第40話『紫はため息、ハモは川床』
――昭和まぼろし読書記――
むかし、むかし――
昭和の終わりかけ、記憶もあやふやな頃。
一冊の本を手にした。
その名も、
「紫の履歴書」―― 美輪明宏 の自伝。
けれど中身は――
きれいさっぱり忘れた。
残ったのは、
「紫」という、あやしい色気だけ。
紫って、なんや?
高貴? 雅? それとも――
「ホモの色や!」
と、どこかで誰かが言うた気がする。
いや待て、
鴨川の川床で食べるやつか?
「それはハモや!」
……ちゃうちゃう。
そうや、時代がまだ
言葉にぎこちなかった頃、
「ゲイ」なんて言葉も
どこか遠慮がちで、紫色に包んで語ってたんやろか。
昭和は、
偏見も誤解も、
今よりずっと濃い味付け。
せやけど、
その中でキラリと光る人がいた。
長崎の空の下、
酒と歌と人生を背負って――
「父ちゃんのためなら エンヤコラ…」
あの歌、
「ヨイトマケの唄」
それは、ただのダジャレやない。
ほんまは、
働く人の汗と、
母の愛の重さを歌ったものや。
けど昭和のオッサンは言う。
「酔うと負けるから、ヨイトマケや!」
……ホンマかいな。
笑いながら、
ちょっとだけ胸がチクッとする。
忘れたはずの本の中身より、
忘れられへんのは、
あの時代の空気と、
言葉の裏に隠れた人生や。
紫は、ただの色やない。
笑いと哀愁をまとった、
昭和のにおいや――




