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1.1 陰陽の光狼

「で、どうしたんだい?」


彼女の前にシュークリームを置く。食後のデザートにでも、と試作したものだ。ちょっと失敗しているのはもちろん内緒。


「あ、ありがとう。うーんとねぇ...また魔獣騒ぎがさ」


それから話を聞いていると、最近彼女がよくうちにいるのはこの西の街ヴェラーテが狙われる可能性があるからだと言う。にわかには信じがたいが...。


「物騒だね...こないだもそんな話してなかった?」


「そうなの...あの時は南側だったけど今度は西側みたい。」


5ヶ月前、王都南側で激戦があったという話を聞いていた———お察しの通り、アスタが怪我をしたというのもこの戦いだ。大型の魔物が複数体出現し、南部の都市メヒ—ニャが陥落したという報せの後、大規模な軍が動いたという情報が流れていた。彼女の怪我もその伝手で知ったものだ。


シュークリームを食べながら、彼女の様子をうかがっているが、不自然だ。どこか怯えているような、どこか恐れているような。そんな顔だ。


「どうした?調子でも悪い?」


「いや...そういうわけじゃなくて」


このままの状態を続けてしまえば、彼女の中の不安は肥大化する。かといってこのまま何もわからずに他の話題に任せるわけにも行かない。だから、俺はあえて針を一本刺すことを選んだ。


「そういえば...足の怪我の原因も魔物に関係あるんだったっけ?」


「あれは魔獣だね...メヒ—ニャに出たやつ。力が強くてさ、ふっ飛ばされた時に着地失敗しちゃって。」




この世界には魔物と魔獣がいることは周知の事実だが、これらは明確に分けられている。普段人の住まない土地で生き、瘴気や操りによって街へと現れるものを魔獣と呼び、意図して作り出されたものを魔物と呼ぶ。つまり、メヒ—ニャの魔物は何者かによって南部最大の工業都市を陥落させるために生み出されたと考えるのが正しいだろう。無論、その何者かはほぼ一択だが。


「魔王か...」


「そうみたい。実際あのレベルの魔物は魔族じゃないと無理だよ——しかも、上級魔法使い。魔王の側近とかじゃないかなぁ。」


その言葉は重くのしかかる。俺を救い、あいつを殺した魔王。それだけで、それだけが俺の興味を引き立てる。



数年前、俺の店には一人の家族がいた。俺の作るケーキが大好きで、誰かを守りたいといつも願っていて、でもそれは叶わなくて。


目の前で幸せそうにデザートを食べる彼女を見ていると、どこか懐かしさを感じる。


「どこにあったかな...」


棚の奥を漁っていると、見つけた。彼女の前に地図を広げる。


「なんでヴェラーテの地図が?」


「秘密。それより、魔獣が現れるならおそらく西だ。」


地図を広げ西の門を指す。


そもそもヴェラーテの地形を考えれば魔獣の出現場所など簡単なことだった。


北には人々が往来する通りがある。道の両端に畑や牧場が広がり人々が定住している。


南には工業区があり、魔獣が入ったら一大事だ。


東にはご存知の通り王都への道がある。魔獣の生息地は北西。東で魔獣が出るわけがない。


「西以外ありえない。それに——西には広い平野が続いている。魔獣の出現地域にも一致するし、何より平野なんて大群が集まるのに絶好の土地だ。」


アスタはそれを聞いてなにか決断したようだった。久しぶりに見た、勇敢な目。その目はすべてを守りたいという強き目だ。


「店主さん、一緒に来てよ!これ、他のみんなにも知らせなきゃ。」


「すまないが...それはできない。俺は一般人だし...なにより信頼があるわけでもない。それに、あくまでこれは大群が集まる前提での話だ。小規模の群れが大量に押し寄せる場合もある。西側の防衛を強化しつつ、全方位を安定的に守るべきだ。」


「...わかった。行ってくる!」


ご丁寧に、シュークリームをしっかり食べきって皿まで片付けてから出ていった。




2日後、ヴェラーテに緊急避難が発令された。魔獣の大群が出没する可能性が高まっているため、ヴェラーテの住民はすぐに王都に避難するかヴェラーテ北部の都市シュリュッセに向かう必要があるそうだ。だが、問題は『確約された戦い』ではないこと。


いくら魔獣が襲ってくるからとは言え、生活を犠牲にはできない。たとえ今から避難して命が助かったとしても、その後の生活が保証されるわけじゃない。だからこそ、発令された報せは効力を持たない。


「集まって!」


街へ降り、散策していると聞き覚えのある声がした。ふと路地から通りを覗いてみると、そこにはアスタがいた。いつもの服装よりもしっかりと剣士の服を纏い、凛としている。


「明日の夕刻より、魔獣が襲来する可能性がある!ここから西に少しの場所で魔獣の大群が目撃されたそうだ。このまま行けば明日の朝に付く可能性もあるが、司令は地形や諸条件を考慮した結果夕刻以降だと判断した。ついては明日の正午、全軍を配置につける。西側は厳重警戒!その他方面は警戒後敵が発見されなければすぐに西側へと駆けつけよ!」


「「「「はっ!」」」」


普段俺と喋っているアスタとは比べ物にならないくらい、強く、冷静で、力のある声だった。やはり...いや、これ以上は必要のない思考であろう。


ともかく、こうしてヴェラーテ防衛戦は幕を開けた。




正午、街の上から見ても中央にほとんどの軍が集結、最終確認とともに大きな鼓舞が聞こえてきた。


戦いが始まる、その実感を与えたのは間違いない。ただ、違和感がずっと頭にはり付いて離れない。その違和感を気にするのは野暮だろうか。それとも、それこそがこの戦いのキーポイントなのだろうか。




二時間、三時間と時間がたっても敵は現れない。そろそろ日が傾き、夕刻になる。そう思っていたときだった。


机の上のコップに入った水が揺れ、家の中が音を立てている。はるか遠い西側から轟音とともに土煙が迫る。


来た。


すぐにテラスへ行き、状況を確認する。西側は土煙で様子が見えない。だがまだ門へ到達しているようには見えない。ただ、明らかに状況は深刻である。


「あの門じゃ...突破される。」


西側の門はあまり緻密な作りではない。魔獣の群れが押し寄せてきた場合に対応するための簡素な作りだ。ゆえに、あの量を捌き切れるかはいささか不安だ。


「とりあえず、西は任せるしかないが...前進した方が良さそうだな...あれは。」


『デア・フォーゲル』


この魔法は私が考案した中級通信魔法。相手の魔能力を問わずに魔力で生み出した鳥を媒介にして遠距離の情報通信を可能とする魔法だ。デメリットは魔鳥に何かが起きると使い物にならなくなるところだが...こんな時に考える必要はあるまい。




夕刻まであと少し、という時間に私は驚いている。アスタの言う司令の想定であった夕刻以降よりも早く、大きな土煙がこちらへ向かっている。


「全軍、迎撃準備!」


隊列を整え、全軍を整列。この西門でなんとしてでも迎え撃つ。私の後ろには街があり、人があり、幸せがあるのだから。


「アスタ!」


どこからか私を呼ぶ声がして、振り返るとそこには白い鳥がいた...というより、魔力で生み出された魔鳥がいるというのが正しいかもしれない。


「まさか...店主さん?」


「話が早い。軍を前進させろ!水平方向じゃ見えないかもしれないが、土煙は大きい。その門じゃすぐに守りきれなくなるぞ!」


あの店から見ているのか...やはりあの人は底が見えない。常に私の何歩も先に立っている。この戦いが終わったら、調べてみよう。あの人の素性を。


「全軍前進!敵は大群!この門では守りきれぬ!討ちにゆくぞ!」


皆の闘志が声に現れ、大きな声が何重にもなる。門に3割の兵力を残し、前進する。既に土煙は近づき、魔獣の姿が見えてきた。あれは...スコル。別名、太陽狼。太陽を喰らい、莫大な力を得た原初の黒狼がその力で生み出した魔獣の姿。群れをなし、大規模な戦には必ず名前がのる、災厄の一つだ。


「店主さん!今からスコルと接敵する。引き続き、監視をお願い!」


「了解した。あとアスタ、気をつけろ...ボスが居るぞ。」


その言葉を聞くと同時、土煙が割れ、中央に大きな狼が現れる。スコルとは違うあの姿...つまりあれはハティ...。


「店主さん!ハティ!月狼よ!」


「これまた厄介なのが...わかった。こちらから監視は続ける。無理はするな!お前が用意した兵たちが避難を先導して西側はあらかた避難が済んでいるはずだ!」


「おっけー!」


別名、月狼。太陽狼スコルとは対を成し、数ではなく圧倒的な質を持つ。数で全体を制圧するスコルと、個で全てを破壊するハティ。どちらも恐ろしい存在だが、そんなことよりもなぜその二大魔狼が同時に攻めてきているのかという点が最も考えさせられる。とにかく、今はそんなことはいい。目の前の戦いに集中しなければならないのだ。




「西側の圧倒的な量...耐えきれずに兵が流れた。」


魔獣の大規模侵攻により、西側は防衛を余儀なくされている。と言っても、防衛できているか怪しいラインだ。数が多く、質と量が手を組んだあの大群を止められるかは、アスタの技量次第だ。それ以上に問題は他の三方を防衛していた兵が流出したこと。はっきり言えば、西側以外が手薄になったことだ。


そしてそれが危惧される最もな原因———土煙が分裂し、一部が北側を回ったことはすなわちヴェラーテの陥落の危機を示唆している。


「狙撃は...ニガテなんだが...。」


テラスで魔法を展開。足元に魔法陣を展開し、北側の土煙の先に向け魔法陣を5つ展開する。


『スピア』


魔法の槍が魔獣めがけて飛んでいく。


「3...2...1......弾着、今!」


全ての槍が地面に突き刺さり、爆発。炎が魔獣を焼き尽くす。否、まだ足りない。


スピアを何度も使用し、魔獣を足止めする。その間魔鳥で西へ向かっていて兵士に北へ向かうよう呼びかける。この企みは無事に成功し、北の門に三方の兵力が集まった。


「聞こえるか。西では太陽狼スコルと月狼ハティが襲来し、軍が激しい戦いの途中だ。そしてスコルの群れの一部が北側から街へと侵入せんと進んでいる。それらを食い止め、この街を守れ!」


魔鳥を介し、兵を鼓舞する。兵にとっては見ず知らずの相手、それも顔を見ることすら叶わない。それでも目の前の状況を冷静に理解していると判断し、従う。アスタのもとにいる兵はやはり能力が高い...とでも褒めておこうか。ひとまず、遠距離の射撃では魔力を無駄に消費するだけ。私も下へ降りる。




「戦況は?」


「はっ!劣勢ではありますが今のところ街への侵入はありません。ところで貴方は...?」


「詳しい説明はあとだ。ここはアスタ...指揮官の代わりに私が指揮する。時間をかけすぎると西側の戦線の崩壊を招く恐れがある。迅速に終わらせるぞ!」


「御意!」


北へ着いた頃、魔獣の死体がそこら中にあった。兵を向かわせたことによって無事に撃退には成功していたが、決してそれで終わりというわけではない。あくまで最初の波を止めることができたというだけだ。


「全軍、前へ出よ。攻撃こそが最大の防御だ!」


兵を前進させ、第二波の魔獣を対処させる。スコルは強くはないが数が多い。そのためにも広い場所で広く戦うことが最重要の条件になってくる。


魔法隊を後ろに留め置き、魔法陣を展開させる。


「個で戦わず、隊で戦え。それぞれが狙いを定めるのではなく、範囲がどれだけ小さくなったとしても集中砲火を浴びせよ。残党を産めば前の部隊の負担になる。必ず仕留めきれ!」


「「「「はい!」」」」


良い返事だ。強い。




第二波が襲来した。私は魔法隊とともに集中砲火を浴びせる。数はおおよそだが西側の半分にも満たない。こちらは人数が少ないことを考慮すると割合は同じくらいだ。むしろ魔法の密度が下がる分時間はかかるだろう。


「無理に倒そうとするな!安全を最優先に、ただ後ろに漏らすな!」


本命は魔法攻撃。それならば、前の兵士がわざわざ斬り伏せる必要もあるまい。戦術とはどう倒すかではなく、どう被害を少なくするかの技なのだ。


北側で続く激戦、それは西側も例外ではない。無論、西側は想像以上の激戦が繰り広げられている。アスタが指揮していながら想定以上の負傷者を出し、ジリジリと門まで押し込まれている。


あと一歩...少しでも負傷者が出れば西側は壊滅する。



ここが山場である。

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