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陛下の専属様  作者: 月詠 桔梗鑾
最終章
151/151

西へ

「―――人の気配がどんどん集まってきているわ、そろそろここを離れないと人の目についてしまう。風の精霊、ミアンを遠くへ運べるかい」


そう言ってアネッサ姉さまはフゥ君を見た。確かに上の方からざわざわと忙しない音が聞こえてくる。それもそうか、突然国宝、それも魔女の御霊が祀られている塔が崩落したように見えただろうから。



アネッサ姉さまの指示に、言葉なく頷くフゥ君。その横で、ノヴァが闇を纏い始めた。どうやら彼らは私がまだ完全体でないことを知っているらしい。意識を取り戻したとはいえ、まだふらふらするのだから。


「随分と頼もしい精霊達だ。さあ、ではミアンを頼んだよ。どうやら今この国で一番偉い人も近づいてきている。」


私の頭をなでながら、一筋の光が入るはるか上に視線を向けた。ギュッと私を支える力が強くなったフゥ君。風さえ吹かぬ地下に、砂埃が舞い始める。


「アネッサ姉さま、色彩魔法は使える?」


「安心しなさい、使えるわ。貴女がことを成すまでは決して魔女だとばれずにこの国で過ごしましょう。でも、もうお年寄りの私にはそう長く魔法を持続させる保証はないわ。


――――貴女にばかり重荷を背負わせているわ、ごめんなさいね。でも今回は必ずあなたを護る。これを貴女に渡すわ。道すがら役に立つと思うから」


ゆっくりとその細い手が地面をなぞる。すると硬い地面はまるで生き物のようにうねうねと振動を始めた。そしてゆっくり手の付いた地面が渦を巻き、どんどんと穴を広げていく。


時折振動で上から土がぽろぽろと落ちてくる。地下の振動が上にも響いているのか、集まった人間たちがさらにざわつくのが分かった。


(魔女の呪いだ)


魔女が施し、魔女のみがそれを開錠できる古の呪い。アネッサ姉さまは今、何かを地下深くから掘り起こそうとしている。アネッサ姉さまを見れば、静かに微笑みながらその手を上げ、何かを釣り上げるような仕草をした。


「――――おいで、ソル」


次の瞬間、物凄い勢いで近づいてくる魔力の塊。ソレは穴からはい出るように現れた。



ボコボコッ

ベチャ・・・ベチャ


≪もう朝かい、主よ≫


ベチャ、ベチャ


「そうだ、目覚めの時だソルよ。皆にも挨拶せよ、寝起きとて礼儀を欠くことは許さんぞ」


アネッサ姉さまとソレは私たちの方を向いて、土をこぼしながらベチャベチャと音を立て頭を下げてきた。


≪お初にお目にかかります、時の魔女様。俺様・・・私は大地の魔女が眷属、土精霊のソルだ・・・と申しますです≫


「ふふっ、随分と粗末な敬語だね。―――アネッサ姉さまも精霊を従えていたのですね」


「これは、まあ躾の最中だと思ってくれ。ドワーフだよ、私の声を聴き私の力を吸収した他のドワーフよりも知識に富んでいる。だからこそ、隠したのさ」



真剣な表情で私を見るアネッサ姉さま。その隣、アネッサ姉さまの膝くらいの大きさのドワーフ、ソルは開いているのかいないのかわからない目で同じくこちらを見ていた。


≪隠した?≫


ティウォールの言葉に頷くアネッサ姉さま。


「コレは普通の精霊じゃない。魔女の精霊だ。―――いいかい、ミアン。今からこのソルが出す魔力をもって西へ行きなさい。そしてあの子に会うんだ。今はこの意味が分からなくてもいい、自ずとわかる。ソル、お前の内に私が隠したモノをミアンに渡しなさい」


≪俺様、まだ起きたばかりでお腹が空い――「それは後でだ」―――仰せのままにぃー≫


ベチャ


≪まーじょさまぁー、どぉーぞぉー≫


ボドボドッ

だらしない話し方で近づいてきたソルは、その土にまみれた手を私に差し出して、モノ、魔力と共に土まで落としてきた。


≪あっ・・・俺、私からの細やかな気持ちかなぁ、なんて≫


「――――いいよ、ありがとう。ティウォール、私の手を――――」


パシャン

≪まったく、躾がなっていませんね。≫


言うより早くティウォールがその水で私の手をきれいにしてくれた。そして現れる不思議な色をした球体。魔力の塊だというそれはすぅっと私の掌に吸い込まれていった。しかし特に体に異変や違和感はない。


「すまないね。さて、今渡した魔力は体に馴染んだようでよかった。その魔力はあちらにあるモノと共鳴する仕組みになっている。なんてことはない、何もせずあの子に会いに行けばわかるさ。


おやおや、この国も少し眠っていただけで随分賑やかに活気づいてきたようだね。もう来てしまう。行けるかい」



「大丈夫、西へ・・・ユシュカ姉さまに会いに行くわ」


琥珀色の瞳に私をうつす為に。


―――――――――――――

―――――


突然の地響きと共に、この国の象徴でもあり己が一定期間閉じ込められていた塔が一瞬にして姿を消した。仕事疲れがたたったのだろうか、最近は国の再建に向け何かと慌ただしい日が続いている。頭を振り、呼吸を整え再び視線をその塔へ向ける。


「おいおい、嘘だろう」


「陛下!!!」


なかば投げやりな呟きをかき消すように、普段は恭しく開かれる王の執務室の扉がこれでもかといわんばかりの大きな音で開かれた。真っ青な表情で入ってきたのは愛しの妻、アンナ。


「塔が、塔が・・・沈みました」


「―――そういうことか」


再び視線を塔へと移す。確かに砂埃がまっている。あれは消えたのではなく沈んだのか。それならばまだ納得ができ・・・


「できるかっ!」


立ち上がりアンナを傍につけ、足早に現場へ向かう。既に兵が塔に向かっているそうだが、これが侵略なり間者なりの仕業とあらば精鋭の兵とはいえ油断ならない。なにより何人たりとも近づかせない御霊がある城が沈むなど前代未聞だ。


(さて、どんな奴がこの国の至宝を沈めた)


塔に近づくにつれ、兵が何事かと集まっていた。それをアンナが視線で道を開き、塔へと一筋の道ができた。いつになく険しい表情をしているだろう己を見て、兵が意識を高め、視線を塔へと向ける。



「下の方から、尋常ではない魔力の波動を感じます。陛下、念のため確認いたしますが、魔女様の御霊は既に光を失っておられるのですよね」


アンナの言葉に、周囲の兵たちが意味を悟ったのか不安と期待に目を向けるのが分かった。


「―――確かにこの魔力は強力だ、がしかし、既にあの御霊には何も宿ってはいなかった。これは魔女様ではないだろう」


その一言に、アンナや兵が分かりやすく落ち込むのが分かった。


「だが、魔女様ではないにしろ、この塔をこんなふうにした者は強力な魔力を持っているに違いない。気を緩めるな、行くぞ」


手をかざし、魔法を発動させようとした瞬間―――――



ゴォオオオオオ!!

まるで疾風の如く強い風が吹き荒れた。竜巻にもにた、しかし柔らかい風。仄かにかおる新緑と水。




(!!―――この風を、知っている。荒々しくも優しいこの風は、以前にも俺に希望を運んできてくれた。)


しかしその突風は一瞬のことで、皆一様に狐につままれたように放心した。唯一、事の真相を微かながらに掴んだ俺は、彼らを置き去りに再びその穴へ手をかざした。


そして、叫ぶ。まさか、そんなありえないと思いながら。


「誰か、誰か下にいるか!!」


俺の叫びにいち早く反応し、隣に立つはアンナ。そしてそれに倣うかのように兵がその穴を囲んだ。声は反響しながら下へと響いていく。


数分は、そうしていただろうか。物音は一つなく、視界に広がるのは大きな穴。あの風は勘違いだったのだろうか、きっとそうだろう。今あの方は、極秘裏に追われている。いや、公にも追われているのか・・・帝国は理解しているのだろうか、追いつめているその騎士こそが、この世界が何を捨てても望む存在だということを。


「陛下、いかがなさいました」

「いや――――勘違いを少し、な」


立ち上がり兵に告げる。どうやら強い魔力も、先程の突風と共に消えてしまったようだ。これならば兵に任せても問題はないかもしれない。


「強い魔力は感じられない、御霊の安全を考慮し魔法を行使する許可を与える。念のため、私はここに控えていよう、何かあれば手を貸す」


その言葉に、数人の精鋭兵が穴を囲む。どうやら塔が沈んだ際に、普通の者では近づけぬ結界のようなものも消えていた。御霊は今度は完全に壊れてしまったのかもしれない。


予測のつかない今後の展開に、頭を悩ませていると一人の兵がつぶやいた。


「下から音が聞こえないか・・・?」


しかし視界にとらえられるは闇。


「気のせいじゃないか?まさか音なんて・・・≪カツン、コロコロコロ≫」


何かかぶつかる音

転がる音が聞こえてきた


その音は、次第に反響し近くで控えていた俺の耳にも入る。徐々に近づいてくる音、しかし闇は濃く何も見えない。


兵達が構える。皆、何が出てきてもいいように魔力を高めている。


カツン、コロコロコロ

カツン、コロコロコロ

ガッガッガッ


時折何かを削るような音を立て、まるでその土の側面を足場に這い上がってくるかのようだ。何かが来る、それは誰しもが察した。


そして闇からその形が露わになる。ゆっくり、しかし豪快な音を立てて・・・


ゴクリッ


誰かが唾を飲み込む。

心臓の音を共鳴させる、ドクドクドク。



そして―――――


「あれまぁ、大層煌びやかな男前が集まって。ぱーち―ですかな?」


「何者だっ!!」


「ひぃ!そげな危ないものを人様に向けていいのは、何か悪いことをした人間にだけじゃないのかい!あわわ、ごめんよごめんよ!なんでもいいからそれを下げちゃくれないかい!」


出てきたのは、土埃にまみれた老女だった。その恰好はうちの城の侍女と同じ服。素早く兵の一人が剣を向けるが、どうにも彼女が塔を沈めた人物には思えない。


「その剣を下げよ。―――アンナ、彼女は?」


「二コラ副女官補佐です。生まれも育ちも北東ススリル村です。もう何十年もこの城の女官にございます。確か本日はこの塔付近の庭の手入れが主な仕事内容だったかと・・・」


(二コラ副女官補佐・・・?聞いたことがないな、それにしては何十年も城勤めとは、何故知らなかったのか。)


アンナの台詞に剣を向けた兵も、そしてそのほかの兵もはっと顔色を変え、何故わからなかったのかとお互い顔を見合わせていた。


二コラという老女も安堵したのかほっとした表情をしている。どうやら彼女は偶然にも巻き込まれてしまったようだ。念のため何か見ていないか確認しなければいけない。


「いつも城のために尽くしてくれて礼を言う。一緒に沈んだのですか、怪我はありませんか?」


「おやまぁ、陛下。お心遣い痛み入りますよ。見ての通り土はついていますがどこも怪我なくピンピンしとりますよ!それよりもお目汚しを・・・すぐに着替えてまいります故」


へこへこと頭を下げる彼女。周囲の兵達も、先程の緊張感など忘れ口元を緩めている。彼女はどうやらこの城のムードメーカーのようだ。それでいて、包み込むような大きな暖かさを感じる。まるで第二の母の様な。


「気にせずに。一応医師に診てもらってください、手配しましょう。」


「まあまあ、ありがとうございます。」


笑顔で、兵に支えられながらここを後にしようとする老女。


「二コラ副女官補佐、巻き込まれる際に何か見ませんでしたか?」


「そうさねぇ、一瞬のことだったから。でも、下には何もないよ」


そう言って笑う老女から妖艶な美女が見えたのは気のせいだろうか。彼女の一言で兵たちが俺の指示なく、その穴から持ち場へと動き始める。


(―――これはこれは、どう考えてもおかしいだろう)


「おいまて、何処に行こうとして・・・」


そこまで出た言葉は、しかしその老女が振り向いたことで悟る。優しく微笑むその姿に、それに似合わない鋭い眼光に息をのむ。


「そう、全て終わったのですよ。そしてすべてが新しく始まろうとしている。さあさあ、仕事に戻るべきです陛下。この国の未来は、もう守られているのだから」


「―――あな、た、は」


口にしてそのあとを紡ぐことはできなかった。冷静になった脳が制御をかけたのだ。周囲には何も知らず暗示を受けた兵がいる。下手に口にすれば、このうまくごまかせた雰囲気を壊すことになってしまう、とそう考えたからだ。


(この一瞬で、俺以外の人間に暗示をかけたのか。そして誰にも悟られることなくこの場を後にするとは。では、あの風はやはり・・・)


点と点がつながり、そして見える結果。今一度頭を振り、そして足を進めた。それは沈んだ塔の原因追究ではない。既に原因と、それが齎したであろう最大の幸福が目の前にあるのだから。



「陛下、仕事がまだ残っております。行きましょう」


アンナに促され、もう一度老女に視線を向ける。老女など、大層失礼だろうとは思うが今はそのなりをしているのだから仕方がない。


「この国の、この世界の未来は明るいでしょうか」


その問いに、彼女は答える。はっきりと、力強く・・・



「――――――明るいさ、私達が柱となりお前たちを見守っているのだから」


嗚呼、本当に貴女様はこの国に平和と幸福をもたらしてくださる。突然現れてそしていつの間にかいなくなってしまう。空を見上げれば、風に揺れる美しい銀が見えたような気がした。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

詳しくは活動報告にて。

最後になりましたが、遅くなり申し訳ありませんでした

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