第八話
魔王城の玄関ホールがしんと静まり返っている。僕の「ごちそうさまでした」という言葉に戸惑った魔王が、いくらかトーンダウンしたように見えた。質問するなら今だろう。
「死に追いやろうとした……というのは?」
「貴様ら人間は、ある魔族の親子を傷つけた。魔物だ、醜いと言って、言いがかりまでつけて、石を投げつづけた。子供を盾にして、黙って殴られろ、『お前たちが以前したことだから耐えろ』と言い、濡れ衣なら気にせずにいられるはずだと、魔族の親子を引き裂こうとした。子を売るぞと親を脅迫し、魔族の親子から魔力を吸い上げ、私腹を肥やした! あの魔族の母は、己の子の盾となりつづけて、ついには──」
魔王はほんのりと目元ににじんだ涙を隠すように、うつむきがちに僕をにらんだ。
初めて聞いた話に、今度は僕の方が困惑する番だった。
魔王が吠える。
「そんな真似をしておいて、決して恨んではならない、笑え、自分たちの礎になれと、貴様らは言ったのだ! これが罪でなくて、一体なんだ! 我々は平和に暮らしていた。それを踏み荒らしたのは、他でもない貴様らではないか!」
「聞いてはいけません! ゴーレム、モツニコミを!」
アイリスの声に反応したゴーレムが、頭をぐんと持ち上げる。ゴーレムの目が輝いて、モツ煮込み砲を撃つためのエネルギーをためはじめている。
僕が手を伸ばしてモツ煮込み砲を止めようとしたとき、魔王がひらりと跳躍した。
「成分分解。ほどけよ!」
魔王がゴーレムに手のひらを向ける。ゴーレムの目からすぐに光が消え、ぐずぐずと崩れ落ちていき、元の土と岩に戻っていく。
成分分解──おそらくは、魔王のスキルなのだろう。
アイリスが悲鳴を上げて座り込む。必死にゴーレムだった欠片をかき集めている。
僕は魔王から視線を逸らせずにいる。魔王が苦しそうに顔を歪めていた。
「そんなことがあったなら、魔王や魔物たちが人間を恨むのは当然だ」
「魔王の言葉なんか聞くな、ササキ! やったのが人間だという保証はねぇ! 魔物が人間のフリしてた可能性も……」
「貴様……この期に及んで! ほどけよ!」
トニーの言葉の途中で、魔王がキッと顔を上げる。トニーの剣と鎧が、ほろほろと成分分解されて砂鉄になっていく。
「俺の、俺の聖剣コッペパンが……!」
「貴様らがあの親子にしたことに比べれば、この程度のこと!」
魔王は吐き捨てるように叫ぶと、ゆらりと身体を揺らした。魔王城のホールに、コツコツと靴音が響く。
「勇者よ。理由もろくに聞かずに、簒奪者どもに加担した、愚かな勇者よ」
魔王の目には、強い憎しみの光が宿っている。
「人間同士であれば、裁判があるのだろう。……しかし、魔族と人間であればどうだ? 誰が両方の言い分を聞く? 誰が捜査する? 誰が判断する?」
僕は何も言い返せなくなって、黙り込んだ。
「あの魔族の母は、ただ耐えて、弱っていったのだ。自分の子を守るために! ……私は貴様らを、許しはしない!」
魔王が跳躍して、僕に手を伸ばす。成分分解が来る──とにかくかわさなくては。考えろ、どうすればかわせる? そうして反撃を──。
──人間に、人間側に勇者として祭り上げられてきた僕が?
ふとためらったそのとき、僕の脚を、ぎちぎちと激しい痛みが襲った。




