹き飛ばされ、前衛の兵士が魔獣の下敷きに、爆発による土砂の下敷きに、吹き飛ばされた兵士は重傷を負っている。その超火力から採用されている魔砲。複数人の魔力を媒介にしなければならないほど高コストなその砲撃は無論段違いのエネルギーを持っているのは当たり前。ただ、その強すぎる火力が味方を傷つける可能性がある。
それを考慮していたにも関わらず、しっかりと実行できなかったのは紛れもないアスタの責任としか言いようがない。
「全軍撤退!西門まで撤退!」
本当はやりたくない手だが、街を守るためだ。そう自分に言い聞かせ、撤退を選ぶ。これはすなわち敗北を認めることであり...連れていけない負傷者を置き去りにするということでもある。今なら助かるかもしれない。ただ、多くの民の命と天秤にかけた時、軽くなってしまうのだ。
「魔法隊は引き続き火力支援!前衛は前に出すぎるな!西門で防衛せよ!」
防衛、防衛、防衛。
防衛しなければならない。
何としても防衛しなければならない。
この街を魔獣に与えるわけには行かない...
でも
目の前の現実は
私の中に...諦めという選択を、絶望という感情を。
もう無理だ。諦めろ。犠牲を増やすな。そう問いかけてくる。
でも、街の人々はどうする?どれだけ避難できているかは正直わからない。戻る家は魔獣によって破壊され、その日暮らしを余儀なくされるかもしれない。
でも
でも
でも
でも............。
「またせたな!」
その声は私の後ろから聞こえた。直後、一点に対して集中砲火。そこにいた魔獣が一気に消し飛ぶ。
「全軍、諦めるな!お前たちの後ろには誰かの幸せがあり、お前らの前には倒すべき敵がある!」
「前の兵士は目の前のスコルを狩ることに集中しろ!魔法隊はハティだ!魔法隊の半分はスコルの数を減らせ!だいぶ数が減ってきた...ここが正念場だ!」
「店主...さん...。」
「そんな顔すんな。まだ負けてねえ。」
魔砲によって一度引いていたハティが再び前へ出てくる。そこに集中砲火をお見舞いしてやればあら不思議。ハティは少しずつ後ろへ引いていく。
「何も、同時に相手する必要はねえんだ。」
鼓舞された兵士が次々にスコルを狩り、狩り、狩る。
後ろの魔法隊もひたすら火力を浴びせる。
足元に魔法陣を展開。それから先程よりも多い7つの魔法陣を魔獣に向け展開。
『フレイム』
魔法陣から炎が放たれ、平野を火の海とする。魔獣たちは焼かれるが、如何せん平野は燃えるものがない。すぐに火が尽きてしまう。だが、それでいい。
「今だ!進め!」
前衛の兵士が一気に前へ。一気に魔獣を狩っていく。
既に戦いが始まってから4時間。そろそろ日も落ちる。
スコルを8割方狩り尽くしたところで、夜がやってきた。ハティが撤退するのを始めとして、スコルたちが戻っていく。いくら魔獣とて、夜では戦えまい。
つまるところ...一日目は我々の勝利だ。
夜、西の門の近くに簡素な陣が作られ、そこで休息を取ることになった。アスタが率いた軍勢の2〜3割が怪我をし、そのうち半分が重傷という悲惨な結果ではあるが、少なくともその犠牲が無駄であることはない。だが、アスタはそう簡単に受け入れられないようだ。
軍で残存兵数の確認と食料の準備をしていると街の人々が集まってきた。おそらくは避難していた人々が戻ってきたのだろう。我々を見るにすぐに顔色が悪くなる。そりゃそうだ。そこら中に傷だらけの兵がいるこの状態を見て、どんな激戦が繰り広げられたのか想像できたのだろう。
「指揮官どの!街の市民の方がお探しです。」
「どうしました?」
指揮官を呼ばれ、アスタがその場にいなかったので俺が代理として話を聞きに向かうと、そこには見たことのある人が...たしか街の商工業のトップのような立ち位置にいたはずだ。
「わしが話を聞いてきたんですがね、街の奴らが兵士の方々に差し入れをしたいと言うておりましてね...その許可を得ようと思ったんですが」
「あぁ...そうでしたか。こちらとしてもありがたい限りです。もちろん許可いたします。」
本当は指揮官の権限なんかないので簡単に許可を出してはいけないのだろうが...おそらくアスタは今まともに話ができる状態ではなかろうし、街の人々なら安心だ。
「では、今から準備いたしますんで、もう少しお待ちください。できれば炊き出しの食料も私たちの方で全てやらせていただきますんで、いただけますと。」
「はい、わかりました。えっと...食糧をこの方達に渡してください。炊き出しをしてくれるそうです。」
「了解いたしました。すぐに持ってこさせましょう。」
伝令兵?なのかはわからないが、その人の仕事は早かった。北で出会った時もそうだが、おそらくは知力が高い。言われたこと以上に物事を判断しているのだろう。
それはともかく、軍にあった食糧と住民たちが持参した食糧を合わせ、兵士たちに豪華な食事が振る舞われた。平時と比べれば劣るが、それでも戦場なら豪華と言って差し支えない。
その場にいる兵士がみな幸せそうに食事を楽しんでいた。戦ってよかった、街を守ることができたという実感を得られたのなら、それでこちらも満足というものだ...が、まだやることは残っている。
指揮官用の天幕、その中にはアスタがいた。
「入っていいか?」
「...うん。」
アスタは泣いていた。辛く苦しみ、ずっと独りで泣いていた。
「どうしたんだ、そんなに泣いて。魔獣は退いた。犠牲は出てたと言っても、死人は最小限に抑えた。不満か?」
「...私の判断が甘かったの!」
アスタは声を荒げた。自らの判断ミスでハティによる犠牲を増やし、そのハティを封じるために使った魔砲でも再び犠牲を増やした。確かに、痛みを感じるのは当たり前だ。それ以上に彼女を傷つけていたのは...俺の存在だった。
「店主さんが...店主さんが教えてくれるまで西門が脆弱なことに気づかなかった!ハティがいることにも気づけなかった!ハティを封じることもできなかった!指揮官になってからずっと練習して、訓練して、鍛錬したことが何もできなかった...前にいた大きな魔獣に判断が遅れて...」
彼女のこらえていたものが一つずつ溢れ、その全てが彼女を刺す針となった。
今の彼女にどんな人間でもミスをする...なんて言葉は逆効果だろう。
「ルイドだ。」
「...え?」
「俺はルイド。しがない店主だが、一応経験だけはある。」
「ルイド...さん?」
「俺から一つ言わせてもらうならな、泣くのは今じゃねえし、間違いだ。」
そう言われてアスタは少し驚いたような顔をしたが、その顔から哀しみは消えていない。
「確かに、お前の作戦でたくさんの犠牲を払ったかもしれないし、そいつらは犠牲になりたくてなりに行ったわけじゃない。ただ後悔はしてないだろ。」
そこから俺は少しずつ、彼女に言い聞かせるように話した。
「良いか?今日の戦いで重傷を負った奴らは確かにお前のせいでその怪我を負ったかもしれないが、だからといってお前を恨むか?」
「...恨むよ...だって私のせいだから。」
「正直な、今日は仕方ないところがいっぱいある。そもそも西の門は魔獣の大群を迎撃する作りじゃないし、スコルとハティが同時に襲来するし、大量にいるから北に抜けた魔獣を確認する暇もねぇ。しょうがないんだよ。人間の想定なんて軽く超えてくるんだ、あいつらは。だから、お前だけの責任じゃない。」
「私だけの...責任じゃ...ない...?」
「ああ。まずまず西の門の作りのせいだし、北の魔獣たちは西を助けに行こうとした兵士の奴らの早とちりだ。誰かの力量不足が戦線の崩壊を起こしたのかもだし、魔砲よりも使いやすい威力の武器を作らなかった上のせいにもできる。結局は考えようだが、少なくともお前が今責任を感じる要素はない。」
「というよりはだな...ここで責任なんか考えたってしょうがない。だって、まだハティもスコルも残ってんだから。なら、今考えるべきは明日の作戦だし、泣くのは戦いが終わってからでも良いだろ?」
「...うん。」
しまった、喋りすぎた。ちょっと困惑気味かもしれない。だが、これは俺が喋りすぎた責任とアスタが全然喋ってくれない責任で折半ということにしておこう。ともかく、アスタのメンタルケアは終了!
明日の作戦が現時点での最優先事項だ。
「店主さ...ルイドさん。」
「ん、どうした?」
「変なこと聞くんだけどさ...彼女とか奥さんとかいるの?」
「今はいないよ。」
「そっか。じゃあ、全部終わったらさ、一緒に美味しいケーキ食べようね。」
「はいよ。」
俺達の距離がぐんと縮まって、アスタが泣き顔のまま笑う。あれ、こいつこんなに可愛かったっけってくらい可愛く見えるその顔に、少し心を動かされたのは言うまでもない。
「はいはい、失礼しますよ〜炊き出しからもらってきたんですけど...って指揮官方?何をやってるんです?」
「あぁ!ただ明日の作戦を練っていただけだよ!」
「そうそう、別に変なこととかしてないよ!?」
「ふーん...まあ良いですが、ところで明日の作戦で提案があるのですが。」
指揮官の天幕の中に入ってきた兵士、ゲレントがそう言い、俺達はすぐに仕事モード?に切り替わる。
「明日の戦場ですが...平野を進軍するのはどうでしょうか?」
「進軍か...確かに後ろに兵士を残してさえおけばハティとの戦闘に集中できるな。」
「街への侵入のリスクも減らせるし...そうしましょう!ありがとうゲレント!」
ゲレントが少し微笑む。アスタをいつも支えているのは彼なのだろうか。
「いえいえ、私の仕事ですから...そういえば、この方は?私は今日初めて会った方なのですが大変素晴らしい指揮能力で。どこかの所属ですか?」
「いや、そういうわけじゃない。この街でしがない飲食店をやってるだけの一般人だ。ただ、昔から兵法に少し興味があって、それのせいだな。」
「なるほど...独学でそこまでとは、素晴らしい限りです!」
それからゲレントを含めた三人でしばらく軍議を進めた後、今日の負傷兵を含めて実働可能な兵の四分の一を西門に、魔砲を持って残りの兵力を全てハティ討伐へと連れて行くことが決定。
俺達はそれぞれ眠りについた。
翌朝、今日はいつもよりも遅く目を覚ます。と言っても、今日は朝からの戦いだ。正午には戦いを始めるつもりで準備している。それでも、いつも朝から準備をしている俺にとっては少し遅い時間になるのだ。
「全員聞こえるか!昨日の戦闘で負傷した兵を含め、前線で戦い装備の消耗が激しい者はここに残り、西門でスコルを迎撃せよ!残りの兵は魔法隊と魔砲を含めハティ討伐へ乗り出す!」
そうして正午まで3時間、軍は西門を出て、平野を進軍する。西門には指揮官代理としてゲレントを置いてきた。彼の能力なら簡単に迎撃を完遂するだろう。
いざ...決戦の刻。
二日目はほんのちょっとなんだけどm(_ _;)m一日目夜ってのもおかしいから許してね




