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「……殴ったんですか?」


 ギギギっと壊れたブリキのようにゆっくりとかを向けてくるララーにアレン王子は楽しそうに頷いている。


「手紙のやり取りの中で侍女のリシェが、元婚約者を殴った事件が一番衝撃的だった」


 アイリス姫も懐かしそうに微笑んでいる。


「そうよ。あれは凄かったわ」

「お二人とも、その話はどうか……」

 

 やんわりという私にベルベルト様は声を上げて笑った。


「リシェ嬢が殴った元婚約者は鼻の骨を折ったんだったね。あれは傑作だったよ」


 笑いながら話す内容でもないだろうにベルベルト様は楽しそうだ。

 アイリス姫もなぜか笑っている。


「あんな変な人と結婚しなくてよかったわ」


「そうですね。それだけは言えます」


 頷いている私の後ろがザワついている。


「男の鼻の骨を折るとかすごいな」

「そういえば騎士団長のお孫さんだったから、仕込まれているのか?」


「本当に婚約をしていたのね……」


 青ざめている騎士とララーとフェイナの声が聞こえて私はため気をついた。

 やっと噂が消えたところなのに、また言われそうだ。

 できれば触れてほしくない過去だが、アレン王子とアイリス姫が楽しそうだから仕方ないと私は諦めて運ばれてきた料理を2人に勧める。


「暖かいうちにどうぞ」


 アレン王子とアイリス姫はお互い楽しそうに食事をしているのを眺める。

 後ろに座っているフェイナとララーを含む騎士達は静かに食事しており、私たちとは関わらないようにしている様子がおかしくて思わず笑ってしまう。

 城のメンバーしかいない食堂は王子と姫の存在に気づいているが普段通り食事をしている。

 きっとアイリス姫は食堂にいる人全員が関係者だと気づいていないだろう。

 美味しそうにご飯を食べるアイリス姫を見て少しだけ切なくなってくる。

 これが娘を嫁に行かせる心境なのだろうか。

 ひっそりとため息をついているとベルベルト様と目があった。

 私に微笑みかけるベルベルト様を見つめていると不思議と寂しさが薄らいでくる。


「リシェとこうしてご飯が食べられるのはこれで最後かもしれないわね」


 ふとアイリス姫が私を見つめてきた。


「……そうかもしれませんね」


 お嫁に行くのはまだ先だが侍女である私とアイリス姫が同席してご飯を食べることは無い。

 年に数回昼間だが隠れて街にでむいてお菓子を書い城へと戻り同じテーブルについてお菓子を食べたことを思い出す。

 アイリス姫に言われるとせっかく薄らいだ寂しさが戻ってくる。

 グッと涙が出そうになり私は下唇を噛んだ。


「リシェ侍女長、この瓶の蓋開けてくれませんか?」


 涙を堪えている私に後ろに座っていたフェイナが声をかけてきた。

 ビール瓶の蓋が開かないようだ。

 栓抜きと一緒に渡されて私はフェイナを睨みつける。


「私じゃなくて目の前の狙っている騎士に頼みなさいよ」

「えーだってぇ、リシェ侍女長は騎士の婚約者を殴るほどの力があるんですよね?」


 当たり前のように言われて私は無言で栓抜きを使ってビールの蓋を開けた。


「わーありがとうございますぅ」


 渡されたビール瓶を手に喜んでいるフェイナに私は引き攣った笑みを見せる。


「あなたたち、状況をわかっていてよくお酒を飲めるわね」


「えっ?だって今日は騎士団長の奢りなんですよね。高いものを頼まないと損しますよ」


「遠慮という言葉を知らないの?」


 私が聞くとフェイナとララーは首を振った。


「だって、騎士団長が好きでお金を出してくれているんですよね?リシェ侍女長ももっと食べた方がいいですよ」


 当たり前の様に言われて私はため息をつく。


「気楽でいいわね」


 寂しかった気分が消えたのは良かったが、アレン王子とアイリス姫を無事に城まで送り届けるという義務を感じて食欲は湧きそうもない。

 パクパクとご飯を食べているフェイナとララーを見つめて私はまたため息をついた。




 食事を終えるとアレン王子はもう我が国を発つ時間だといって静かに食堂を出て行った。

 心配そうなアイリス姫にベルベルト様が微笑む。


「大丈夫ですよ。外にもうちの騎士がいますので、一応国を出るまでの安全は保証されています」


 アレン王子とのご結婚を反対している勢力を気にしているのだろう。

 アイリス姫は微笑んで頷いた。


 アレン王子が去った後ゆっくりと食堂を出る。

 夜も更けて空気が冷たくなっていた。

 食堂の外は人影はまばらで街も眠りについているようだ。

 アイリス姫はゆっくりと空を見上げると白い息を吐いた。


「綺麗な星空。こうして街で空を見上げるのもこれで最後ね。リシェとベルベルトと見られて嬉しいわ」


 5歳から侍女として共に過ごしたアイリス姫の言葉にまた私の心が震えた。

 ベルベルト様も私と同じ時期にアイリス姫の護衛騎士になりそれから数年かけて隊長まで上り詰めた。

 お互い隊長と侍女長という立場になるほど長い間アイリス姫の成長を見届けて来たのだ。

 涙を堪えている私を察してかベルベルト様が答えてくれる。


「そうですね。今日はよく晴れていい星空です、新月だからよく星も見えますね。あいにく星座は詳しくないのでロマンチックなことは言えませんが」


 微笑むベルベルト様にアイリス姫は軽く首を振る。


「ベルベルトにロマンスなんて求めてないわ。ただ、こうして過ごせて嬉しいって思ったのよ」

「私もですよ。アイリス姫」


 ベルベルト様の言葉に私は大きく頷いた。少しでも声を出すと泣き出しそうだからだ。

 私の様子に気づいたアイリス姫が可愛らしく声をあげて笑った。


「リシェは泣きそうなの?」


「違いますよ」


 そう言いつつ本当は涙を堪えるのがやっとだ。

 そんなな私の背中をベルベルト様に軽く叩かれた。

 私は気を取り直して笑みを浮かべた。

 


 




 

 

 

 

 

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