15
仮眠をとって夜明け前に起きる。
いつもなら静まり返っているはずの城の中は人々が忙しそうに動き回っていた。
昨日の事件は一部の人しか知らされていない。
夜明けとともにげっそりと疲れ切ったフェイナとララーが戻ってきた。
「大変でしたよ。クリスティーナのことをずっと聞かれて」
「覚えていないっていうのに、細かい所まで聞かれて……一睡もさせてくれないんですよ」
侍女室のソファーの上にぐったりと座りながら二人は朝食がわりのパンを食べている。
私はお茶を入れながら二人に渡す。
「こっちだって侍女が私だけになったから大変だったわ。準備は一応終わっているけれど、私たちのドレスの着付けと化粧や髪の毛をやらないと……。その後アイリス姫の準備をしてから軽食を取って調印式よ」
説明をする私に二人はうんざりしながら冷たいパンを頬張っている。
「姫様の下で働いたら、毎日楽しくて美味しいお菓子を食べ放題だって聞いたのに。全然違うわ」
泣き出しそうなララーにフェイナも頷いている。
「まるで私たちが犯人みたいに尋問されて。晴れやかな日なのに硬いパンが私たちの朝食なんですもの。辛いわ」
「仕方ないでしょう。主役はアイリス姫、私たちはそのお手伝いなの。それが嫌なら家に帰るのね」
冷たく言う私に、二人は顔を見合わせてため息をついた。
「リシェ侍女長。やっと分かりました。どうして城の侍女として働いたら良家にお嫁に行かれるか。王家の礼儀作法も身につきますけれど、体力と精神力がつきますね」
「そうよ。ちょっとしたことでは動じない精神。だからいいお嫁さんになるって言われているわよ」
自慢げに言う私を二人は冷たい目で見てくる。
「でも、リシェ侍女長は良家にお嫁に行っていませんよね。頑張っても報われるのかしら」
「失礼ね!ベルベルト様に求婚されているんですからね」
寝不足と疲労で思わず叫ぶ。
「あぁ、そういえばどうなったんですか?」
二人は思い出したようにワクワクした目を向けてくる。
先ほどまでは疲れ切っていたのに、元気を取り戻してニコニコと聞いてくる。
「まぁ、まだ決めかねているというか……」
口ごもる私にララーはパンを齧りながら不思議そうだ。
「どうして躊躇しているのかわからないんですが。いいお話ですし、ベルベルト様ならリシェ侍女長を大切にしてくれそうですし。家柄もいいし、私が結婚したいぐらいです」
「……私、結婚なんて歳でもないし」
思わず呟くと、フェイナとララーは声をあげて笑った。
「そんなこと気にしていたんですかぁ?年齢なんて関係ないですよ。自分の意見が一番じゃないですか?」
「時期もちょうどいいんじゃないですか?アイリス姫もお嫁に行くし……。リシェ侍女長がついていくなら別ですけれど」
ついていくんですかという目で見られて私は首を振る。
「そんなことできるわけないじゃない。私の家が許さないわよ」
「ですよねー」
二人は満足そうに頷いた。
「とにかく、今日は身を引き締めて警戒をしてね」
私が言うと2人の笑顔が引き攣った。
「そうれはどう言うことですか?」
「伏せられているけれど、クリスティーナの彼氏でディオンの後ろには間違いなく大きな存在がいるわ。姫様の結婚を潰そうとしているようなのよ」
「まさか、今日は大丈夫ですよ」
「分からないでしょう。何があってもまず守るのはアイリス姫よ。アイリス姫を守っていれば護衛騎士が守ってくれるから大丈夫よ」
不安そうな2人に助言をすると彼女たちは頷いた。
寝不足の私たちは、なんとかアイリス姫と自分たちの準備を時間ギリギリに終えることができた。
私たちが完璧に飾りつけたアイリス姫は美しく輝いている。
間違いなく世界一美しい。
化粧台の前に座るアイリス姫に私は微笑んだ。
「お美しいです」
「ありがとう。リシェ達のおかげだわ」
アイリス姫の言葉に私は涙が出そうになる。
子供を送り出す母親の気分になってしんみりしている私にララーが声をかけてきた。
「ネックレスを忘れていますよ」
大切にしまい込んでしまい、すっかり装着するのを忘れていた。
私は隠していた大きなサファイアのネックレスを取り出して姫様の首元につける。
ギラギラと輝く青いているサファイアをアイリス姫は指先で撫でる。
「戻ってきてよかったわ」
「そうですね」
今日を無事に終えることがとりあえずの目標だ。
ドアがノックされてベルベルト様が部屋へと入ってきた。
アイリス姫は立ち上がってベルベルト様を迎える。
「おはようございます。いつもお美しいですが、本日は一際お美しいですよ。本日は忙しくなるでしょうが、何があっても我々がお守りするのでご安心ください」
ベルベルト様は騎士の礼をする。
スマートな仕草にフェイナとララーが顔を赤らめている。
アイリス姫は微笑んだ。
「ありがとう。何か新しいことはわかったのかしら?」
「いえ、ディオンは全く口を割りません。背景を調査中ですが時間がかかっておりまして後1日はかかる予定です。クリスティーナはディオンに唆されただけのようで犯罪を犯しているという意識はあったようですが、ディオンに支配されていて操られたと言う感じですね」
ベルベルト様はアイリス姫の胸元で光り輝くネックレスを見つめる。
「他に何か異変はないの?」
アイリス姫の問いかけにベルベルト様は首を振る。
「特には……。大臣が怪しいのではと思っているのですが、こちらも調査が難航しておりまして。警備は増やして対応しておりますし、アレン王子の護衛にも気をつけるように伝えてあります」
「そう……」
一瞬だけ浮かない顔をしたアイリス姫は息を吐いて顔を上げた。
私たち一人ひとりを見つめて大きく頷く。
「頑張りましょう」
姫様の言葉に私たちは頷いた。




