第九話
「脚!」
僕はねじ曲がりそうになる自分の脚に、ネーミングライツの能力を使う。まだ違和感は少し残っているけれど、痛みはひいていった。
「貴様、その能力──」
魔王がすっと目を細める。僕はすかさず「人間の腕!」と魔王の腕にネーミングライツのスキルを使う。
「成分分解。勇者の術式」
ネーミングライツで弱体化しようとしても、魔王のスキルで解除されてしまう。
──スキルの相性が悪すぎる。
僕は魔王城の玄関ホールに視線を走らせる。窓にかかっていたカーテンに「拘束具!」と名付けた。するりと伸びたカーテンが魔王に向かっていくが、すぐさま成分分解されてしまう。カーテンは糸に変わって、床に落ちた。
「貴様のその能力、名前をつけることでラベルを貼って、固定する類のものか。忌々しい」
「針山!」
僕は名付けて、床を針山に変える。魔王が階段に引いたところで、「すべり台!」とたたみかける。階段下のスペースに収納していたらしいカップ麺が一つ、転がり出た。僕はそれを拾う。食べ物は大事だ。
「貴様ら人間が、あの魔族の親子に悪人であるとラベルを貼った結果、何が起きた!」
魔王は憤慨して、「成分分解、魔王城!」と叫ぶ。魔王城が元の姿に戻っていく。
──ああ、魔王の言うとおりだ。
魔物たちに「チュン太」とかカピバラと名付けたことを思い出した。ラベルを貼ることで、元の姿を失ってしまうものもたくさんある。僕は自分のネーミングライツの能力に、申し訳なさを覚えた。
「私の成分分解は、貴様らが貼ったラベルを剥がす! あるべき姿に戻していく!」
仁王立ちになっていた魔王が、ゆっくりと階段を降りてくる。
「ちょっと待ってください。あるべき姿って、どれですか? 1年前? 3年前? それとも10年前? それは──それは、その人が今までに積み上げてきた時間や努力や経験を……たとえばあなたの言う、魔族の親子の被害も──なかったことにしてしまうんじゃありませんか」
「……被害さえもか」
魔王の足が止まる。その目にはまだ敵意が残っている。
「そんなこと、他人が決めていいことじゃない」
魔王城に静寂が訪れた。外で吹く風の音が聞こえるほど、しんとしていた。
「それって、ラベルを貼ることと、あまり変わらないんじゃないでしょうか」
魔王が深くため息をついて、階段に腰をおろした。脚を組んで、考え込んでいる。場違いなことに、僕のお腹がぐうと音を立てた。魔王が眉をつりあげる。
「……貴様」
「すみません。空腹ばかりは、いかんともしがたいので」
「まあよい。……勘違いしないことだ。我々は貴様ら人間のしたことを許さない」
僕は先ほど階段脇の収納庫から転がり出したカップ麺を、そっと魔王に手渡した。魔王がこの世界に転移する前、充実した時間を共に過ごしたカップ麺を見て、思い出してくれればいい。
「許す必要はありません。でも、これからも誰かと関係を築いていくんだってことは、忘れないでください。……そこには、きっと食事があることも」




