10
アイリス姫とアレン王子のお食事デートから帰宅して泥のように眠り起きたのは昼近かった。
「昨日は疲れたわ……」
娘のようになんて思ったことはないが、アイリス姫のお嫁入りが近づいているのだなとしみじみ感じた。
アレン王子とアイリス姫の2人を見ているといい夫婦になりそうだと安心もできた。
身支度を整えて居間へと向かった。
生あくびををしている私に母親が冷し視線を向けてくる。
「全く、いい年齢をした娘がいつまで寝ているの。もうとっくにお越しよ」
「……誰かいらっしゃっているの?」
母親に首を傾げる。
「ベルベルト様がいらっしゃっているわよ」
母親の言葉に眠気も疲れも吹っ飛んだ。
「な、なぜ?ベルベルト様が?」
昨日は夜遅くまで一緒にいたが、我が家に来るなんて約束をしただろうか。
驚く私に母親は平然としている。
「お誘いしたのじゃないの?バルダーお父様にお会いしたかったようだけれど……」
「あぁ、なるほど」
私は納得して頷いた。
確かにバルダーお爺様にお会いしたいと言っていた気がする。
「ずいぶん朝が早いわね」
私は呟きながら庭へと出ると、案の定お爺様とベルベルト様が剣を交えていた。
ギィンという剣同士がぶつかり合う音が聞こえる。
筋肉の塊のような大きなお爺さまとベルベルト様は何度か剣を交えてお互い満足をしたのか引き下がった。
二人は見ている私に気づいて近づいてくる。
「全く、休みだというのにいつまで寝ているんだ」
お爺さまの小言に私は肩をすくめる。
ベルベルト様は朝から爽やかだ。
「おはよう。昨日は大変だったからね、疲れは取れたかい?」
「おはようございます。まぁ、大変でしたね」
誰が聞いているかわからない手前、誤魔化して言うがお爺さまは鼻で笑った。
「どこぞの王子がやって来たんだろう。どうだ、二人の結婚はうまくいきそうか?」
「情報が早いわね。うまくいくに決まっているじゃない。お二人はとても仲がいいのよ」
私が言うとお爺さまはまた鼻で笑った。
「二人の問題よりも結婚を潰そうとしているきな臭い連中が動いているようだ」
「現役を引退したお爺さまがどうして知っているの?」
眉を顰める私に、ベルベルト様はにこやかだ。
「それについては対策をしてありますので問題がありません」
「ふん、どうだかな。お前のところの新人は大丈夫なのか?リシェの下で働いている新人はお前を馬鹿にしているそうじゃないか」
「大丈夫よ……多分」
自信がない私の返事にお爺さまはまた鼻で笑った。
お爺さまと話すのを諦めてベルベルト様に向き合った。
休日だからかラフな格好をしているかと思ったがいつの間にか上着を羽織っている。
「今日はお爺さまに会いに来たんですか?」
私が聞くとベルベルト様は少しだけ困ったように微笑んだ。
「まぁ、そうだね。リシェ嬢に大事な用事があるんだ」
「私ですか?」
驚いて思わずお爺さまを見つめる。
お爺さまは意味ありげにニヤッと笑うと剣を担いで歩き出した。
「おう、お茶を淹れろ」
「はいはい」
偉そうにいうお爺さまに返事をして、ベルベルト様を部屋にご案内をした。
客間にはベルベルト様、お爺さまそして私が座っている。
ベルベルト様は珍しくソワアソワと落ち着きなく私とお爺さまを見つめている。
お爺さまは咳払いをすると私を見つめた。
「前もってベルベルトから手紙で相談を受けて居たんだが、リシェに結婚を申し込みたいそうだ」
お爺さまのトンデモ発言に私は聞き間違いかと顔を顰めた。
「なんて言いました?」
ベルベルト様はぎこちなく微笑むと私を正面から見つめた。
「ずっと結婚を申し込もうと思っていたが機会がなくて……」
照れくさそうに言うベルベルト様はどうやら冗談を言っているわけではないようだ。
私にベルベルト様が結婚を申し込んだ?
とても信じられなくて私はますます眉を顰めた。
「あの、何かの冗談とかではなく?私、男をぶん殴って怪我を負わせるような女ですよ?」
婚約破棄事件から私の評価は可愛げがない女、もしくは怪物バルダー団長の孫娘だから暴力的だとまで噂されて居たぐらいだ。
そんな私に面白半分で婚約話が来たことはあったが、すぐにお父様とお爺さまが怒って断っていた。
それも事件から数年経てば婚約話もなくなり、30歳もすぎた私には結婚など無縁だった思っていた。
前に座るベルベルト様は騎士の中でも王族の護衛騎士隊長でエリートだ。
伯爵家の彼は若い子とだって結婚ができるはずだ。
むしろ若い女の子たちがベルベルト様と結婚ができないかと模索しているぐらいなのだ。
それがなぜ私なのだろうか。
不思議そうにしている私に、ベルベルト様はかすかに微笑んだ。
「正直に言うと、リシェ嬢には好意があったけれど婚約者がいるからと諦めて居たんだ」
「……そんなに前の話ですか?」
私が婚約をして居たのは18歳から20歳までの間だ。
ちょうど城で働き始めたのは18歳だからその頃のことを言っているのだろうか。
嬉しい気持ちよりも不思議な気持ちの方が大きくなり私はますます首を傾げる。
ベルベルト様は緊張感を持ったまま頷いた。
「その頃、あの事件が起きて。リシェ嬢は婚約破棄をした後だったし、すぐに結婚を申し込むことも出来ずにずるずるとここまで来てしまったんだ」
「はぁ」
私が生返事をするものだから、お爺さまは咳払いをすると間に入ってくる。
「男をぶん殴る力強いリシェに惚れたそうだ」
「いや、それがきっかけではありませんよ。あれも含めてますますリシェ嬢以外とは結婚したくないと堅く決意を固めてしまったんです」
ベルベルト様が言う言葉に嬉しいはずなのに、心がついていかない。
私はもういい加減いい年齢だ。
「あの、嬉しいお話なんですが……。ベルベルト様にとって利点がないというか申し訳ないというか……よくわからないというか……」
ボソボソ言う私に、ベルベルト様は困ったように微笑んでいる。
「俺は君と以外は結婚できないと思っているから返事は急がなくてもいいよ」
お爺さまはベルベルト様に頷くと私を見てくる。
「だ、そうだ。わしだって色々質問したんだぞ。リシェは歳も取っていて、とても嫁には向かないって」
本当のことを言うお爺さまの言葉に若干傷付くが本当のことだ。
困っている私にベルベルト様は話を続ける。
「アイリス姫がお嫁に行くのがいい時期だと思ったんだ。リシェ嬢も少しは俺のことを考えてくれるのではないかとね」
「そんな……」
確かに、あの事件から私の頭の中はほとんど仕事でいっぱいだった。
育たない新人、やっと一人前になってもすぐに結婚をして職場を離れてしまう。
そんな中で私がアイリス姫から離れるわけにいかないと気を張って居たのは確かだ。
ベルベルト様はそんな私の心をわかっていて今まで結婚話を持ってこなかったのだろうか。
「ゆっくり考えてくれればいい。僕はもう15年も時期を見て居たからね。死ぬまででも構わないよ」
そんなことを言うベルベルト様に私は戸惑う。
「でも、私は本当にお爺さまの影響で、きっと世間でいう暴力的な女なんですよ」
私の言葉に黙って聞いていたお爺さまの眉が動いた。
「軟弱な息子が全く使い物にならなかったからだ。孫娘を赤ん坊の時から鍛え上げて何が悪い」
ぶつくさ文句を言っているお爺さまを無視してベルベルト様は頷く。
「暴力的だとは思ったこともないけれど、強い女性が俺の好みだと言うことは覚えておいてほしい。とにかくよく考えてほしい」
「はぁ」
「まぁ、断っても何度でも申し込むけれど……」
ベルベルト様の呟きを私は聞き逃さなかった。




