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「アイラ様、フードを深くかぶってください」
翌日、日が暮れてから私とアイリス姫は城の裏口から出た。
街に出る時のアイリス姫の呼び名はアイラだ。
私達の後ろから普段着姿のベルベルト様も歩いてくる。
私とアイリス姫は簡素なワンピースの上にフード付きの外套を羽織っている。
アイリス姫の顔が見えないようにフードを直してあげると後ろを歩いていたベルベルト様が微笑んだ。
「可愛い姉妹に見えますよ」
「まぁ、本当?リシェと姉妹だなんて嬉しいわ」
花が咲いたように微笑むアイリス様に心が癒させるが今は姫様が街を歩いていると勘づかれてはまずい。
姫様の結婚をよく思っていない国の刺客がいるかもしれない。
警戒している私とは違いベルベルト様は気楽に歩いている。
「そんなに気を張らなくても大丈夫だよ。すぐそこが食堂だし。ほら、見てみなよ護衛騎士が意外と街に放たれているんだよ」
ベルベルト様の視線の先には確かに一般の人に扮しているが城で見たことがある顔がうろうろしている。
彼らもアイリス姫が街に出ることを聞かされて居ないようで、ベルベルト様の姿を見た後に私と一緒に歩いているアイリス姫を見て目を見開いて驚いている。
「みんな驚いてますよ」
「そりゃーそうだよ。言えるわけがない。アレン王子もやってくるって知ったらまずいだろ?偶然食堂で会うんだから」
私にだけ聞こえるようにベルベルト様は囁いた。
彼らは私たちの姿を見て顔を引き締めて軽く頷いてくる。
「どうやって彼らを配備したんですか?」
私が聞くとベルベルト様は肩をすくめた。
「無茶苦茶なんだけれど、騎士団長がお小遣いを渡してこの時間に食堂の周りをうろうろ歩けって命令したんだよ」
「なるほど。今回騎士団長は一体いくら使ったのかしら」
想像するだけで気の毒になるがベルベルト様はのほほんと笑っている。
「高い給料をもらっているから大丈夫だよ」
アイリス姫は嬉しそうに私たちを振り返った。
「突然外に出るなんて言われて驚いたけれど、今日は騎士団長のお祝いか何かかしら?団長の奢りなんでしょう?」
とても街の女性とは思えない上品さを醸し出しながらアイリス姫が微笑んでいる。
私も釣られて笑みを浮かべた。
「そうですね。団長から特別にお許しが出たんですよ」
姫様はまだアレン王子と会えることを知らないのだ。
私が言うと少しだけアイリス姫の表情が翳った。
「私がお嫁に行くからリシェとの思い出を作ってくれたのかしら」
あの団長がそんなことを考えて居ませんよと声に出そうになり私は静かに頷く。
ベルベルト様も同じことを思ったのか言葉を飲んで頷いた。
城から離れていない食堂へと入る。
綺麗な食堂は平屋建てで、広いホールの中にテーブルと椅子が並べられていた。
夜勤明けの騎士や、城で勤めている人が気軽に利用をする食堂だ。
私達が食堂へ入ると夜ということもあり薄暗く、各テーブルではすでにお酒が入り盛り上がっている人たちで席の大半が埋まっていた。
アイリス姫はおそらく初めてで見るであろう庶民の盛り上がりを見て微笑んでいる。
「楽しそうね」
フードを外して席につこうとするアイリス姫を私はやんわりと止めた。
「フードは外さないほうが……」
「そうだったわね」
上品に微笑んでアイリス姫が席についた。その両隣を私とベルベルト様が座る。
私達が席につくとすぐに、向かい側に同じくフードをかぶっている男性が座った。
金髪の男性は暗がりでも整った上品な顔をしている。
「アレ……「アイラ様、たまたまお食事が一緒になったレン様です」
驚いてアレン王子と名前を呼びそうになるのを私が制した。
アイリス姫は意図をわかってくれたようで頷いて微笑む。
「レン様。お久しぶりです、驚きました」
嬉しそうなアイリス姫にアレン王子も微笑んでいる。
「偶然この国による事ができて、時間が少ししか取れなかったから非公式で申し訳ない。どうしても会いたくて」
「嬉しいです」
ベルベルト様は二人を微笑ましそうに見つめてメニューを開いた。
「お二人がお幸せそうでこちらも嬉しいです。今日は騎士団長の奢りだそうなので、何を注文しましょうか。どれも美味しいですよ」
一般の食堂で王子と姫がご飯を食べてもいいのだろうかとハラハラする私にベルベルト様は指で厨房を指差した。
忙しく働いている厨房には城で働いている料理人が鍋を振っているのが見えて椅子から転げ落ちそうになる。
一体どこまで手を回しているのだろうか。
驚いている私を気にする様子もなく、アイリス姫とアレン王子は仲良くメニューを見ながら何を食べようか相談を始めた。
若々しい二人を微笑ましく見ていると、後ろから見知った女性の声が聞こえてくる。
「もう嫌になっちゃう。リシェ侍女長ってティーポットの水垢を細かくチェックしてやり直せとか言われるし、シーツだってシワがあるとやり直せっていうのよ」
「わかるよ。うちの護衛騎士隊長も剣だけじゃなくて礼儀作法までうるさくてさぁ。騎士なんだから多めに見てほしいよな」
若い男性の声と聞いた事がある女性の声が背後から聞こえて私はそっと振り返った。
後ろの座席に背を向けて座っているのはララーとフェイナと数人の若い侍女だ。
机を挟んで向かい合って座っているのはベルベルト様の部下の騎士たちだ。
まだ新人騎士たちが酒を手に上司の悪口を言っており、それに同調してララーとフェイナも頷きながら私の悪口を言い始めた。
「仕事に細かすぎるから結婚できないのよ。もう35歳でしょ、婚約破棄されたって話も本当かどうか怪しいわよね」
「婚約なんてしていなかったんじゃないのかしら?」
あははっと笑う二人を睨みつけている私に気づいたのか、同じように笑っていた若い騎士の顔が凍りついた。
私とベルベルト様に気づいて声をあげようとする若い騎士たち。
すかさずベルベルト様が振り返って静かにするようにとジェスチャーをする。
若い騎士たちは青ざめながらも頷いて、私とベルベルト様の間に座るフードを被った女性と向かいに座る男性を見て瞬時に何が起こっているの察知したようだ。
目を丸くした後に酒を飲む手を離した。
利口な彼らは酒を飲んでいる場合ではいと気付いたようだ。
自分たちがなぜ今回この食堂を騎士団長の奢りで食べることが出ているのか分かったようで背筋を伸ばしている。
「何?どうしたの?何かあったの?」
振り返ろうとするララーとフェイナに若い護衛騎士たちは慌てて止める。
「何もないよ!今振り返るとよくない。きっと驚いて心臓が止まるかもしれないぞ」
若い騎士たちが止めるのも聞かずにフェイナとララーは振り返った。
睨みつけている私と目があって笑みを凍り付かせる。
「あ、あら。リシェ侍女長がどうしてこんなところに。私達、護衛騎士の方々と飲み会なんですよぉ」
「知っているわよ。男を捕まえるんだって鼻息荒く言ってたものね」
不機嫌そうな私を察してかララーは引き攣った笑みを浮かべてベルベルト様を指差した。
「あっ、リシェ侍女長もデートですか?ベルベルト様となんて羨ましいですわ」
そう言いつつ、私とベルベルト様の間に座るフードを被った女性を見て驚愕の表情を浮かべる。
「ま、まさか「アイラお嬢様とレン殿とお久しぶりのお食事なの。邪魔をしないように静かに飲みなさいね」
アイリス姫と言いそうになるのを遮ってドスの効いた声で言うとララーは何度も頷いた。
レンと呼んだ男性をチラリと見てアイリス姫のご結婚相手の王子だとわかったのだろう。
ララーとフェイナは余計なことには関わらないでおこうと思ったのか光の速さで前を向いた。
私たちの会話を聞いていたアレン王子が上品に笑う。
「さすがアイラの侍女だね。リシェは強くて大好きだって手紙に書いてあったのを思い出しましたよ。確か、その婚約者が不貞を働き怒ったりリシェが殴ったとか」
「……あの、その話は……」
アレン王子は私の黒歴史を楽しそうに話す。
ララーとフェイナを含む私の後ろに座っている護衛騎士達には聞こえたようで一瞬の静けさが食堂を支配した。




