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昭和に出会った人たち  作者: 妻戸裕次


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38/43

第38話:「高瀬川の夜、まだ名もなき星たち」

あれはまだ、昭和の匂いが川風に溶けていた頃。

学生だった僕は、高瀬川のほとり、「ワインリバー」という名のラウンジで、グラスを磨いていた。


ある夜、ママが声を張る。

「タカちゃん、入りよし」


現れたのは、ギターを抱えた男。

少し気だるく、少し尖っていて、でもどこか、火が消えきらない炭みたいな目をしていた。


「俺のツレもエエか!!」


そう言って連れてきたのが、もう一人。

こちらは、よく喋る。やたら喋る。

聞けば――鳴かず飛ばずの歌手と、売れない芸人。


その芸人の名が、のちの笑福亭鶴瓶だなんて、

その時の僕は、露ほども知らない。


ママがニヤリと笑って言う。

「またやったって?」


話を振られた歌手は、肩をすくめる。

祇園で弾き語りをしているが、態度の悪い客には――


タバスコ。時には、ママレモン(食器用洗剤)をかける。


「またやってもうたがな!!」


自嘲気味に笑うその顔は、

どこか悔しさを飲み込んでいた。


グラスの氷が、カランと鳴る。

夜は少しだけ深くなる。


やがて彼は、同じ言葉を繰り返す。

一杯ごとに、少しずつ熱を帯びながら。


「今に見ておれ!!」


一回。

二回。

三回。


――ホンマかいな、と僕は思う。

でもその声は、不思議と耳に残った。


その歌手の名は、

今はもう亡き

やしきたかじん。


あの夜、カウンターに並んでいたのは、

ただの“売れていない二人”だった。


けれど今思えば――

あれはきっと、

まだ名前のついていない星が、

静かに燃え始めた夜だったのだ。

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